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第1話

 現在の時刻は、23時。

 空はすっかり夜を告げ、日の光などなく、今日は月もないので頼りになるのは街灯の明かりのみ。

 たまに住宅の前を通ると感知式のライトが点灯するが、それはほんの数秒のみであり、前方を照らしてくれる懐中電灯代わりにはなりやしない。

 そんな暗い夜道を男が1人、歩いていた。

 その足取りは鉛でも肩に背負っているのかと思えるほど背中が折り曲がっており姿勢が悪く、顔色はライトに照らされるたびに血色が悪いことが分かる。もし、今この場で通りすがる人ががいれば、お化けと見間違えそうなほどの不気味な風貌をしていた。

 人によっては、ゾンビだと思いかねないだろう。

 そんな、明らか具合が悪そうな男性は、まるで何かに引っ張られるようにフラフラと歩いていた。足取りは不安定なのに、目指す場所は決まっているかのように、ただただ、進み続ける。

 しばらくすれば、彼は竹林に両端が覆われている階段の前に立っていた。


「ここ」


 半分意識がないかのようなぼんやりとした様子で短く言葉を呟くと、男は階段に足をかけた。

 等間隔に灯篭が置かれており足元を照らしているので、足元はしっかり見えるため、男は踏み外すことなくしっかりと階段を上り始める。

 一歩、一歩。また、一歩。

 気づけば、彼の足の動く速度は上がり、50段ほどある階段を駆け上っていた。

 息を荒げながら上る姿は、どうしてそこまでして必死に上ろうとするのかと疑問に思う程異様な様子だが、男はふと、上方向を見上げ、血走った眼を見開いた。

 その瞳には、黒塗りの鳥居が映っていた。


「あった」


 呟いた彼は、真っ黒な鳥居を迷いなく通過した。

 明らかに不気味であるにも関わらずに、だ。

 鳥居をくぐった先には、どこの神社でもあるような石畳の道の周りに砂利が敷かれた光景が広がっており、男が立つ石畳の道が真っ直ぐ続く先には、少し大きめの社が存在していた。

 この時、空はとっぷりと闇に包まれているため、異常な静けさが神社を包んでいた。

 人は、いない。

 誰もがそう思う状況である中、男は叫んだ。


「助けてください!」


 喉の奥から絞り出した、命乞いとも言えるような声だった。

 刹那。


 シャラ、と神楽鈴の音が神社中に鳴り響く。

 音と共に、神社の上空につるされていたらしき灯篭に白い光がともり、巫女姿の女性が石畳の中心に現れた。

 巫女は白い光に照らされながら、穏やかな笑みを浮かべ、告げる。


「お待ちしていました。もうご安心ください」


 そう言って巫女は男に近づく。

 男の目の前でぴたりと止まる巫女が目を閉じると同時に、男は、何も指示をされていないのに自然とその場で跪き、頭を垂れた。

 すると、男の頭上で巫女は手を振り払い、何かを巻くような仕草をする。

 男には見えていないが、巫女の手には黒い糸が掴まれていた。その糸の扱いを知りつくしている彼女は跪いた男をそのままに、自分の手に黒い糸を巻くこと数秒。


「そのままおまちください」


 そう告げて、巫女は踵を返す。

 向かった先は、拳以上サイズの大きな石に囲まれたドラム缶。

 それは、お守りなどを燃やすために設置されているドラム缶で、1年間持って効力の薄れたとされるお守りを捨てるための所である。

 巫女は、男から巻き取った黒い糸の塊をそこに放り込み、懐からマッチを取り出すと、火を点けた。

 マッチに灯った火は確かに赤かったはずなのに、ドラム缶に放り投げ黒い糸に点火した瞬間、一瞬青白くなった。

 その不思議な光景を男性が呆然と見つめていると、巫女は煙から出てきた何かを掴むと、また男に歩み寄った。

 巫女は、男には何一つ見えていない、白い糸を持っていた。

 それは灯篭の灯りよりも白く、どこか神々しさを思わせる白。

 その糸を男の肩にかけ、巫女装束の腰に挿していた神楽鈴を取り出し、男の目の前でシャランと一振りをした。

 すると、白い糸は男の体の中に溶けて、消え、チリのような白い粒をふわっと男の周りでまき散らした。


「これにてお祓い終了です」


 男は何をされたかどうかを全く理解できていなかったが、明らかに体が軽くなっていることを感じていた。

 疲労を帯びた顔も、活力に満ちており。

 血走った目も、どこかランランとした輝きを放っていた。


「あ、ありがとうございます!」


 今なら寝れる。

 疲れがとれる。

 そんな謎の確信を得た男性は、すでに夜中の23時であることも忘れて声を張り上げたお礼を述べて、走って神社を去った。



 ――その、翌日。


 男はすっきりとした健康的な姿で昼間の神社に現れると、お祓い中の巫女にバラの花束を差し出し跪き、叫んだ。


「あなたのお陰で僕の人生はバラ色になりました。是非、結婚を前提にお付き合いしてください!」

「丁重にお断りします」


 そうして神社の他の関係者によりつまみ出された男は、「彼女こそ、私の運命の姫なんだ~!」と叫び声を響かせながら、黒い鳥居を無理やりくぐらされる形で退場させられていった。

 その様子を見送った巫女――篠宮楠葉しのみや くすははため息をつき、「大変お騒がせしました。それでは、お祓いを再開させていただきます」と自分の仕事を再開した。


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