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まさか、これが強制力《1》

 ロベリア学院のクラス分けは、学力別である。

 特別クラスの人数は、十五人ととても少ない。単純に考えると入学試験での上位十五人ということだろうか。この先、次学年でのクラス分けには成績の他に授業態度や生活態度、提出課題の成果なども考慮されていくらしい。

 ベルは学費免除を狙っていたので、成績優秀者として多少目立つ覚悟はしていた。けれども、まさかこんなことになるとは、予想していなかった。


(全っ然、話せそうな人がいない……っ)


 クラス責任者はガストン教授という、壮年の男性だった。細身で背が高く、銀縁眼鏡の向こうは鋭い目をした美丈夫だった。侯爵家の血筋だという。

 生徒も家格の上位からいうとフィールズ侯爵家の嫡男、ミルバ侯爵家の御令嬢に辺境伯家の三男坊と、名前を聞いただけで震えあがりそうな名門家の子息子女ばかりが並んでいる。ひとり子爵家の次男がいたが、彼は既に魔石を使った魔道具の開発で実績を上げている。


(そういえば、この世界の魔石が前世でいうところの電気のような役割なのよね。あちらの世界ほど便利ではないけれど)


 近頃は魔道具の開発が進み、貴族家や裕福な商人などの生活は便利になってきている。つまり彼も、将来を約束された有望な人物だということだ。

 そんな早々たる生徒の中で、名を名乗らなければならなかった時の恐ろしさといったらない。


「ベル・リンドルと申します。リンドル男爵家の長女です」


 そう名乗った時のシン、と静まり返った教室。ベルは沈黙の恐ろしさを知った。


「ロベリア王立学院は身分差を誇示することなく勉学に励むようにという規則がある。学院内ではみな平等に交流を図るように」


 担当教授が助け船を出してくれたが、そう簡単なことではない。いや無理だって、という言葉は貼りつけた微笑みのまま飲み込んだ。

 授業自体はそれほど苦ではない。さすが、特別クラスとなると専門的な知識も必要となってきて、教科書だけでは足りず図書室に通う毎日だった。

 選択科目は領地経営科と、外国語をふたつ選んだ。経営科はやはりマイルズが大きくなるまでに役に立てたら、というのと外国語はロベリア国と国交のある国でまだ習得できていない二か国語だ。これはもちろん、王宮文官になる為である。


 クラス内の身分差は、思っているほど気にならなくなっていた。別に、無理に仲良くする必要はないのだし、各々自分のことに必死だ。もちろん、家格の合う者同士は卒業後のことも考えてか積極的に交流を図っている。だが、ただひとり浮いた存在のベルを変に無視したり貶めたりする者は今のところいなかった。


「リンドル。これを職員棟まで届けて来い」


 約一名、こういうのがいるにはいるが。フィールズ侯爵令息だ。赤茶の髪に騎士かと見紛うほど大柄な体躯をしているので、横柄な物言いも相まってとてつもなく圧を感じる。ばさりと音を立てて、クラスで集めた課題をベルの机の上に載せた。ベルの課題はまだ手元に持っていたので、最後がベルでついでにお前が持っていけ、という意味だろう。


「ガストン教授宛で良いですか?」

「そうだ。すぐに頼む」


 人が断るなど思いもしないのだろう。きっと悪気もないのだ、ただ人に命令することに慣れている人種というだけで。返事も聞かずに去っていく背中に「承知しました」と伝えて立ち上がる。


 別にこのくらいのことなら、黙って引き受けておくのが良しだ。これから昼休みだが、仕方なく先に頼まれごとを済ませることにした。


「またシグルド・フィールズか」


 眉間に思い切り皺を寄せるのは、ガストン教授だ。ベルから課題の束を受け取りながら苦言を呈する。頼まれたのはフィールズ侯爵令息なのにベルが持っていけば、当然こうなる。なので敢えてベルが言う必要はなかったのだ。


「お前も断ればいいだろう」

「無理ですぅ、だって大柄な方ですし、侯爵家の方ですし」


 弱弱しく言ってみると「わざとらしい声を出すな白々しい」と鼻で笑う。

 ガストン教授は、雰囲気は厳しいが公平な人物だった。ただ、別に助けてもくれない。阿りもしなければ施しもしないが、成績にはきっちりつけてくれそうだ。なぜなら、ベルが仕事を押し付けられる度に手帳を取り出して毎回記録しているからだ。

 さすがにこの程度のことでクラス落ちまではしないだろうけど。そのうち、生活態度で注意が入る可能性はある。いくら規則で守られていても直接高位貴族に物申すのはできれば避けたい。ここは遠慮なく教授にお任せだ。


「それでは、失礼します」

「ああ、ご苦労様」


 担任の教授がガストン教授でよかった、と思う。変に庇われるよりは徹底して公平な目で見てくれる方が、きっと一番無難だ。



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