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激しく誤解です!《2》

 定期考査まであと二週間。

 目立つことはしたくないが、成績を落とすこともしたくない。学院はベルにとってただの思い出作りの場所ではないのだ。将来の為に、しっかりと学業を修め優秀だというお墨付きをもらって卒業する必要があるのだ。何より、十位以内から落ちて奨学金をもらえない事態は避けなければならない。

 しばらくは、放課後に図書室で勉強することも控えてまっすぐ寄宿舎に帰ることにした。アンナにも、火の粉を被りそうならふたりでいるところはあまり見られない方がいいと伝えて、昼休憩の時間も裏庭で待ち合わせることになった。

 その時間だけでも、一緒にいてくれることが、話をしてくれることがベルにはとてもありがたく心強い。

 そうして一週間後のことだった。ベルは、レティシア・オースティンと二度目の遭遇をしてしまった。


 日中の裏庭は、少しの間は日が差す時間帯のはずだった。

 それなのに、なぜかひやりと空気が冷たくなったのは、気のせいなのだろう。だがそう感じるくらいに、冷ややかな目を向けられていた。

 かさりと芝を踏む足音がしてアンナが来たのだと振り向いたベルの目には、華やかな女子生徒が三人立っていた。その中心に立っているのがレティシアだ。


 ひゅ、と喉が鳴った。続いて、ざっと血の気が引く感覚。それでも咄嗟に身体が動いて、急いでカーテシーの姿勢を取る。


 (なんでこんなところにオースティン様が……)


 どくどくどく、と心臓が激しく鼓動を打ち出した。

 普段、人が近寄らない裏庭だ。時折誰か来ることはあっても、レティシアのような高位貴族の御令嬢が来たことはこれまで見たことがなかった。しかも今は、よりによってベルひとりきりだ。

 彼女が現れた理由は、今朝から増えた噂の尾鰭が原因に違いないけれど、わざわざ裏庭に出向いてまでベルを見に来るとは思わなかった。


(やっぱり、今回のはまずかったんだ……今まではスルーされてたけど)


 これまでは、下位貴族の娘などくだらないと相手にすらされていなかったのだ。だから向こうからの接触は一切なく、周囲が噂や陰口を叩いてだけで済んでいた。

 レティシアの両側に立つ令嬢は、恐らく以前アンナが教えてくれたふたりだ。彼女たちがもっともレティシアと懇意であり、常に一緒にいるという話だった。ひとりは、ベルたちのクラスメイトであるミルバ侯爵令嬢の姉。もうひとりは伯爵家だが、ロベリア国でも屈指の資産を持つ社交会でも影響力の高い家の御令嬢だという。

 いずれも男爵家であるベルから見れば、雲の上の存在だ。ベルから声をかけるわけにはいかず顔をあげることもできばかった。冷や汗をかきながら彼女たちの動向を待つ。

 その時ふと思いついた。

 こちらから近寄れない人が、向こうから来てくれたのだ。これは、噂は誤解で手などまったく握られてもいないと説明する絶好の機会だった。

 もし。もしも、話のわかりそうな人だったら。王太子殿下とお近づきになりたいなんてとんでもない、そう思っていることを伝えられたら、少なくとも敵対することは避けられるかもしれない。

 芝を踏む音が近づいてくる。地面だけを見つめているベルにはどれだけ近づいたかはわからなかったが、ある程度の距離をおいてその音は止まった。


「この方?」

「そのようですわ」


 レティシアの問いかけに、連れ添ったどちらかが答える。ベルのことを話しているのはわかりきっていて、緊張して膝が震えよろけそうになった。


「お顔を上げてくださらない?」


 許可が出て、こわごわ顔を上げる。目が合うと、凍り付いたようにベルは動けなくなった。

 悪役令嬢、レティシア・オースティンーー遠目に見た時より、彼女の容姿の美しさはわかっていたし仕草ひとつ、目線ひとつがやたらと優美に感じられる。だがこうして目の前にしてそれ以上に感じたのは、とてつもない存在感だった。

 レティシアは感情がまるで見えない微笑みを浮かべたまま、ゆっくりとベルに視線を這わせる。混乱して、ベルは慌てて口を開いてしまった。


「オ、……オースティン公爵令嬢様にご挨拶申し」

「口を開いて良いとは言っていなくてよ」


 口上を遮ってきたのは、伯爵令嬢だ。レティシアはそれに何も言わない。慌てて口を閉ざしたベルは心の中で悲鳴を上げた。


(わかってるけど! わかってるけど目が合ってるのに黙っているのも無礼だと思っちゃうじゃない?)


 貴族独特のマナーについていけないのは、前世の記憶のせいでもあるがベルが社交界に出ていないというのもある。視線はひしひしと感じる。顔を上げろと言われたので再び伏せるわけにもいかず、視線だけを少し落として地面へ向けた。


「そんなことを言ってはいけないわ。聞けばデビューもできていないということだから、マナーをよくご存じないのかもしれないでしょう」


 一応、庇うようなセリフだけれど、ここで口を開いてはまた同じことを言われそうだ。ベルは口を閉ざしたまま、レティシアからの遠慮のない視線に耐えた。



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