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第3話「『衝撃! 警視庁潜入24時!!』行ってみよー!」

 警察を出し抜いて犯人探しが出来る。そう息巻いていた霧子きりこ房咲子ふさこ、ロタの三人だったが、それから数分も経たないうちに、壁にぶつかってしまった。「二十歳前後の若い女性」との目撃情報を寄せた人物が犯人の可能性がある。これは警察も知らない情報だ。しかし、その目撃情報を寄せたのが誰かを知っているのは、その警察だけだった。そして、被害者の身元情報もネットニュースでは一切触れられていない。これらが無いことには、探偵ごっこのしようがないのだ。不確かなネットニュースだけで、安楽椅子探偵を気取るには、余りにも情報が少なすぎた。


「困ったね。どうする?」

「うーん。現場百回ってやつ? 犯行現場の公園に行ってみぃひん? 犯人の遺留品とか、あるかもしれん。ま、警察が見落としてて、回収されてへんかったとしたら、の話やけど」

「ハーイ、ロタちゃんクゥィズのお時間です!」

 霧子と房咲子が、あからさまに「またか……」という顔つきになる。

「警察しか持ってない情報を手に入れるには、さて、誰から手に入れたら良いでショー?」

 ――あっ……。

 霧子と房咲子が、そうか。という顔になる。

「ロタちゃん、冴えてるぅ!」

「フッフーン。もっと褒めて」

「なるほど。餅は餅屋ってわけやな。情報持ってる警察から教えて貰うしかないなぁ」

「はーい、正解! 『衝撃! 警視庁潜入24時!!』行ってみよー!」

 どこかで聞いたことのあるようなタイトルである。ロタは缶ビールを高々とかかげ、そのまま、そそくさとリビングを後にした。

「警視庁……で良いのかな?」

「多分ね。神奈川、千葉、東京にまたがって起きとる事件やし、霞が関に合同捜査本部が設置されとっても、おかしないんちゃう? 間違っとったとしても、どこ行けば良いんか、行きゃわかるやろし」

「じゃあ、明日、早速行ってみよっか」


「ふんふ、ふんふ、ふーん。ジャジャーン。見て、見て〜」

 しばらくリビングを離れ、自室に閉じこもっていたと思ったロタが着替えを済ませてリビングに戻ってきた。本人は婦人警官のつもりのようだが、テラテラと青く光沢を放つビニル地のそれは、単なるコスプレ衣装にすぎなかった。房咲子が着れば、丈の短いジャケットからおへそが覗き、胸や太ももが強調されて色っぽくはあったかもしれない。しかし、ロタが着ると……子どものなりきり仮装感が半端ない。

「あはははは。か、可愛い! ハロウィンか、子どもが職業体験出来るアトラクションの奴みたい!」

「えへへっ。逮捕しちゃうぞ!」

「よくもまぁ……。よぉ持ってたな、そんなけったいな衣装」

「どう? 明日はこれで潜入しよっか?」

「「却っ下!!!!」」


        ※        ※        ※


 短い秋が去り、朝晩の冷え込みが肌を刺す。三人共、寒さは苦手だ。コートの前を掻き合せながら、朝の霞が関に降り立った。結局、三人共、普段通りの格好だった。

 果たして、警視庁と神奈川県警、千葉県警による合同捜査本部は、霞が関の警視庁本部庁舎に設置されていた。立て続けに発生した殺人事件に、警察しか知り得ない関連を見出だし、連続殺人事件という線で取り扱っているのは確かなようだ。あのネットニュースは勘にしろ、単なるあおりにしろ、正しかったようだ。合同捜査本部の会議室は然程広くはなく、動員の掛かった捜査官で寿司詰めだった。


 警視庁本部庁舎自体は、あらかじめ予約が必要とはいえ、見学コースが設定されているなど、一般人でも入庁の可能な建物だ。ただし、当然ながら、立ち入り可能な場所は制限されている。

 合同捜査本部の会議室に立ち入るなど、一般人には、およそ不可能だが、そこは妖狐。人をたぶらかすのは、お手の物だった。

 廊下ですれ違った警察官に質問を重ね、何度目かで会議室の場所が確認できた。

「ここや、ここや。ほら、看板かかっとる。ドラマで見るんとおんなじやな。これ、内部の符丁で「戒名かいみょう」、言うらしいで」


 躊躇ためらうこと無く入室し、入口で配布資料を受け取ると会議室の末席に(まるで大学の講義に出ているような雰囲気で)着座する。誰も怪しむ者は居ない。誰も気にも留めない。すべて霧子の幻術のお陰だ。そこに彼女たちが居ることは認識していても、彼女たちがそこに居ることの違和感に注意を払う者が居ない状態だった。

 ただし、機械はあざむけない。そこかしこに設置された防犯カメラに映り込む事を避けつつ、合同捜査本部に潜入するには、房咲子が狐火を駆使しなければならなかった。狐火で防犯カメラにハレーションを起こし、その隙に防犯カメラの前を通過する。改めて確認でもしない限り、見過ごされる可能性は高かったし、仮に監視していたとしても一瞬の事。機械のちょっとしたトラブルで片付けられてしまうだろう。

 霧子の幻術や、房咲子の狐火は、ズルにも思えるが、たいていの探偵小説で私立探偵は警察に捜査協力するという形で、捜査情報の提供を受け、その上で事件を推理するのだ。探偵ごっこを楽しむためにも、これは必要不可欠な手続きにすぎない。


 ただ、合同捜査本部の会議が七時に始まっていたのだけは誤算だった。てっきり、九時から始まるものと思って、のんびりと到着した時には、前半の会議が終わって休憩時間だった。捜査官の報告を元に次の捜査方針を定めて散会、更なる捜査を行う為に早朝に行われているのだろう。なかなかのブラックぶりだ。

 ――次は早くこよ。

 そう思う三人だった。だが、幸い前半は一つ目、二つ目の殺人事件に関する総括だったようで、休憩後に始まった会議では、三つ目の、霧子が遭遇した殺人事件が取り上げられた。


「まず、ガイシャの身元について」

「特一・三班の猪村いのむらです。千葉、神奈川の方は本日からなので、ざっと復習します。ガイシャは、松香毛まつかげ源蔵げんぞう四十五歳。バツイチ独身。株式会社エコースエージェントの取締役で、板橋区のマンションに住んでいます。現場げんじょうは、自宅の最寄り駅とマンションの間にあります」

「職場、家族については?」

「会社はIT関係の派遣業。社員五十人程の会社ですが、業績も安定していて、ガイシャの勤務態度にも問題は無かったようです。家族は、離縁して別居中の妻子がいます。こちらは、本日聞き込み予定です」

「家族の他に、交際相手が居なかったか、引き続き当たれ。次、検視」

「はい。鹿伏しかぶしです。代検の結果を報告します。死因は腹部からの大量出血。血中からは大量のアルコールが検出されました。かなりの酩酊状態にあったものと思われます。凶器はガイシャの腹部に刺さっていた刃渡り十二センチのナイフです。腹部に正面右下方から斜め上に向かって刺さっていました。発見時、ガイシャは公園のベンチに腰掛け、腹部を抱えるような姿勢でしたが、その姿勢でナイフを刺すことはできません。立った姿勢で居るところへ、正面下方から突き上げるように刺突したものと思われます。また、マル被は右利き、身長はガイシャと相対するように立っていたとして、120センチから140センチと思われます」

「ずいぶん小さいな」

「はい。ですので、ガイシャの前でうずくまるような姿勢で油断を誘い、声を掛けて来たところへ攻撃を加えた可能性があります。尚、争った形跡はありません」

「会社近辺と駅周辺で聞き込み。どこでそんなに飲んだのか、誰か同伴者が居たのか、確認」

「了解」

 話者とは別の捜査官が答えた。


 入手したかった情報とはいえ、想像以上に生々しい。その上、出席する捜査官の緊張が見えるかのような張り詰めた空気に、普段ならすぐに緊張感を欠いた会話をしだす三人も、借りてきた猫(狐だが)のように、押し黙っていた。


「次、事件への関与の可能性のある女性については?」

 ――来た。

 霧子は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「科捜研の蝶場ちょうばです。公園入り口の監視カメラに映っていた女性については、お手元の資料の七ページ目をご覧ください」

 ――えっ?

 配布されていた資料を慌ててめくると、そこにはしっかりと霧子の姿が映っていた。

 ――やばい、やばい、やばい。目撃者なんて居なかった。監視カメラの映像だったんだ。

 幻術のお陰で、誰も三人に注意を払おうとしないのが幸いだが、資料に映っているのは、間違いなく霧子だった。誰の目にも明らかなその画像に、三人共、生きた心地がしなかった。


「死亡推定時刻頃に公園に入り、その後出ていく様子が映っています。マル被と断定することは出来ませんが、事件への関与、あるいは重要な目撃者である可能性は高いと思われます」

「近辺の聞き込みを強化。令状はいつでも出せるよう、手配しておく」

「はい」


「ぶっ」

 写真を眺めていた房咲子が思わず吹き出した。しかし、誰も気には留めない。


「これは……、なんだ?」

「獣の耳を模したカチューシャか、ヘッドフォンかと思われます」

 見ると、写真の霧子の頭には獣耳けもみみが表れ、ニットワンピースの裾からは、尻尾まで覗いていた。


「匂いに釣られてフラフラとって奴やね。緊張感なさ過ぎて笑うしかないわ」

 房咲子がくすくすと笑いながら、霧子に言った。霧子は耳まで真っ赤である。

「ううう。なんて、みったくない(みっともない)。なまら、あやわるい(恥ずかしい)ったら」


「商品の特定。流通量が少なければ、その線から特定出来る可能性もある」

「はい。進めています」

「ところで、ガイシャは、このカメラに映っていたのか?」

「それが、映っていませんでした。公園のカメラは、駅側の入り口付近に設置されていて、反対側の入り口にはありません。ガイシャは恐らく、そちら側から公園に入ったものと思われます」


 会議はこんな調子で続いていた。それにしても。いきなりの大ピンチだった。別に警察が恐いとか、そういう事ではない。名前を変え、身分を変え、まったく別の土地で一から生活基盤を確保すれば、逃げ切ることは容易だろう。しかし、今の安定した日常生活を手放すのは惜しい。大学も、ミニシアターの上階の住まいも、気に入っていた。


 ――これは、探偵を気取ってる場合じゃない!

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