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第8話

 翌朝。

 布団は片づけられ、朝食を置くために用意された濃い茶色の丸テーブルの上には、焼き魚、漬物、わかめの味噌汁、白米、というザ・和食の朝食が2人分並べられていた。

 煌びやかなその朝食を前に、貫と楠葉は向かいあって食べていたが、その表情は疲れ切り、げっそりとしたものであって、決して穏やかとはいいがたい様子であった。


「なんか、疲れが取れない……」

「それには同意だ。お前の家族どうなってんだ」


 楠葉の言葉に、貫は出会ってから初めて同調した。

 そして、2人で一緒にため息を零す。

 2人がここまで疲れ切っているのには、原因があった。

 楠葉はあのままぐっすり眠り、貫は結局簀巻きのままで眠りにつくこととなってしまっていたのだが、金色の糸か結婚指輪かが何かしらの力を発揮したのか、2人は深い眠りにつきながら気づけば結婚指輪のついた手同士で手を繋いでいたのだ。

 いつも5時には起床する楠葉が7時になっても中々起きてこないことを心配した母親が覗きに来た時にその状態であったので、母親は2人が良い仲になったのだとすっかり信じ込み、篠宮家一同は「初夜が成功した!」とどんちゃん騒ぎを起こし始めていた。

 その騒ぎに2人が目を覚まし、慌ててお互い手を放したが、もうすでに時は遅く、2人が起床したことに気づいた篠宮家一同が今日は宴をするぞー!と酒瓶やお寿司の桶やらを持って大騒ぎして入って来たのだ。

 流石に朝から騒ぐのは良くないこと、予約のお祓いはこなしたいからせめて夕方からにするように、と楠葉がなんとか説得して、「夫婦2人の時間をもう少しじっくり取らせて」と物凄く引きつった笑顔でお願いして漸く朝食を落ち着いて取れることになったのが、今だ。

 時計を見ればもう8時で、お祓いの予約は10時から。

 いつもなら8時からの予約もあるのだが、予約のキャンセルがあった為少し時間を持てることに楠葉はホッとしていたが、いつも8時には姿を現す楠葉が神社に居ないことに不思議がる人もいるだろうこともあり、出来るだけ早めに神社に向かわなければと気持ちは急いていた。


「人間っていうのは初夜を大事にするのは昔から変わんねぇもんだな」

「そういえば、昔の習わしでは篠宮家も離れを作っていたと聞いたことがあるわ。今の家はそこまで土地がないから、別室ってだけ。それでも、一般的な家屋の中では広い家よ。代々受け継がれてきた家だから」

「ああ、外側の見た目とか、中はなんか見知らぬ物があったりとか、知らねぇものは色々あるが、全体的な形は昔と変わらねぇな」

「なんだかその物言いからすると、あんた、まるで篠宮家に入ったことがあるような口ぶりね」

「楠子に封印されるまでは、色んな術師たちを殺して周ってたからな」

「ころ……!」

「妖怪にとって鬱陶しい存在は早々に消し去るのは当たり前だ。で、ここにもそれ目的で入ったが、返り討ちにあったってわけ。だから鳥居に封印された」

「流石ご先祖様……!」


 貫から物騒な言葉が出たものの、なんだかんだと自分の先祖である伝説の巫女の力は絶大だと知ることにもなった楠葉は、朝食の白米を頬張りながら顔をキラキラと輝かせた。

 そんな喜色満載の楠葉に、逆に貫は不満そうな表情を浮かべる。


「それでも、初夜を済ませたとされる2人の寝室にどかどか入る家族ってのは初めて聞いたぞ」

「それは本当にごめんなさい」


 貫の言葉には、流石の楠葉も否定せず一旦お椀やお箸を机に置き、改めて正座をし直し、綺麗な姿勢で深々と頭を下げた。


「まぁ、盛り上がる理由は大体予想がつく。せえぜえお前の血を直に引く子の誕生が近くなっておめでたいとかそんなものだろ」

「妖怪と言えど、長年生きてきただけあって人間のことを良く知っているのね」

「オレはそんじょそこらの妖怪とは違って頭がいい妖怪だ。忘れんなよ。ちなみに狸妖怪ではトップだ。つっても、狸妖怪なんざオレだけでいいと思ったから封印される前に皆殺しにしたってのもあるが」

「え、家族はいないの?」

「そんなもん、妖怪にはねぇよ。どうやってオレがオレとして生まれたかも知らねぇしな。ただ、やりたいことをやる。それだけだ」

「ふぅん……なんだか、寂しいわね」

「あ?寂しい?どこが?」

「いや、うーん、なんとなく?」

「……お前は、やっぱ訳がわからねぇ」

「いいよ、理解しなくて。これから離れようとしているんだから」

「ま、それもそうだな」


 朝食をゆっくりと食べながら淡々と会話を交わす2人。

 その姿は、傍から見たら熟練夫婦を思わすようなやりとりだが、2人にそんな自覚など微塵もないことだろう。

 そうして暫し食べるのに集中し、共に食べ終わると、2人とも手を合わせ目をつぶり、言った。


「「ごちそうさま」」


 綺麗なハモりっぷりに、暫く2人は無言で固まる。


「オレ、今運命の糸の恐ろしさを実感したんだが」

「奇遇ね。私もよ。なんで食べ方とか食べ終わるタイミングも全部一緒なのよ」

「流石に好みは違うだろ。ちなみに俺は甘いものが好きだ。特に水まんじゅう。あれは旨い。今度持って来させてくれ。何年も封印されていたからオレの舌は甘いものを欲している」

「あ、いいわね水まんじゅう。私も好きよ。今日の宴に用意してもらいましょうか」

「ならあんこたっぷりの団子とかも頼む。折角だし甘いもんをしこたま食いてぇ」

「アハハ、あんたって結構甘党なのね」


 そんな和やかな言葉を交わし、2人は互いに笑顔を浮かべ見合うが、再び固まって黙り込む。

 ゆっくりと、2人は真顔になった。


「いやいや、オレはなんでお前にオレの好みを伝えてんだ」

「私もなんであんたの好きなものを用意しようとしてんのよ」

「……だめだ、これはダメだ。一旦離れよう。俺たちは一緒にいちゃいけねぇ。なんかマジで強制的に夫婦にならせる何かを感じるぞ」

「そうね。あんたが凄く物騒なことを言っても何故か自然に受け入れちゃう私がいるのもおかしすぎるわ。まるで私が私じゃないみたい……とりあえず仕事に行ってくるから、今日はここでゆっくりしておいて。一応、この部屋が私とあんたの部屋ってことになってるから」

「うーい。俺はもっかい寝る」

「はいはい」


 そう言って楠葉はささっと身支度を始める。


 貫の、目の前で。


 まさか目の前で着替えるとは思わず横向きに寝転んだ貫は楠葉の方に視線を向けたまま驚いたように目を見開いたが、かといって別に何を言うこともなくそのまま楠葉が着替える様子を見ていた。いずれ気づくだろうとあえて何も言わずにいたのだが、じっくり視線を注がれていても全く気付いていない楠葉は、普通に寝巻を脱いで巫女装束を着始めていた。和装に手馴れているため着替えは迅速だが、脱いだ瞬間の肌の露出は普通の洋服と違い、露出が高い。にも関わらず、貫に背を向けたまま着替えを完了し、髪もしっかり結い上げ綺麗なポニーテールにし、鏡台で自分の姿を確認すると「良し」と一言呟く楠葉。

 その一連の様子を黙って眺め終わった貫は、思わず、突っ込む。


「いや、お前、妖怪といえどオレも一応男だと思えよ。堂々と目の前で着替えてんじゃねぇよ。あとお前結構胸あるんだな」

「あ゛」


 言われて、自分がしでかしたことの失態を漸く自覚した楠葉の顔は、みるみる真っ赤になり始める。

 いつも1人だったことから、この着替えの一連の流れも彼女にとっては最早癖となっていた。

 そのため、仕事モードになった楠葉は、どれだけの糸が自分の周りを飛んでいるのか注意深く見るために集中することもあって、この一瞬ですっかり貫の存在を忘れていたのだ。

 全てを理解した楠葉は、肌を見られたのは自分の失態と言えど、思わず胸元を隠すように両腕で覆いながらわなわなと震え、振り向いた。

 案の定、貫の顔はにやにやとしたもので、楠葉はその笑みに脳が沸騰するような感覚を覚えた。

 そして、叫んだ。


「ばか!“伏せ”!」

「へぶぅ!」


 楠葉が勢いで吐き出した言霊によって、顔面を後頭部からたたきつけられるかのごとく顔面を畳にめり込ませる、貫。


「全部忘れちゃえ!」


 楠葉は真っ赤になって叫んだあと、怒ったように足を踏み鳴らしながらその場を後にした。

 数秒、畳に顔をめり込ませていた貫は、楠葉の足音が消えると共にゆっくりと両手をつくと、腕立て伏せのごとく勢いよく体ごと顔を引っこ抜いた。


「いやこれ、オレ絶対悪くなくね?」


 あまりの理不尽さに憤った貫は、楠葉が出ていった方向を睨みつける。


「そう簡単にオレを操れると思うなよ」




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