「殿下はいつお見掛けしても、お美しくていらっしゃいますわね。お顔立ちもさることながら、常に堂々として自信に満ち溢れていて、わたくしなど、目にするのも眩しいほど。それに、誰にも分け隔てなくお優しくて笑顔が素敵ですわ……」
令嬢のひとりがうっとりとある方向を見ている。視線の先には、学友と話すこの国の王太子、クリストファーの姿がある。確かに、とレティシアは目を細める。陽の光を受けてきらきらと輝く金髪は時折目に痛い。己も銀髪なので人のことは言えないが。
沈黙のまま微笑んでいると、倣ったようにその場に居合わせた者たちから次々と美辞麗句が並べ立てられた。
「お背もすらりと高くいらして、逞しくて……随分鍛えておられると聞きましたわ。剣術は騎士団長の教えを受けられているとか」
「その御子息と一緒に、同年代の方々では並ぶ者がいないほどの腕前だとか」
「それも学院やご公務、王太子教育の合間を縫っての鍛錬でしょう? 学院での成績もいつもトップでいらっしゃるし、文武両道とはあの方の為にある言葉ですわね」
「あの方とご婚約されているレティシア様が、本当に羨ましいですわ」
「本当に! ですがわたくし、おふたりが並ぶお姿を拝見するのも好きなのです」
「わかりますわ!」
そうして、皆、お決まりの言葉で締めくくる。
――この国一番の淑女と謡われるレティシア様ほどあの方にふさわしい淑女はおりませんわ、と。
「まあ、ありがとう」
レティシアはやはりお決まりのように、時には妖精に喩えられる極上の微笑みを浮かべて応える。しかし内心では、諦念の溜息を吐きながら。
――本当に、あの男は腑抜けてしまった。昔はもっと、見込みのある男だと思っていたのに。
そうして先日、定例のお茶会にてクリストファーに告げられた言葉を思い出していた。
『婚約を解消してほしい』
彼がもう随分前からそのつもりでいたことは、レティシアもわかっていた。だからさほど驚きはしなかったものの、苛立ちは抑えられない。
もちろんレティシアは淑女の中の淑女。決して微笑みを崩すことはしないが。
『まあ。理由をお聞かせいただけますか。わたくしにどこか至らぬ点がございましたか』
『その顔を止めろ。白々しい物言いもだ。……わかっているだろう』
レティシアはふっとため息を落とし、微笑みを消した。わかっているが、それは彼がレティシアとの婚姻を嫌がっているということだけだ。そんなものは今更で、この男の顔を見れば一目瞭然だ。
人前ではまず見ることのない、不機嫌そのものといった表情。じっとレティシアを見つめる空色の瞳は、青空の爽やかさなどどこにも見当たらなかった。
(そのようなこと、わたくしたちの一存で決めることではないのに)
レティシアは感情を表すことはないまま、正面に座るクリストファーを見つめる。
いつからこの男は、レティシアの前では笑わなくなっただろう。第一王子である彼の兄上が亡くなられてから段々と……クリストファーはレティシアに気を許すことはしなくなった。今となっては給仕された紅茶に口をつけることさえしない。ここがオースティン家、彼の力が及ぶ圏外であるから。