定期考査の期間は二日間だ。その間はみんな自分のことに必死で、あまり人の目も噂話も気にならなかった。やはり、余裕がある時でなければ他人に構うことなどできないものらしい。おかげで定期考査に案外と落ち着いて挑むことができた。
(案外、楽だったかも。全部解けたけど……多分大丈夫だよね。みんな過去問使うのが常識みたいだし)
テストを受けている真っ最中、すらすらと解ける問題ばかりだったので、ベルは途中悩んでしまった。
十位以内には入らなければいけない。だが、これ以上変に目立つことはしたくないのだ。つまりトップを取るわけにはいかない。できれば三位以内も避けたい。なんて、そんなことをいっても四位から十位を狙うなど器用なことができるわけもないのだが。なんと中途半端な『狭き門』か。
「難しかったな。シグルドはどうだった?」
「ああ、なんとか。でも最後の長文は自信がないな」
「あれは仕方ないだろう。しかしそれ以外は自信があるってことか。さすがだな」
そんな会話が聞こえてきたのは最終日、試験がすべて終わった後のことだった。
(難しかった? 最後の試験は外国語だったから……まあ、わたしは得意科目だし)
自分とは違う周囲の感想に、少しひやりとした。確かに最後の問題は、ちょっと意地悪な長文問題だったかもしれない。しかも一番最後の問題だから時間的な余裕も少なかっただろう。
(他の科目も、問題数が多いだけでそれほど難しい内容じゃなかった。うっかり手を抜いて回りが高得点をあげたら元も子もないんだし、きっと大丈夫よね)
そうして週末二日間の休みを挟み、翌週第一日目。
講堂の踊り場いっぱいに、全学年の五十番までの順位が張り出された。
「う……嘘でしょ」
騒めきが一番激しいのは、第一学年の順位表の前だった。ベルは周囲から突き刺さる視線を浴びながらその表を見上げていた。
ベル・リンドル。
一番右端に、自分の名が記されている。つまり、一学年の中でトップだったということだ。しかも、名前の下に合計点も晒されている。
「すっげ。全科九十点以上ってことじゃね? あの点数……」
「だな。満点もあったかも」
そんな囁き声が聞こえてくる。
嬉しい。良い成績を取れたことは当たり前に嬉しいが……。
(どうしよう。めっちゃ目立ってしまった……!)
嬉しいのに冷や汗が止まらない、という貴重な体験真っ最中である。しかも、全学年の順位が同じ場所で張り出されるなんて聞いていない。最悪だ。
つまりレティシアやクリストファーとここで居合わせる可能性があるということだ。
「……殿下がお気にかけるのも、わかる気がするな」
騒めきの中から、そんな男子生徒の言葉がベルの耳に届いた。
「あー……わかる。殿下はどなたにもお優しいが、公務やご自分の傍に置かれる者には優秀な人材を選んでおられるものな」
「その上、あの容姿だ」
「わかる。……あの方とはまた違った可憐さだ」
最後の方は潜めた声でよく聞こえなかったが、ぞわっと鳥肌が立ってしまった。それ以上その会話を続けて欲しくなくて、慌てて周囲を見渡す。途端に、会話が聞こえてきた方角からは声が止んだが、男子生徒の目が今までとは変わった気がした。
(な、何? なんか嫌な予感がする……)
反面、女子生徒の視線は各段に鋭くなったように感じる。特に、高位貴族の令嬢の視線は厳しい。クラスメイトのミルバ侯爵令嬢が眦を釣り上げてベルを見て、他のクラスメイトと扇で口元を隠しながら何やら囁き合っていた。