「アンナは生徒会に入りたいと思う?」
「えっ? うーん……緊張するし怖いけど、光栄なことだと思うから。でも子爵家程度じゃね」
「やっぱりそうだよね」
「でも、狙ってる子は多いんじゃないかな? 学院を卒業してしまったら、社交界でもそう簡単に近づけない人に在学中は会えるんだもの。それに一学年で生徒会を経験しておいたら、学年が上がった時に執行役員に選ばれやすいんですって」
「そっか……」
クラス内で生徒会入りを狙っていそうな顔が頭に浮かぶ。男子生徒はもちろんだが、女子生徒ではミルバ侯爵令嬢やアイリス伯爵令嬢とその仲の良い数人が思い浮かんだ。
「はあ。勉強のことだけ考えていられたら楽なのにね」
「ふふ、ベルは勉強が好きなのね。授業のノートも課題も、すごくわかりやすくまとまってるし綺麗だし。もうじき中間考査だ……わたしはちょっと不安で」
「優秀っていうか、試験勉強が得意なだけよ。覚えるコツっていうか。アンナは何が不安なの?」
「エラル語が苦手なの。ロベリア語に訳す時の解釈が独特じゃない? あと発音。聞き取れなくて」
「あ、よかったらわたし教えられるよ。エラル語なら一応話せるの」
「本当に?」
「リンドル領って二か国との国境にある辺境領と隣接してて、取引先も国外の人が多かったの。だから、語学は得意なのよ」
二週間後に初めての定期考査がある。
図書室に資料を返却した後、そのままふたりで試験勉強をすることになった。
「なんだか、ちょっと人が多いね」
「本当だ。定期考査が近いからかな?」
受付に聞いてみると、個室は今日は空いていないらしい。仕方がないので、窓に近い長机の隅にふたり分の椅子を確保する。
エラル語の教科書とノートをアンナが広げる。が、何を聞けばいいのか漠然としているようだ。見ると、ノートに書かれた問題も間違えた形跡はあまりない。
「こういう問題だと、間違うことはあまりないのよ。でも、もうちょっと自由度の高い問題ってあるでしょう? そういう時に、どうしてその文章が答えになるのかがわからなくて」
アンナがパラパラとページを捲る。例になりそうな問題を探しているらしい。
「あ、ほら! こことか。会話文なんだけど……意味はわかるのよ。でもこれをロベリア語で話すと考えたら、このセリフに対してこういう言い回しはしないでしょう?」
「ああ、なるほど……」
確かにエラル語は、ロベリア語とは文法が違うというか、言葉の優先順位が違うのだ。ひとつの文章の中で正解を説明するのは簡単だが、これは感覚のものである程度エラル語で会話してみなければ掴めないものかもしれない。
「この会話文で言うなら、エラル語はまず現在と主張を優先するのよ。だから『わたしは考える~』から始まっていて――」
エラル語は複雑なようで、考え方のコツさえつかめば楽なのだがそこに至るまでが結局は問題の数をこなすか、最善は会話に触れる回数をこなすことだ。
教科書だけでは説明しきれず、図書室でロベリア語とエラル語両方が揃っている小説を借りてきた。教科書よりも、小説の方が様々な文章を見比べられるので、アンナの悩みにはちょうどよかった。ふたりで勉強をしていると、すっかり集中してしまっていたらしい。途中、何か周囲が騒めいたような気がしたが、ベルもアンナも顔を上げなかった。
だから背後からかけられた声は、本当に突然に感じた。
「リンドル嬢は、エラル語が堪能なんだな」
びくっとふたりそろって肩が跳ねた。
「お、王太子殿下!?」
(どうしてこう、この人は突然現れるのかな!?)
神出鬼没のクリストファーに驚き過ぎて、心臓がばくばくと音を立てていた。慌てて立って挨拶をしようとして、クリストファーの手に制される。
「いいよ、そのままで。続けてほしい」
クリストファーはそう言って、なんとベルを挟んでアンナの逆隣りの席に座ってしまった。
「で、でも」
「すごくわかりやすかったから、ぜひ俺も聞きたいんだ」
「え、ええと……」
(続けろと言われても……)
見られながらアンナに教えろというのか。躊躇いながらアンナを見れば、彼女は既に緊張から身体が小刻みに震えている。それでいて、微笑みは絶やしていないのだからさすがだ。