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烏丸千弦 自選短篇集 ' L i N K s '
烏丸千弦 自選短篇集 ' L i N K s '
烏丸千弦
現実世界現代ドラマ
2024年11月18日
公開日
13万字
完結済
私、烏丸千弦がこれまでに書いた短篇のなかから12篇、お気に入りの自信作を選びました。
それぞれのお話はひとつの短篇として読めるものですが、うち4篇はもうひとつのお話と繋がっている部分があります。ぜひ順に読み進んで、忘れた頃に「あれ、この人ってひょっとして?」といった気づきを味わってください。

すべての物語には、イメージに合わせた曲のタイトルをサブタイトルとしてつけています。
音楽をいっしょに楽しめるよう、後書き部分にサブタイトルに拝借した曲の YouTube のURL、すべての物語のあとに Spotify で作成したプレイリストを追記しました。作者の趣味全開ですが、聴いてみていただけると嬉しいです(02と12のみ、曲は同じですが初出時とは別のアーティストに変更しています)。


他作品についてはこちら↙でご案内しております。
碧柘榴庵 -aozakuro an-
≫ https://karasumachizuru.tumblr.com


※【pixiv】でも公開しています。
※ 5、6話めはここネオページにて、独立した短篇としても公開しています。
※ 収録している短篇は、短篇集〈 10 Love Songs and Stories -君を想いて-〉〈 10 Night Songs and Stories -宵闇に融けるころ-〉、再録短篇集〈猫がみつめる先 -Collection of Cat Stories-〉収録作品として、またはシングルカットした短篇としてなど、それぞれ他投稿サイトでも公開しています。
※ 作者は未熟です。加筆修正については随時、気づいた折々に断りなく行います。が、もちろんそれによって物語の展開が変わるようなことはありません。
※ この物語はフィクションです。作中に登場する実在の人物・団体等と一切関係はなく、描かれているのは作者のリアリティのある夢に過ぎません。
※ この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。

ヘアカットプラン -Melody Fair- ①

 ああ、引っ張りたい。

 教室の奥、後ろから二番めの窓際の席。机に彫刻刀で『沢渡英二さわたり えいじ様専用』と彫ったこの席から前を見ると、否応なく目に入る太い三つ編み。まるで神社に垂れ下がっている鈴の緒か、デコトラのホーンを鳴らす紐みたいな三つ編みを見つめていると、引っ張りたくてたまらなくなってくる。

 もちろん、引っ張ったって音が鳴るわけじゃない。それはわかっているけれど。

「――痛っ……」

 授業が終わった途端、いつものように俺がその三つ編みを軽くつまんで引っ張ると、前の席に坐っている三つ編みの主、岸谷晴名きしたに はるながとても厭そうな、困った表情で振り返った。

「……あの、痛いんで毎日それ、やめて……」

「なあなあ岸谷ぃ」

 つまんで持ちあげ、俺は思ったことを率直に訊いてみた。「これ、けっこう重くね?」

 すると岸谷は顔を真っ赤にして、ふいと前を向いてしまった。三つ編みがぶんと揺れる。

「そうやって一回束ねてから三つ編みにしてんの、ひょっとして髪が多くてまとまらないからとか? なんか重かったし髪見るからに多いし、太いし、ちょっと癖もあるよな」

 太い、多い、硬いと三重苦背負ったような髪をさらに岸谷は、腰まで届きそうなほど伸ばしている。それをポニーテイルのように束ねてから三つ編みにしているのだ。たぶんだけど、相当重いし肩だってこるはずだ、と俺は思った。

「なあ、なんで短くしねえの? 毎日大変だろ、絶対」

「……わ、私の髪なんでほっといて……!」

 岸谷はすっくと席を立つと鞄にあれこれ詰めこんで、慌ただしく教室を出ていった。

「……シャンプーだって、めっちゃ減ると思うけどなあ……」

 ぶつぶつ独り言を云いながら、俺は中身をほとんど机の中に置いたままの軽い鞄を手に、歩き始めた。





 次の日も、そのまた次の日も、眼の前には太い三つ編みがあった。

 俺は授業なんかそっちのけで、その三つ編みを見つめながらノートに落書きをしていた――ショート、ミディアム、ボブ、エアリー、レイヤー、カール、ウェーブ。うーん。たぶん、あまり短くしすぎないほうがいい。中途半端にシャギーを入れるのもだめだ。下手なことをするとライオンかマントヒヒみたいになりそうだ。なるほど、長くして編んでいるのはいちおうは正解なのか……。俺はああでもないこうでもないと考え事をしながらヘアスタイルのアイデアをいくつも描き、ノートを黒く塗り潰していった。

 まあこんなことをしたって、自分にはまだ切る技術も資格もないのだけれど。



「――あ」

 ある日の朝。校門に続く坂道で、俺は前を行く人並みの中に見慣れた三つ編みをみつけた。一歩進むごとに三つ編みがぶらんぶらんと左右に揺れている。なんだかやっぱりがらんがらんと音が鳴っているような気がする……ああ、引っ張りたい。

 岸谷はほんの少し背の高いポニテ女子と一緒に、並んで歩いていた。クラスの女子ではない。うちのクラスにあんなさらさらロングはいない。高めの位置から垂らしているその髪は真っ直ぐで、風にさらりと靡いている。その横でぶんぶん暴れている三つ編みとはえらい違いだ。俺は思った――たぶん、これビデオに撮って見せたら、二度とこのポニテ女子とは並んで歩かないだろうな、と。

 やがて坂道を登りきり、一年の教室がある二号館のほうへ向かおうとすると――

「じゃあね、お姉ちゃん」

 と、そんな言葉が聞こえた。あらら。俺はその声に振り向き、姉ちゃんだったのかと岸谷に憐れんだ目を向けた。

「あ……お、おはよう、沢渡くん……。な、なに?」

 目が合ってしまい、無視することもできずしょうがなくかもしれないが、岸谷はそんなふうに俺に挨拶してから訊いてきた。教室以外で挨拶するのは初めてだったかもしれない。俺はなんとなく慌ててしまい、つい――

「あ、えと……、おまえと違って姉ちゃんの髪はさらさらで真っ直ぐなのな」

 そんなことを云ってしまった。

 云った瞬間、俺はあ、やべえと思った。こんなこと云うつもりじゃなかったのに――たぶん、これは云っちゃいけなかったのに。

 案の定というか、岸谷は顔を真っ赤にし、泣きそうに顔を歪めて走り去ってしまった。

 まずったなあ……。俺はその場に立ち尽くして岸谷が走っていったほうを見つめ、がしがしと頭を掻いた。





 また、ある日の放課後。

 俺は悪友たちと一緒に『よってき屋』へ行こうと、グラウンド沿いの歩道を歩いていた。


 よってき屋は学校の裏手に昔からある、小さな店だ。

 表にはアイスクリームのショーケースと一緒にガシャポンと、ソフトドリンクの自動販売機が並んでいて、中に入ると駄菓子の並べられた棚と台、そして年代物らしい鉄脚のテーブルと椅子が二セット置いてある。その向こう、カウンターで区切られた中からはじゅーじゅーといい音が聞こえていて、ソースの焦げる匂いが漂ってくる。

 メニューは大判焼、たこ焼き、お好み焼、焼きそば、フランクフルト、アメリカンドッグ、フライドポテト。珍しくもなく、特別美味しいというわけでもないが、安くて居心地が良い所為か店の周りはいつも学生だらけだった。中のテーブル席は近所のお年寄りたちの指定席になっている。溜まり場というやつだ。


「おばちゃーん、たこ焼きと焼きそばとポテトのスペシャルセット、マヨ増しねー」

 テイクアウトの窓口から注文し、財布から割引チケットを出すと、俺は店の外壁に背をつけて坐りこんだ。

 ――グラウンドではサッカー部が練習中で、フェンスにはたくさんの女子が張り付いていた。サッカー部には片倉という三年生の名フォワードがいて、将来有望な花形選手というだけでなくイケメンなので、いつもきゃーきゃーと騒がれているのだ。

 いつもいつもよく飽きないよなあ……なんて思いながら歩いていた俺は、ふとフェンスの小スズメたちを見やり、そのなかに見慣れた三つ編みを発見した。

 岸谷は他の小スズメたちと同様、片倉先輩がパスしただけで横にいる女子と顔を見合わせ、両手を胸の前で組んで小躍りしていた。太い三つ編みがぶんぶんと暴れている。

 ――けっ、ミーハーな。

 俺はその光景を思いだし、ふん、と鼻を鳴らしながらスペシャルセットのトレイをを受け取ると、割り箸を咥えて片手で割った。




       * * *




「――おい、おまえ。一年二組だろ、ちょっと来い」

 いきなりそんなふうに呼び止められ、俺はむっとしながら振り返った。

 そこにいたのはあの、サッカー部のスターだった。俺はあんたを知ってるけど、あんた俺のこと知らないだろ? おまえ呼ばわりされる覚えはないけどなあと思いつつ、先輩相手にそうも云えず、俺は促されるまま廊下の端で先輩の用件を聞いた。

「なんか俺に用すか」

「おまえさ、岸谷って子と席近いだろ?」

 意外な名前が出て俺はちょっと驚いた。

「……はあ、前の席っすけど」

「悪いんだけどさ、この手紙――」

 サッカー部のスターは制服のポケットから、イメージとは違うファンシーなパステルカラーの封筒を取りだした。

 まさか、ラブレターか? 嘘だろーと思い、俺がまじまじと片倉先輩の顔を見ると。

「姉さんに渡してくれって、あの子に頼んでくれないか」

 は!? 俺は驚きを斜め上に超えていった展開に、目を瞠った。

「はあっ!? やですよ、そんなん。自分で頼めばいいじゃないっすか」

「でかい声だすなよ。あのさ、俺もできれば直接渡したいんだよ。でも岸谷は……姉さんのほうは、いっつも仲のいい女子に囲まれててちっともチャンスがないんだよ。で、妹に渡してもらおうと思ったんだけど、もしそんなところを誰かに見られたら、あの子が苛められる危険があるんで」

「いじめ? なんで」

「俺、サッカー部なんだけどさ、いちおうファンクラブみたいのがあって……前にも一度、俺がちょっと仲良くした子が総シカト喰らったりしたんだよ。だから、この手紙にも返事はどうあれ、学校では話したりできないって書いてる」

 ……モテ男はモテ男なりに苦労があるんだなあと、俺は同情した。しかし、それとラブレターを言付かるかどうかは話が別だ。こいつのファンらしい岸谷に――否、ひょっとしたら恋心さえ抱いているかもしれない岸谷に、姉ちゃんへのラブレターを渡すよう頼むなんて、そんな残酷なことができるわけがない。

 なのに片倉先輩は廊下を歩いてくる女子たちに気がつくと、「じゃあ頼むな!」と俺に手紙を押しつけて、逃げるように去っていってしまった。

「えーっ、嘘だろ……。勘弁してくれよ……」

 俺は押しつけられた手紙を手にしたまま、呆然と立ち尽くした。



 そして放課後。

 気は進まなかったが、かといって焼却炉に放りこんでシカトをきめこむわけにもいかず。帰り際、俺は言付かった手紙を岸谷に渡すことにした。

「えっ……、な、なに? 手紙? って……あの、これって」

 どう云えばいいのかわからないまま、黙って手渡した所為か、岸谷はそれが俺から自分への手紙だと思ったようだ。顔を真っ赤にして驚く岸谷に、俺は恥ずかしくなって焦り、つい――

「ち、ちっげぇわ!! 俺からじゃねえよ、俺がこんなもん書くと思うかバーカ! 俺からじゃねえし、おまえ宛でもねえっての。渡してくれって頼むように云われたんだ……サッカー部の片倉先輩から、おまえの姉ちゃんにだよ!」

 と、ぞんざいに口走ってしまった。

 俺のすぐ眼の前で、真っ赤だった顔がみるみるうちに色を失っていく。

 やっぱり断ればよかった、と思った。

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