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ひとり奮闘《1》

 アンナが、目を合わせてくれなくなった。

 あの日教室に戻るとアンナは既に席に着いていて、午後の授業が始まる鐘の音ギリギリに入ってきたベルをちらりとも見なかった。その時にも嫌な予感は感じていたが、できたら気のせいであってほしかった。

 何か用があったから、裏庭にいなかっただけ。今は、ベルが戻ったことに気が付かなかっただけだと。

 だが、授業がすべて終わった後も、アンナはベルを見なかったのだ。


「アイリス様、ご一緒してもいいですか」

「アンナ様、もちろんよ」


 以前はよく一緒にいたが、あまり話が合わないのだと言っていた伯爵令嬢に声をかけて帰って行ってしまった。

 元々、孤立しているベルに巻き込みたくなかったから教室では絡まないようにしていた。図書室や裏庭に直接待ち合わせるような形で会っていたのだ。

 だけど、今のアンナはその時間も関わらないようにと決めたらしい。

 もしかしたらと思って図書室に立ち寄ってみてもそこにアンナはおらず、ベルはショックを隠し切れなかった。


(アンナ……なんで……)


 理由は明白だ。レティシアに明確に敵認定されてしまった。アンナはこれからも社交界で生きていかなくてはいけない。レティシア、ひいてはオースティン家ににらまれるようなことはできないだろう。

 そうはわかっていても、一度得た友人から目を逸らされるのはかなりきつかった。だが、すぐにそれでよかったのだと思える事態に陥った。



 最初の日になくなった昼食の包みは結局出てこないままだ。

 その次に、ベルが棚に置いていた経営学の資料本がなくなり、ベルは蒼白になりながら学舎中を探し回った。

 この世界、印刷技術が多少発達しているが何万冊も刷れるほどではない。だからこそ、書籍は中々高価なものだ。

 入学時には学院からのお祝いとして支給されるのだが、以降紛失などすれば自己負担で購入するしかないのだ。

 大抵の貴族家なら痛くもない金額だが、ベルにとっては違う。

 くすくすと笑う令嬢たちがいて、もしやと思い彼女たちが来た方向へ足を向ける。中庭の噴水の中で、本を見つけた。


「嘘でしょ……!」


 慌てて噴水の中に手を突っ込み、その時に上半身は噴きあがり落ちてきた水でびしょ濡れになった。それでも構わずに本を両手で丁寧にすくい上げる。


 「……よかった、破れてない!」


 幸い損傷はなさそうで、丁寧に乾かせばなんとかなりそうだった。だがそれ以降、ベルはその日ある授業すべての教科書を持ち帰るしかなくなった。

 それでも昼休憩や移動教室の時には、すべてを持って歩くこともできなくてその後も物がなくなる現象が起きた。

 現象、というか……いやがらせに他ないのだが。

 高価なものは持ち込まないが、とにかく教科書を狙われるのが辛くてガストン教授に一度相談はした。

 教授はクラス全員揃ったところで「人の物を無断で持ち出すのは窃盗だ。貴族たるもの、そのような恥知らずな行為をするものはいないと私は信じている」と発言した。それが牽制となったのか犯人がこのクラスにいたとして恥ずかしくなったのかはわからないが、物がなくなることは一旦収まった。

 だが、嫌がらせそのものがなくなったわけではない。

 歩いていれば足を引っかけられる、わざとぶつかられるなど。そういった直接的な嫌がらせをしてくるのは他のクラスの下位貴族の令嬢や子息が多かった。

 おそらくは上位貴族の意向に従っているか、機嫌をとるために自らやっているのかはわからない。もしもそれでベルがケガをして、事が大きくなった時には切り捨てられるだろうに、それがわかっていない人間が多くいるようだった。


「さすが愛人志望の方は、図太くていらっしゃるわね」


 教室で帰り支度をしていると、ミルバ侯爵令嬢がベルの前に立ちはだかった。さっと目を走らせると、シグルドが今はいないようだった。

 シグルドは表立ってベルを擁護することはなかったが、教室内で諍いが起こらないよう威圧してくれていた。

 その彼がいない隙を、彼女は見逃すつもりはなかったらしい。



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