女子生徒の方は、反感を買ったのだということはすぐわかる。
(ヒロインって地頭がいい設定だったっけ? そこまでの手応えはなかったと思ったのに……)
愕然としているところに、悲鳴を上げたくなるような事態が靴音を鳴らしながらやってきた。
「リンドル嬢! すごいじゃないか!」
(ひいぃぃぃぃ! なんでこの人空気読めないのかな⁉)
クリストファーがベルのそばまで駆け寄ってくる。眩しいほどの輝く笑顔で、金髪もキラキラしているので、それはもう存在自体がキラキラしている。
そんな人に眩いものを見るような目を向けられていると、「うっ」と目を眇めたくなってくる。
「君が優秀だとは聞いていたけれど、過去問もなしでよく頑張ったね!」
あっ、と思った時にはもう遅かった。クリストファーの言葉に周囲の騒めきが一層強くなる。
「過去問なし⁉」
「嘘だろ」
これには男女関係なく、驚きの声を上げた。
「本当に優秀だよ、リンドル嬢は。エラル語も堪能だし、一貴族令嬢のままでは惜しいくらいの人材だ」
クリストファーがやたら通る声でベルを褒めたたえる。どうしてそこまで、とベルは彼の口上を呆気に取られて聞いていて、はっと気が付いたときには遅かった。
「王太子殿下がそこまで仰るとは」
「ずいぶんとお心を砕いておられるようだ」
「……これは、あの方も気が気ではないのでは?」
どよめく周囲。なぜ彼は、こんな人目を集める場所でわざわざベルを褒め称えるのか。
下位の貴族が王太子に特別に目をかけられる影響がどれほどか、この人は考えないのだろうか。
愕然と彼を見上げる。目を細めたその微笑みに、なぜか言い知れぬ恐怖を感じた。
「クリス様」
クリストファーを呼ぶ声が講堂内に響き、同時にシンと周囲が静まり返る。ベルはひっと喉が引き攣った。
声の方を見れば、レティシアが友人ふたりを背後に従え立っている。心なしか周囲が場遠のいて、道が開けた。
「ああ、オースティン嬢」
クリストファーは、意外にも彼女のことをそう呼んでいるらしい。婚約者を呼ぶには、呼称だけでなくその声音にも若干距離があるようにベルは感じた。
「そのように下位の者に近づきすぎるのは、如何なものかと存じますわ」
レティシアは穏やかな微笑を浮かべたまま、クリストファーに苦言を呈する。しかし、彼は意にも介さない。
「相変わらず貴女は頭が固いな」
ほんの少し、彼女の頬が動いたように見えてベルは胃が痛くなってきた。
「下位も上位も王族も、学院内では無関係だろう」
「在学中の在り方は卒業後に影響するのも当然でしょう。クリス様が誰かひとりを厚遇するのは影響力が強すぎます」
「ならば尚更、彼女は私が庇護すべきだな」
(この王子様は、いったい何を言っているのかな⁉)
クリストファーはベルを隠すようにレティシアとの間に立つ。だからベルからはレティシアの顔が見えなくなったが、コツ、と小さく鳴った靴音と衣擦れの音で彼女が近づいてくるのがわかった。
「まあ、ひどい。婚約者のわたくしの立場を、慮ってはくださらないの?」
「それは今関係ないだろう。下位貴族だろうと、優秀な者を取り立てるのはこの国を担う者として当然のことだ」
「下位貴族を必要以上に持ち上げることはよくありません。現実に国政に関わるのはほとんどが上位貴族、もしくはその後ろ盾を得ています。下積みあってのこと……クリス様が下位の者に甘い顔をなさるから、簡単に近づけると思う者が現れるのです。……そこの娘のように」
見えていないが、クリストファーの体を通して鋭い目を向けられているような気がする。いや、実際そうなのだろう。