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溜める女
75ビール
文芸・その他ショートショート
2024年11月18日
公開日
2,480文字
連載中
食品や洋服などを買い溜め込んでいる妻と、それを煩わしく思っている夫の会話

溜める女

「あなた。この録画みたの?」

「ああ。見たよ。」

「じゃあ消しますね。消さないといっぱいで、録画できないのよ。」

(何を言ってるんだ。俺の録画したものはほぼ見終わって消してある。残っているほとんどは君の録画じゃないか。しょっちゅう居眠りして、起きたらまた戻して見ているからいつまでたっても見終わらないんだ。)

毎週日曜日の妻のルーテーンは、1週間分のテレビ録画を見ることだ。平日は、朝早くから夜遅くまで働いている妻にとって、休日の唯一の楽しみだ。

「君こそそんなに溜め込んで、1日じゃ見られないだろう。」

「まあ、そうだけど。見たい番組が沢山あるのよ。」


「ソーセージパン食べていいですよ。」

「でも、夕食食べたばかりだからよすよ。」

「だって、あなたが食べたいって言ったから、買ってきてあげたんじゃないの。」

(何を言ってるんだ。自分だけでは食べきれなくなると、すぐ俺に振る。夫に対して優しくしているふりをしているが、単に片付けてほしいだけだろう。)

いつもこうだ、賞味期限が近付いて、安売りの値札を貼ったパンをたくさん買い込み、私や子どもたちに食べさせる。確かに安売りになった商品はお得だし、食品ロスの観点からも良いことではある。しかし、必要だから食べているのか、買いこんだものを片付けるために食べているのか、本末転倒のような気がする。だから、台所のテーブルの上はパンでいっぱいだ。賞味期限の過ぎたパンは、冷凍庫の中にもたくさん入っている。


「あなた、チーズおかき食べたでしょ。」

「ああ。」

「あれは、私のお菓子だったのよ。どうして食べちゃったのよ。」

(何を言ってるんだ。自分専用のお菓子なら、ちゃんと名前でも書いておけよ。)

私の家には冷蔵庫が3台、大型冷凍庫が1台ある。1台の冷蔵庫は普段使いで、他の2台は子どもたちが学生時代別居していた時に使っていた物で、電源は入れずにお菓子箱代わりになっている。もともと食器棚の上にもお菓子箱はあるが、こちらも常に満タンだ。冷凍庫は、大型量販店で購入した食品を冷凍保存するための物であるが、買った物が入れっぱなしになっていることが多い。常に新しいものと入れ替わっているのは、妻の大好物のアイスクリームぐらいなものだ。


 「実家からもらったお菓子も、早く食べないと賞味期限が切れるぞ。」

「まだ賞味期限まで日にちがあるから、大切にとってあるのよ。すぐ食べたら、もったいないでしょ。」

(何を言ってるんだ。そんなにお菓子を積み上げて、日本全国のお菓子の展覧会のつもりかい?)

冷蔵庫以外にも、仏壇前にたくさんの贈り物やお土産のお菓子が並んでいる。オイルショックが来ても、大震災で物資がコンビニからなくなっても、我が家は大丈夫だとは思うけど・・・。


これは、妻に限った事なのか。それとも、他の家庭でもそうなのだろうか。もしかしたら、すべての女性に共通しているのではないだろうか。きっとこれは、縄文時代に栗やクルミなどの木の実や山菜を採集していた時代の女性特有のDNAが残っているのかもしれない。飢餓に備えて、蓄えているのかもしれない。いいや、もっと古いDNA、例えば、リスのような小動物だった頃、集めたどんぐりを土の中に溜め込むDNAが残っているのかもしれない。

一方、男性の私には、狩猟時代の名残があるのかもしれない。動物にせよ魚にせよ、そのまま放置しておくと腐って食べられなくなってしまう。だから、狩猟した先から消費しなくてはならない。そのDNAが、目の前に積まれた食品を見て、イライラさせるのかもしれない。


 結婚して間もない頃、会社から帰宅すると「お金がない。」と言って妻が泣いていたことがあった。毎月働いて給料を入れているし、特段浪費もしていないはずなので不思議に思って尋ねると、

「財布に、2千円しかない。」

「銀行にもないのかい。」

「銀行にはあるわ。」

「それなら、明日銀行に行っておろせばいいだけの話じゃないか。」

「手元に2千円しかなくて、心配で。」

今考えれば、なんてかわいらしい若妻だったことか。手元にある程度のお金がないと不安で仕方がなかったように、お菓子や食品がないと心配で眠れなくなるのかもしれない。


「2階の寝室も、物置小屋の中も荷物でいっぱいなんだけど、子どもの頃の服は、捨ててもいいんじゃないの?」

「でも、孫ができたら着せてあげようと思うの。自転車だって、ビニルプールだって、きっと喜ぶと思うわ。」

「じゃあせめて、君の服ぐらい整理してもいいんじゃないかい。」

「あの洋服は、まだ着る機会があると思うのよ。あなたのスーツだって、着る機会があるかもしれないでしょ。」

(何を言ってるんだ。体形が変わってきれなくなった服が、また着られる日が来るとでも思っているのか。俺は仕事をやめてもう五年もたっているんだ。ネクタイすらここ何年も閉めてはいない。)

子どもたちの三輪車やスキー、保育園の工作から高校の教科書まで、物であふれている。クローゼットや箪笥には、子どもたちの小さい時の洋服や、妻の学生時代の制服まで入っている。私の寝室にも、子どもたちのアルバムが山の様に積まれている。荷物を置くためにアパートを借りると、妻が言い出さないか冷や冷やしている。


「君は、『宝石とか、バックとか高価なものを買う人の気が知れない。』と、自分の正当性を主張するけど、毎日毎日、スーパーの閉店間際の安売りしたものを、消費できないくらいいっぱい買いこんでいる。私には、買った責任を果たすために、食べきれない量まで無理して食べているように見える。そんなに溜め込んで、無駄だと思わないのかい。」

「それで、あなたに何か迷惑を掛けましたか?いつもいつもそうやって、私に文句言って、私が太ったのも、お菓子ばかり買い込んでいるからだって言いたいんでしょ。」

「君の体型を言っているわけじゃないよ。」

「私が今まで1番溜め込んだのは、お菓子でも食品でもないわ。」

「じゃあ、1番溜め込んだのはいったい何なんだ。」

「あなたの冷たい態度に対する・・・。」

「私の態度に対する、何なんだ。」

「ストレスです。」

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