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まさか、これが強制力《3》

「大丈夫か⁉」

「だ、大丈夫です……すみません、わたしが振り返ったりしたから」

「いや、私のせいだ。すまない、女性になんてことを」


 今のは明らかにベルが悪いというのに、ずいぶんと親切な人だ。じんじんと痛みは響くが、立てないほどではない。少し収まったところで、礼を言おうと顔を上げた。


「本当に、大丈夫だろうか」


 眉根を寄せ心配げにベルの顔を覗き込む、金髪の美青年。痛みを堪えて浮かべた笑顔が、ぴしっと固まった。

 こうして間近に見ると、入学式で遠くから見た時よりも更に美しく見えた。高く細い鼻梁に形の良い薄い唇、切れ長の目はびっしりと髪と同じ金色のまつ毛で縁取られている。

 芸術品のように整った顔立ちに圧倒されながらも、ベルは何よりその瞳の色に見入っていた。

 王族には、引き継がれている色がある。それがこの瞳の色だ。春の空のような薄い青に、細かな白い光が散ってキラキラと輝いて見えるのだそうだ。こうして間近にすると、その希少な瞳がよくわかった。


「えっ、まっ……おっ……」


(お、王太子殿下っ……!?)


 クリストファー・ロードベルグ。

 会ってはいけない人に、出会ってしまった。


 まともな言葉が出ないまま、ベルはぱくぱくと唇を動かす。それを勘違いしたのか、クリストファーが顔色を変え速やかに行動を起こした。

 固まって動けないベルを、軽々と抱き上げてしまったのだ。


「きゃあああ!」


 あちこちから悲鳴が上がる。これはベルのものではない。ベル本人は、声を出すこともできなかった。


「すまない、どいてくれ」


 ベルを抱き上げたまま、クリストファは人を避けながら食堂から逆戻りして、急ぎ足で先へ進む。悲鳴も食堂のざわめきも、あっというまに遠ざかった。


「あ、あ、あの、王太子殿下……っ!」

「痛むだろう、本当にすまない。もう少しで医務室に着くから」


 ようやっと声を出したものの、話している間も生徒たちが通る連絡通路の真ん中を歩いていく。突き刺さる視線が痛くて、ベルはますます混乱した。


「で、殿下っ! 人が、人が見てますから、通行の邪魔になりますから!」


 抱き上げられた状態では、暴れて飛び降りるわけにもいかずかちこちに身を固くして涙声で訴えた。


(目立ちたくない! こんなとこ大勢の人に見られたら、絶対伝わっちゃう!)


「ああ、そうだな。君は優しいな、痛むのだろうに通行人の方を気遣うとは」

「は?」


 全然違う。そういう意味ではないのだが。

 何を勘違いしたのか、クリストファーはまた方向を変え、連絡通路の段差を降りて庭に降りたつ。


「中庭を通ろう。その方が近道だ」


 そのセリフに、絶句した。


(中庭……嘘でしょ……!)


「もう少しで着くからな。ひどい怪我でなければよいが。骨は大丈夫だろうか」

「大丈夫ですから! 降ろしてください!」

「だめだ、きちんと診察を受けてからでなければ」


 少し尻もちを着いたくらいで、そんな大怪我をするわけがないのにクリストファーはまるで急病人を運んでいるかのような真剣具合。そして、とうとう中庭に辿り着いた。

 ベルの頭の中に、キーワードが次々浮かぶ。

 ぶつかって転ぶ、お姫様抱っこ、中庭……ぶつかったのは食堂の近くだったのに、結局抱っこで中庭を通過することになっている。


(やってしまった……こんなベタな出会い方、現実でやってしまった……食堂だったのになんで……まさか、これが強制力……?)


「ほら、医務室だ。痛みはどうだ?」


 目的の医務室に着き、ようやく降ろしてもらった時には、何もかもが遅かった。

 出会ってしまったことに加えて、ベルを抱き上げて運ぶ王太子殿下の姿はたくさんの生徒に目撃された。明日には間違いなく、いやもしかしたらもう既に食堂にいたレティシアの耳に入ってしまったかもしれなかった。



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