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第4話「ジャンボパフェ三つ、お待たせしました」

 死亡推定時刻頃の公園の防犯カメラに霧子の姿がしっかりと映っていた。警察は「二十歳前後の若い女性」がマル被(被疑者)の可能性ありとみている。だから、犯人に防犯カメラの存在を警戒させないために、「目撃者」によるタレコミとして発表したのだ。

 どうにも居心地の悪くなった三人は、会議の続く合同捜査本部をそそくさと退出した。


「ぷっはぁ。息が詰まって窒息するかぁおもた」

「道理でね。目撃者だなんて。私、そばに人の気配を全然感じなかったんだよね」

「霧ちゃん、あの服は処分した方がえぇな。それと、メイクちょっと変えよっか。シャドー強めにするとか、いっそブランド全取っ替えして、色味変えるとか」

「そうね……」

 お気に入りのニットワンピだったのだが、致し方ない。

「ジャンボパフェ三つ、お待たせしました」

 彼女たちが陣取るボックス席にウェイターの男の子が近寄る。

「はーい」

 極度の緊張をほぐし、疲れた頭脳の回復には、甘い物がぴったりだ。


「ホれにヒても。ヒてやられちゃいました」

 ロタがもごもごとパフェを頬張りながら言った。

「せやな。素人のウチらが、その道のプロを出し抜くなんて、ちいっとばかし無理があったかー」

 「目撃者」が防犯カメラの映像だったことで、その目撃者が犯人だった可能性が消えたというだけでなく、自分たちが警察以上の情報を持っているというアドバンテージも無くなってしまった。


 こうなると、探偵ごっこもお開きかもしれない。三人の間に重たい空気が漂い、自然、会話も減ってしまう。

「でも」

 ロタが言った。

「それが分かったってのは、ハーヴェスト収穫デス」

「ロタちゃんは、いつもポジティブだね」

「ん、ん! もっと褒めても良いですよ?」


        ※        ※        ※


 探偵ごっこはお預け。そんな雰囲気のまま帰宅した三人は、土曜の午後は思い思いに過ごすことにした。

 霧子は、気分転換に、趣味のバイクで出掛けると言い、房咲子も道場に顔を出してくると言った。二人とも、何か体を動かして、モヤモヤを晴らしたかったのだ。

「じゃあ、ロタちゃんは、コンカフェのシフト入れちゃおっかな」

 ロタがコンセプト・カフェでバイトをしているのは、バイト代が目的ではなく、可愛らしい格好でお喋りが出来るから、らしい。日本語の勉強にもなると本人は言うが、今のところ、その成果については、やや怪しいところがある。


「んじゃ、行ってきまーす」

 霧子が白地に黒のラインの入ったライダースーツに、フルフェイスのヘルメットを抱えて先に出た。

 地下の狭い駐車場には、手前からミニシアターの来客用駐車場が三区画、その奥に三人で共用しているフォルクスワーゲンのタイプ2。そして、一番奥に、霧子の愛車、スズキのGSX1100SYカタナがあった。2000年に1100台だけ限定再販されたファイナルエディションと呼ばれるタイプだ。メタリックシルバーのアルミボディーにそっと触れる。切れ味鋭い冷たい手触りが心地良い。

 グローブをはめて、エンジンをスタート。腰から全身へと駆け上がるリズミカルな振動。スロープを進み、明るい地上へと出る。目的地はない。ただ、無性に走りたかった。それだけだ。

 ――人間って凄いよね。

 霧子も狐の姿に戻れば、時速50キロで数十秒なら走ることが出来る。しかし、この子は遥かに速い速度で何処までも走り続けられるのだ。

 しかも、霧子が妖狐として第二の人生(狐生)を歩み始めた平安時代には、こんな乗り物は存在しなかった。今や、人間は空を飛び、宇宙にすら進出し、妖狐の能力を遥かに凌駕する。

 だからこそ、そんな人間への憧れから、人の姿で生きる事を選び、結果、妖狐としての能力を獲得するに至ったのだ。

 首都高のインターで、気ままに分岐を選んでアクセルを吹かす。なんとなく西へ、川崎方面へと向かって進んでいたが、「海ほたる」の地図看板を見て、そっちに車体を傾けた。木更津と川崎を結ぶ東京湾アクアトンネルの端、東京湾のど真ん中にある人工島、「海ほたる」に目的地を定めた。


「せいや!」

 房咲子の繰り出した正拳突きが、相手の顔面スレスレにビタリと止まる。相手は防御の姿勢が間に合わず、思わず目を瞑った。

「そこまで!」

「押忍!」

 房咲子はこの道場で黒帯を獲得。今や四段。

「よ、房咲子ちゃん」

「先生。お邪魔してます」

 房咲子が師事する、この道場唯一の女性師範代が声を掛けてきた。

「元気だった? 土曜日に来るなんて珍しいね」

「はい。今日はちょっと無性に体を動かしたぁなりまして」

「ふふふ。失恋かな? おっとセクハラは良くないね。ごめん。でも、体を動かして発散するのは良い事よ。どう、一手組んでみる?」

「ありがとうございます! では、お言葉に甘えて」


 霧子はフェンスにもたれ海を見つめていた。すっかり冬の海だ。潮風が体の芯から体温を奪っていく。ブルっと身を震わせ、日の傾きかけた波を睨む。

 ――いや。負けられない。


 霧子が気持ちを奮い立たせた頃、第四の殺人事件が進行中だった。


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