やんごとないお嬢様がテラスで紅茶を楽しんでいたところ、カップに小さな虫が入り込んでしまった。口を付ける寸前で気がついたお嬢様はたいそうご立腹で、ポットを持ったメイドにクビを言い渡した。
「おまえ、よくも私の紅茶に虫を入れたわね。すぐに荷物をまとめてこの屋敷から出ていきなさい!」
メイドは必死になってわざとではないこと、自分の仕送りがないと故郷の両親が暮らしていけないことを訴えたが、怒り心頭のお嬢様の心には届かなかった。
このお屋敷では、こんな場面はよくあることで、仲間のメイドたちは気の毒そうに様子をうかがっている。しくしくと泣くメイドに、お嬢様は情け容赦なく追い打ちをかけた。
「何をぐずぐずしているの。ああ、このカップ、お気に入りだったけどもう使う気が失せたわ。お前の最後の仕事よ、ソーサーごと処分しておいてちょうだい!」
お嬢様の気が変わることはなさそうだと悟ったメイドは、頭をさらに低くして、最後の仕事を完遂するべくおうかがいを立てた。
「恐れながら、実はそのカップ以外にも、虫に触れさせてしまったものがあります。同様に処分したほうがよろしいでしょうか」
「まあ、なんということ。この役立たず! 当り前よ、一回でも虫がついたものなんて、触りたくもない!」
そうしてメイドが去った翌朝、お嬢様の悲鳴がお屋敷に響きわたった。ご自慢のシルクのドレスが、ごっそり全てなくなっていたのである。
その悲痛な声色は、まるで絹を裂くようであったとか、なかったとか。