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まさか、これが強制力《2》

 職員棟を出て食堂へ向かう。連絡通路を歩いていると、美しく手入された庭園が見渡せる。入学式の頃に咲いていた花は散って、今はもう別の花が主役になっていた。あれから一カ月、授業に慣れるのに必死で、あっという間だったように感じる。


 思い出した前世のことも、あまり考えないようになっていた。記憶があったからって、特に何かが変わるようなことはなかった。敢えて言うならほんのすこしだけ、言葉遣いは変わったような気がする時がある。ひどく崩れるわけではないが、不意に気安い言葉がでてしまう時があるので、先生や高位貴族と話す時は気を引き締めなければならない。


 絶対に会ってはいけないあの人のことも、入学式から一度も見かけていなかった。登下校時と昼休み、あとは図書室など共同施設を使う時にさえ気を付けていれば、そもそも別の学年の生徒と顔を合わせることあまりないのだ。

 出会いポイントの中庭は、連絡通路を使うときにそこから眺めるだけで絶対に立ち入らないようにしているけれど。


「どうしようかな、もうちょっと時間ずらした方が空いてるかも……」


 食堂の出入り口付近で、中を窺う。見たところ、一席くらいはぱらぱらと空いている様子だが、大体みんな仲の良いグループで席を取っているので、その隙間にひとりで入っていくのは食べづらい。

 いつもは、できるだけ早く来て端の方の席を取り、さっさと食べて混んでくる直前には出るようにしていた。貴族、特に令嬢というのは急いだりせずゆっくり歩くものなので、きびきび歩くベルの早さならそれで間に合ってしまう。


 それにしても、一番多い時間はこんなに混むのか。

 様子を見ていると、すっと真横を通り過ぎる気配がした。同時にふわりと百合の花のような香りが鼻を掠める。


(……あ。もしかして)


 気づいた時にはもう後姿になっていて、香の主はぞろぞろと数名の令嬢を引き連れて中へ進む。ゆっくりと、とても優雅な足取りだった。


「レティシアさま、お席の準備が整っておりますわ」


 先に来ていたらしいひとりの令嬢が声をかけると、薄く微笑みを浮かべるだけで応えそちらへ方向転換する。


(やっぱりレティシア様だった……すごい、さすが……本当にきれい……)


 あの見事な銀髪は、そうありふれたものじゃない。動くたびにキラキラと光を反射し、さらさらと音まで聞こえてきそうだった。加えてすべての仕草が、首を傾ける時の目線が凛として高貴な雰囲気を漂わせている。

 また別の令嬢が「プレートをお持ちしますので先にお席へ」と彼女の代わりにランチプレートを受け取りに行く。レティシアが席に着くと、またひとり今度は紅茶の準備をしている。


 学院内は、侍女の同伴は認められていない。普段は侍女やメイドに任せきりであっても、在学中は自分のことは自分でできるように、入学前に教わって身に着けておくもの……とベルは入学説明の時に聞いた。


(これじゃあ、侍女連れてるのと変わらないんじゃ)


 さすがにやりすぎではないだろうか。しかし、周囲を見渡せば、みんな見慣れた光景のようで誰も気にする様子はなかった。


(やっぱり、身分差を気にしないなんて無理な話なのよね。理想と現実は違うってことよ)


 結局、学院内は社交界の縮図だ。卒業後、大人になって社会に出る時の、下準備期間でもあるのだ。

 レティシア・オースティンにも王太子殿下にも、近付かないに限る。彼女が今ここにいるということは、後から王太子殿下も来るのかもしれなかった。婚約者同士ならば、一緒に食べる約束をしていてもおかしくない。


「……うん。お昼、あきらめよ」


 お腹が空くと午後の授業が辛いなあ……と思いながらも仕方なく踵を返す。そしてすぐ、固い何かに思い切り顔がぶつかった。


「きゃあっ!」


 背後を気にしていなかったベルが悪い。しかしぶつかった相手はまるでびくともせず、その反動でベルの身体は真後ろに飛び、耐えきれずに尻もちをついてしまった。


「いった……!」


 ガツンと腰骨に響いて、座ったまま腰を摩る。痛みで蹲り動けずにいると、目の前に跪く人がいた。




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