気を取り直した三人は、翌日も同じ方法で難なく合同捜査本部に潜り込んだ。日曜の七時。やはり、警察というところは、相当ブラックな組織のようだ。だが、そうして市民の安全を縁の下で請け負ってくれているのだ。妖狐とはいえ、人間社会に溶け込んで暮らす三人も、その恩恵を少なからず受けている。有り難いことだ。
会議前の室内はざわついていた。昨晩、四件目の事件が発生したためだ。
「合同捜査会議を開始する。まずは、
「昨晩、四件目と思われる事件が発生した。他の事件との繋がりについては確認中だ。神奈川で二件目の犯行になる。こうして犯行が続く中、住民には自分も被害に遭うのでは、との大きな不安が広がっている。これ以上、このような犯罪を繰り返させてはならない。五件目を未然に防ぐと共に、日本警察の総力を挙げて事件の全容を解明する必要がある」
刑事部長がそう訓示を述べて着座すると、会議が始まった。
「まず、昨晩の事件について。神奈川!」
「神奈川の
「神奈川の坊ケ崎です。ガイシャは
「うそ。大福ちゃん……」
ロタが両手で口を覆い、半ば悲鳴のような声をあげた。幸い、霧子の幻術のお陰で、誰も気に留めてはいないものの、ロタの動揺ぶりに二人は驚いた。
「ロタちゃんの知り合い?」
「コンカフェのアルバイトの子。昨日は急にお休みしてたみたい……」
「なんと!」
昨日は霧子が驚き、今日はロタが驚く番だった。
※ ※ ※
「警察は、四番目の被害者が、ロタのお店の店員って知らんのやろ? ようやく、出し抜けるチャンスちゃう?」
「それは、そうなんだけど……」
助手席で霧子がそう言いながら、後部座席に座るロタを振り返った。ロタは、まだ先ほどの驚きが冷めないようで、顔面蒼白なまま押し黙っていた。霧子の視線を感じて顔をあげる。
「うん、そうだね。大福ちゃんのためにも、犯人を見つけよーよ」
「その、『大福ちゃん』ってのは?」
「えっと。ゲンジナ? だよ。厄介なお客さんに絡まれたくないから、個人情報は極力漏らさないようにしてて。名前も本名は名乗らないの」
「なるほど源氏名ね。でも、そうすると。大福ちゃんは、まさにその厄介なお客さんって奴に殺されたんかな?」
「それは、わかんない。前に大福ちゃんからそんな感じの事は聞いたことあるけど……シフトが重なることはあんまり無かったから……」
「じゃあ、まずは店長さんに聞いてみよか?」
「そうしよう」
ロタの勤め先へと車を走らせる。とうとう、捜査の糸口が見つかった。三人にとっての事件が、ようやく転がり始めたのだった。
※ ※ ※
「あら、ロタちゃん。なぁに? 今日はお客さんで来てくれたの? あ、それとも今日もシフト入ってたっけ? 同伴入りしてくれたの?」
「えっと、そうじゃなくて。あの、ちょっと店長、お話良いですか?」
ロタのお店に来るのは、霧子も房咲子もこれが初めてだった。照明も家具も、本棚に並ぶ本も、あちこちに配置された小物も、すべてが「中世フランス風の魔法の国のお城」を演出するために
照明はLEDだが、ゆらゆらとキャンドルの灯のように揺らめき、装飾の凝った家具の影が揺らめいていた。本棚に並ぶ本は、どれも重々しい装丁の大きな本で、中には何が書かれているのかと、つい想像を巡らせてしまう。無造作にトレイに置かれた小物類も可愛らしさとおどろおどろしさを両立させたような謎のアンティークで、プラスチックの模造品なのか、本物なのか、一見しただけでは判別がつかない。
「うわ。
「なまら、素敵……」
「でしょ、でしょ~」
開店前の店内には、店長以外には誰もおらず、接客用のテーブルを四人で囲んで座った。
店長も大福ちゃんが亡くなったことは、初耳だったようだ。三人から事件を伝えられ、相当ショックだったようだ。しきりに「なんで? なんで?」と繰り返しては涙ぐみ、その度に会話が中断してしまう。それでも、店長から聞き出せたところによると、確かに大福ちゃんは少々厄介な客につき纏われていたようだ。
「それって、どんなお客さんですか?」
霧子が聞いた。三人が聞き込みをしていることが、後で警察に分かると、ややこしいことになりかねない。一通り聞きたいことが聞けたら、店長の記憶は改ざんさせて貰う腹つもりだった。
「えっと、名前は分からないの。でも、いつも大福ちゃんのシフトに合わせて来店して指名してた。身なりはしっかりしてるし、金払いも良いおじさんだし、店での素行は悪くなかったんだけどね。どうも外でも大福ちゃんにちょっかい出してたみたいで。警察に相談しようかって言ってたところなの。歳は、四十代ってところかな。信じられる? 大福ちゃん、まだ二十二よ。お店のルール守って楽しむ分には良いけど、まじでお熱あげるとか、気持ち悪い」
「年齢以外の特徴は?」
「うーん。中肉中背、ちょっとお腹出てるかな。でも、普通のおじさん。特徴はこれと言ってない感じ」
またしても行き詰ってしまった。自分たちのやり方が悪いのか、どうにも素人が捜査を行うことの限界を感じる。名前もわからず、四十代のおっさんってだけで、探し当てるには、東京はあまりにも広すぎた。
「なんか、もう少し、こう、特徴というか、無いですかね? たぶん、その人が犯人なんじゃないかって気がするんで」
房咲子が食いさがる。
「と言われてもねぇ。写真とかも無いし。あ、待って。防犯カメラなら一週間残ってるから」
店長がそう言うと、思わず霧子は天井を見上げた。
またしても防犯カメラだ。
――防犯カメラ、防犯カメラ。もう、今の日本って、そこら中、防犯カメラなのね。今度から、気を付けよっと。
「確か、大福ちゃんの前回の入りは、先週の火曜だったから……うん、ぎりぎり残ってそう」
店長がパソコンを操作して、過去の防犯カメラの映像記録のフォルダを
カメラは、入り口と店内の全景と厨房の三か所。そのうち、入り口と店内全景を映すカメラの画像に、男の映像が残っていた。
「あっ!」と房咲子。
「わっ!」と霧子。
「ぴゃっ!」とロタは謎の奇声を上げた。
そこに映し出された、大福ちゃんにうざ絡みをしていたという迷惑客。それは、第三の殺人事件の被害者、
――繋がった!
第三の殺人事件の被害者と、第四の殺人事件の被害者に接点があった。てっきり、被害者と犯人の関係だと思っていたので、そこは予想が外れたが、少なくとも二つの事件には何らかの関係がある。
それだけでは、まだ事件の真相には、ほど遠い。しかし、これまで全く関連性が見られなかった、四つの事件のうちの、二つに接点があると分かった。
共にその犯人については不明なままだが、進展があったことに、興奮の隠せない三人だった。
※ ※ ※
「さて。今ここで聞けることは聞けたかなぁ。この後、どうする?」
「私、もう一度警察に行ってみる。警察がこの事件を連続殺人事件として取り扱ってる理由、まだ確認できてなかったでしょ。三番目と四番目の関連は、私たちで突き止められたけど、一番目と二番目、そして三番目の間にも、何か関連があるんだよね。きっと。そこ、確認しておいた方が良いかなって」
「そうね。警察だけが情報をもってるのずるいもんね」
自分たちも、かなりずるして情報をチョロまかしていることについては、お構いなしである。
「じゃあ、ロタちゃんと私は、例の三番目の事件の公園に行ってみよっか。さすがに四番目の事件の現場は、まだ警察もたくさんいるだろうから」
「というわけで、店長さん、ありがとうございました!」
「記憶、
ロタと霧子がそう言った時、房咲子が大きな声をあげた。
「あっ!」
「なに?」「どうしましたカ?」
「ここの防犯カメラ……どうしよう」
「「あ……」」
またしても。またしても、である。
「あぁ、もう! 便利なんだか、不便なんだか……」
「とかく生きにくい世の中になっちゃったこと……」
後で警察に不信がられても嫌だが、映像をこのままに残すというのも、もっと嫌だ。
「店長、一時間ほど、防犯カメラの映像、削除しちゃってもらえませんか?」
「わかった。ちょっと待ってね」
なんの疑いも抱くことなく、店長が応じる。撮影してすぐ、映像がセキュリティ会社のサーバーに送られるタイプの防犯カメラじゃなくて良かった。記録は、店長室のパソコンの中にしかない。
「はい、これで良し」
「ありがとうございます。では、次は店長さんの記憶の方を……」
霧子が幻術を放ち、店長の記憶を操作する。出店してから、誰もここを訪れてはいない。一人店長室で開店準備をしていただけ。そして、パソコン操作中に、ついうとうとと寝てしまっただけ……。
そうして、店長は、三人のことを忘れ、そのままキーボードに突っ伏して寝てしまった。
「店を出る時は、狐火を使って例のハレーションで切り抜けるしかないね」
「なんか、ずーーーーっと、防犯カメラに振り回されっぱなしな気がする」
「ほんと。妖狐泣かせのブンメイノリキです」
「でも、これもロタちゃん作の
霧子がそう言いながら、車のトランクから機械の塊を引き出した。それは、折りたたまれた
「じゃ、行ってくる」
霧子は颯爽と愛車を走らせ、去っていった。