警察を出し抜いて犯人探しが出来る。そう息巻いていた
「困ったね。どうする?」
「うーん。現場百回ってやつ? 犯行現場の公園に行ってみぃひん? 犯人の遺留品とか、あるかもしれん。ま、警察が見落としてて、回収されてへんかったとしたら、の話やけど」
「ハーイ、ロタちゃんクゥィズのお時間です!」
霧子と房咲子が、あからさまに「またか……」という顔つきになる。
「警察しか持ってない情報を手に入れるには、さて、誰から手に入れたら良いでショー?」
――あっ……。
霧子と房咲子が、そうか。という顔になる。
「ロタちゃん、冴えてるぅ!」
「フッフーン。もっと褒めて」
「なるほど。餅は餅屋ってわけやな。情報持ってる警察から教えて貰うしかないなぁ」
「はーい、正解! 『衝撃! 警視庁潜入24時!!』行ってみよー!」
どこかで聞いたことのあるようなタイトルである。ロタは缶ビールを高々と
「警視庁……で良いのかな?」
「多分ね。神奈川、千葉、東京に
「じゃあ、明日、早速行ってみよっか」
「ふんふ、ふんふ、ふーん。ジャジャーン。見て、見て〜」
「あはははは。か、可愛い! ハロウィンか、子どもが職業体験出来るアトラクションの奴みたい!」
「えへへっ。逮捕しちゃうぞ!」
「よくもまぁ……。よぉ持ってたな、そんなけったいな衣装」
「どう? 明日はこれで潜入しよっか?」
「「却っ下!!!!」」
※ ※ ※
短い秋が去り、朝晩の冷え込みが肌を刺す。三人共、寒さは苦手だ。コートの前を掻き合せながら、朝の霞が関に降り立った。結局、三人共、普段通りの格好だった。
果たして、警視庁と神奈川県警、千葉県警による合同捜査本部は、霞が関の警視庁本部庁舎に設置されていた。立て続けに発生した殺人事件に、警察しか知り得ない関連を見出だし、連続殺人事件という線で取り扱っているのは確かなようだ。あのネットニュースは勘にしろ、単なる
警視庁本部庁舎自体は、あらかじめ予約が必要とはいえ、見学コースが設定されているなど、一般人でも入庁の可能な建物だ。ただし、当然ながら、立ち入り可能な場所は制限されている。
合同捜査本部の会議室に立ち入るなど、一般人には、およそ不可能だが、そこは妖狐。人を
廊下ですれ違った警察官に質問を重ね、何度目かで会議室の場所が確認できた。
「ここや、ここや。ほら、看板かかっとる。ドラマで見るんとおんなじやな。これ、内部の符丁で「
ただし、機械は
霧子の幻術や、房咲子の狐火は、ズルにも思えるが、たいていの探偵小説で私立探偵は警察に捜査協力するという形で、捜査情報の提供を受け、その上で事件を推理するのだ。探偵ごっこを楽しむためにも、これは必要不可欠な手続きにすぎない。
ただ、合同捜査本部の会議が七時に始まっていたのだけは誤算だった。てっきり、九時から始まるものと思って、のんびりと到着した時には、前半の会議が終わって休憩時間だった。捜査官の報告を元に次の捜査方針を定めて散会、更なる捜査を行う為に早朝に行われているのだろう。なかなかのブラックぶりだ。
――次は早くこよ。
そう思う三人だった。だが、幸い前半は一つ目、二つ目の殺人事件に関する総括だったようで、休憩後に始まった会議では、三つ目の、霧子が遭遇した殺人事件が取り上げられた。
「まず、ガイシャの身元について」
「特一・三班の
「職場、家族については?」
「会社はIT関係の派遣業。社員五十人程の会社ですが、業績も安定していて、ガイシャの勤務態度にも問題は無かったようです。家族は、離縁して別居中の妻子がいます。こちらは、本日聞き込み予定です」
「家族の他に、交際相手が居なかったか、引き続き当たれ。次、検視」
「はい。
「ずいぶん小さいな」
「はい。ですので、ガイシャの前でうずくまるような姿勢で油断を誘い、声を掛けて来たところへ攻撃を加えた可能性があります。尚、争った形跡はありません」
「会社近辺と駅周辺で聞き込み。どこでそんなに飲んだのか、誰か同伴者が居たのか、確認」
「了解」
話者とは別の捜査官が答えた。
入手したかった情報とはいえ、想像以上に生々しい。その上、出席する捜査官の緊張が見えるかのような張り詰めた空気に、普段ならすぐに緊張感を欠いた会話をしだす三人も、借りてきた猫(狐だが)のように、押し黙っていた。
「次、事件への関与の可能性のある女性については?」
――来た。
霧子は、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「科捜研の
――えっ?
配布されていた資料を慌ててめくると、そこにはしっかりと霧子の姿が映っていた。
――やばい、やばい、やばい。目撃者なんて居なかった。監視カメラの映像だったんだ。
幻術のお陰で、誰も三人に注意を払おうとしないのが幸いだが、資料に映っているのは、間違いなく霧子だった。誰の目にも明らかなその画像に、三人共、生きた心地がしなかった。
「死亡推定時刻頃に公園に入り、その後出ていく様子が映っています。マル被と断定することは出来ませんが、事件への関与、あるいは重要な目撃者である可能性は高いと思われます」
「近辺の聞き込みを強化。令状はいつでも出せるよう、手配しておく」
「はい」
「ぶっ」
写真を眺めていた房咲子が思わず吹き出した。しかし、誰も気には留めない。
「これは……、なんだ?」
「獣の耳を模したカチューシャか、ヘッドフォンかと思われます」
見ると、写真の霧子の頭には
「匂いに釣られてフラフラとって奴やね。緊張感なさ過ぎて笑うしかないわ」
房咲子がくすくすと笑いながら、霧子に言った。霧子は耳まで真っ赤である。
「ううう。なんて、みったくない(みっともない)。なまら、あやわるい(恥ずかしい)ったら」
「商品の特定。流通量が少なければ、その線から特定出来る可能性もある」
「はい。進めています」
「ところで、ガイシャは、このカメラに映っていたのか?」
「それが、映っていませんでした。公園のカメラは、駅側の入り口付近に設置されていて、反対側の入り口にはありません。ガイシャは恐らく、そちら側から公園に入ったものと思われます」
会議はこんな調子で続いていた。それにしても。いきなりの大ピンチだった。別に警察が恐いとか、そういう事ではない。名前を変え、身分を変え、まったく別の土地で一から生活基盤を確保すれば、逃げ切ることは容易だろう。しかし、今の安定した日常生活を手放すのは惜しい。大学も、ミニシアターの上階の住まいも、気に入っていた。
――これは、探偵を気取ってる場合じゃない!