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第4話「ジャンボパフェ三つ、お待たせしました」

 死亡推定時刻頃の公園の防犯カメラに霧子きりこの姿がしっかりと映っていた。警察は「二十歳前後の若い女性」がマル被(被疑者)の可能性ありとみている。だから、犯人に防犯カメラの存在を警戒させないために、「目撃者」によるタレコミとして発表したのだ。

 はっきりと映り込む霧子の姿に、どうにも居心地の悪くなった三人は、会議の続く合同捜査本部をそそくさと退散した。


「ぷっはぁ。息が詰まって窒息するかぁおもた」

 ひと息着こうと入った喫茶店で、房咲子ふさこがベンチシートに沈むように深く座って、天井を仰ぐ。

「道理でね。目撃者だなんて。私、そばに人の気配を、まったく感じなかったんだよね」

 霧子がグラスに注がれた水を一気に飲みほし、空のグラスを持ったまま、人差し指を振った。水は、キリリと冷たく、喉を潤してくれた。レモンとミントの爽やかな香りがする。

「霧ちゃん、あの服は処分した方がえぇな。それと、メイクちょっと変えよっか。シャドー強めにするとか、いっそブランド全取っ替えして、色味変えるとか」

「そうね……」

 お気に入りのニットワンピだったのだが、致し方ない。

 霧子たちは、妖狐なので、姿そのものを変え事もできる。ただ、今の姿がアイデンティティに深く結びついていて、「自然体」なので、できれば変えたくない。それを分かっているので、房咲子は服とメイクの変更を提案したのだった。


「ジャンボパフェ三つ、お待たせしました」

 彼女たちが陣取るボックス席にウェイターの男の子が近寄る。

「はーい」

 極度の緊張をほぐし、疲れた頭脳の回復には、甘い物がぴったりだ。


「ホれにヒても。ヒてやられちゃいました」

 ロタがもごもごとパフェを頬張りながら言った。

「せやな。素人のウチらが、その道のプロを出し抜くなんて、ちいっとばかし無理があったかー」

 「目撃者」が防犯カメラの映像だったことで、その目撃者が犯人だという可能性が消えただけでなく、自分たちが警察以上の情報を持っているというアドバンテージも無くなってしまった。


 こうなると、探偵ごっこもお開きかもしれない。三人の間に重たい空気が漂い、自然、会話も減ってしまう。

「でも」

 ロタが言った。

「それが分かったってのは、ハーヴェスト収穫デス」

「ロタちゃんは、いつもポジティブだね」

「ん、ん! もっと褒めても良いですよ?」

 褒められて、すこぶる機嫌が良いのか、喉でも鳴らしそうな勢いだ。

「さて、ここで、ロタちゃーんクゥイズ!」

 相変わらずの唐突さだ。房咲子がパフェを頬張りながら、空いている方の手で「どうぞ」と先を促す。

「私たちが良く読んでるミステリーと、今回の、この事件の違いはなんでショー?」

「そんなん、作り話か、現実か、やろ?」

 房咲子がそう言うと、ロタは不正解だと言わんばかりに首を横に振った。

「うーん。他人事か、そうでないか、かな……」

 霧子が言う。

「あぁ。防犯カメラに映っちゃってたからなー」

 房咲子が言うと、隣でロタがぴょこんと、手で獣耳けもみみを表現し、霧子に追い討ちをかける。

「あう……」

 霧子にダメージが入ったのを見届け、ロタが言った。

「どっちも、違いまーす」

「うーん、わからん。降参や」

「正解は、『奇抜さ』でーす。この事件、『キ・バ・ツ・サ』が、足りません」

 『奇抜さ』のところで、両手でダブルクォーテーションのジェスチャーをしながら、ロタが言った。

「奇抜さ?」

「そうです。この事件は、当たり前の場所で、当たり前の死に方してます。『山の頂上で溺死』みたいな『奇抜さ』が足りないです」

「まぁ、そりゃ、実際の殺人事件なんて、そんなもんでしょ」

「でも、それじゃ、ミステリーとして面白さが足りてないです」

 しかし、言われてみれば確かにそうだ。事件に面白みが欠けていては、首を突っ込んでみたところで、大して面白い結末にはならないかもしれない。

 ロタの指摘が的確すぎて、霧子と房咲子は、いつものような切れ味鋭いツッコミも出来ず、残りのパフェを黙々と食べた。


        ※        ※        ※


 探偵ごっこはお預け。そんな雰囲気のまま帰宅した三人は、土曜の午後は思い思いに過ごすことにした。

 霧子は、気分転換に、趣味のバイクで出掛けると言い、房咲子も道場に顔を出してくると言った。二人とも、何か体を動かして、モヤモヤを晴らしたかったのだ。

「じゃあ、ロタちゃんは、猫の舌サンのシフト入れちゃおっかな」

 ロタがコンセプト・カフェ『ラング・ド・シャ』でバイトをしているのは、バイト代が目的ではなく、可愛らしい格好でお喋りが出来るから、らしい。日本語の勉強にもなると本人は言うが、今のところ、その成果については、少々怪しいところがある。


「んじゃ、行ってきまーす」

 霧子が白地に黒のラインの入ったライダースーツに、フルフェイスのヘルメットを抱えて先に出た。

 地下の狭い駐車場には、手前からミニシアターの来客用駐車場が三区画、その奥に三人で共用しているフォルクスワーゲンのタイプ2。そして、一番奥に、霧子の愛車、スズキのGSX1100SYカタナがあった。2000年に1100台だけ限定再販されたファイナルエディションと呼ばれるタイプだ。メタリックシルバーのアルミボディーにそっと触れる。切れ味鋭い冷たい手触りが心地良い。

 グローブをはめて、エンジンをスタート。腰から全身へと駆け上がるリズミカルな振動。スロープを進み、明るい地上へと出る。目的地はない。ただ、無性に走りたかった。それだけだ。

 ――人間って凄いよね。

 霧子も狐の姿に戻れば、時速50キロで数十秒は、走ることが出来る。しかし、は遥かに速い速度で何処までも走り続けられるのだ。

 しかも、霧子が妖狐として第二の人生(狐生)を歩み始めた平安時代には、こんな乗り物は存在しなかった。それから千年。今や、人間は空を飛び、宇宙にすら進出し、妖狐の能力を遥かに凌駕する。

 だからこそ、そんな人間への憧れから、人の姿で生きる事を選び、結果、妖狐としての能力を獲得するに至ったのだ。

 首都高のインターで、気ままに分岐を選んでアクセルを吹かす。なんとなく西へ、川崎方面へと向かって進んでいたが、「海ほたる」の地図看板を見て、そちらに車体を傾けた。そうして、木更津と川崎を結ぶ東京湾アクアトンネルの端、東京湾のど真ん中にある人工島、「海ほたる」に目的地を定めた。


「せいや!」

 房咲子の繰り出した正拳突きが、相手の顔面スレスレにビタリと止まる。相手は防御の姿勢が間に合わず、思わず目を瞑った。

「そこまで!」

「押忍!」

 房咲子はこの道場で黒帯を獲得。今や四段。

「よ、房咲子ちゃん」

「先生。お邪魔してます」

 房咲子が師事する、この道場唯一の女性師範代が声を掛けてきた。

「元気だった? 土曜日に来るなんて珍しいね」

「はい。今日はちょっと無性に体を動かしたぁなりまして」

「ふふふ。失恋かな? おっとセクハラは良くないね。ごめん。でも、体を動かして発散するのは良い事よ。どう、一手組んでみる?」

「ありがとうございます! では、お言葉に甘えて」


 霧子はフェンスにもたれ海を見つめていた。すっかり冬の海だ。潮風が体の芯から体温を奪っていく。ブルっと身を震わせ、日の傾きかけた波を睨む。

 ――あぁ。悔しいなぁ。

 すべては自分の油断が招いたこと。霧子は、そんな自分の弱さに腹を立てていた。

 そして、自分の失態で、房咲子やロタの日常まで奪う可能性のある事を申し訳なく思った。

 ――なんとかしなきゃ。

 なんとか……。


 防犯カメラに映っているのは私ですが、私は犯人じゃありません。と出頭する?

 ――いや。それは駄目でしょう。

 自分が犯人ではないことを知っているのは自分だけだ。何の証明もできない。


 ならば、このまましらばっくれて、探偵ごっこからも身を引き、警察の捜査の手が自分に及ばないようにと祈りながら、暮らす?

 ――自分が犯人でもないのに、コソコソと隠れているようで、なんかやだな。


「あーっ、もう。どうするべ」


        ※        ※        ※


「参りました!」

 房咲子が頭を下げつつ言った。

「ふふふ。まだまだ負けないわよ。って言いたいところだけど、かなり危なかったわ。また腕を上げたかしら?」

「ありがとうございます。あの、もう一本良いですか?」

「次は、勝てそう?」

「いいえ! 全然! まったく! まるで、そんな感じしません。でも、勝てるまでやれば、勝てるかもです」

「そうね。房咲子ちゃんらしさが、戻ってきたわね。いいわ、もう一本いきましょう」

「ありがとうございます!」


        ※        ※        ※


 海ほたるの岸壁に打ち寄せる波は、まるで変化がない。だけど、一つとして同じ波はない。絶えず僅かな変化を伴いながら、何度も何度も繰り返し、寄せては返すのを繰り返していた。

「たったこれしきの事で……」

 ――降参するなんて、自分らしくない。やっぱり、真犯人を捕まえちゃいましょう。

 そうすれば、防犯カメラの映像で追及される事も、そのせいで日常が脅かされることも無くなるはず。


        ※        ※        ※


「ロタちゃんが穴を埋めてくれて、本っ当に、助かったわ。大福っちから、急に今朝ラインあってさ。今日入れないって。もう、マジやばだったのよ」

 コンセプト・カフェ、『カフェ・ラング・ド・シャ猫の舌』の店長がロタに言った。「中世フランス風の魔法の国のお城」をコンセプトとしたコンカフェで、店員は、ハウスメイド、パーラーメイドなど、いわゆるメイドカフェとは一線を画す、中世風メイドの服装や、魔法使いや魔女を思わせる服装などを、思い思いに表現した服装をしている。

「えへへっ。良かった。で、大福ちゃんはなんでお休み? 風邪ひいたの?」

「うーん。それがね、ちょっと分かんないんだよね。最近、なんだか悩んでる風だったから」

「ふぅん。そなんだ」

 カランとドアに付けたカウベルが鳴る。

「お帰りなさいませー!!」


        ※        ※        ※


 こうして霧子が、そして房咲子が気持ちを奮い立たせ、ロタが大して日頃と変わらぬ時間を過ごしている頃。三人の預かり知らぬ場所で、第四の殺人事件が進行中だった。


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