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それ以降、二人は言葉を交わさずに戦闘を続行した。余裕な態度を収めたフランは、攻めの苛烈さを増していった。
緊張を持続するリィファに、フランがぬるりと近づいた。開かれた左手を、大きく左方から打ち込んでくる。
リィファは、構えていた左手を少し上げた。前腕でフランの手刀を受けると、右足を静かに前に遣る。狙いは、フランの足の踏み付けだった。
フランは接触の直前で、地に着けた踵を軸に左足を回した。最小限の動作でリィファの攻撃を避ける。
ほぼ同時にフランの左手が反転。手首を握ってリィファを引き込み、右の手刀を顔へと飛ばす。
リィファは、右手をとっさに引き上げた。ぱしん。額ぎりぎりで受け止めた瞬間、乾いた音が辺りに響いた。
しかしフランは、リィファの手を乗り越えて右手を翻した。すぐさまリィファの頬に、冷たいフランの手が触れる。
左方に押し倒されつつ、リィファは牛舌掌にした手を伸ばした。フランの首に突きが入り、小さな呻き声が耳に届いた。
それでもフランは、リィファの左脚を後ろから払った。支えを失いリィファは転ぶ。だが、すぐに地面上で横回転し、間合いを取る。
リィファは即座に起立した。するとたちまち、驚いた風なフランから投げ遣りな称賛の声が掛かる。
「完全に私に従いてこられるようになったのね。まったく、忌々しい限りだわ。さぞや気分が良いでしょうね。巨月に来た時と比べたら、貴女もはや別人よ」
(そう、わたしは変わった。初めは自分が何者かわからなくて、不安で堪らなかった。でも、シルバ先生はみんなそうだって教えてくれて、胡散臭い出自のわたしをすーっと受け入れてくれて、生きていくパワーをわたしにくれた)
過去に思いを馳せながら、リィファは高速の歩法で接近し始めた。前方では、フランがさっと構えた。ボクサーのファイティング・ポーズを、前後に引き伸ばしたような姿勢だった。
(武闘会じゃあ優勝までできて、たくさんの人がわたしを認めてくれた! 不幸なすれ違いで今は敵同士だけど、生きて帰って必ず仲直りする! それでもって先生たちと一緒に、アストーリを楽園にする! やっぱりわたし、この国が好きだから!)
心の中で叫ぶと、身体中に力が駆け巡った。
半歩分の距離まで至ると、すぐさまフランの刺突が来た。
左の半身で回避したリィファは、フランの後ろを取った。ジュリアとの試合では寸止めした、延髄への手刀攻撃を放つ。
(フランは不死! だけど、これで絶対、戦闘不能! 終わりよ!)
確信するリィファの右手が、フランの後頭部に向かっていく。
が、次の瞬間。フランの肩甲骨の辺りから何かが飛び出した。透明に近い白色の、鳥の羽のような物体が二つ。ぬうっとリィファへと伸びていった。
(まさか、最後の最後で「力」を……)
絶句するリィファの右肩に、刃物のような冷えた感触が加わった。体内への侵入とともに、気が変になるような激痛が生じた。ごぼっと血が口へと上っていく。
それでもリィファは、遮二無二右手を動かし続けた。手刀は見事に後頭部に命中し、フランはばたりと倒れていった。
霞む視界の中で、リィファは地に伏すフランを捉え続ける。四肢を軽く広げた俯せ体勢のフランは、ぴくりともしなかった。
(やったよ、先生。わたし、フランを止めたよ。でも、もう。これじゃ、わたし……)
口内の血の通過の感触を最後に、リィファの意識は闇に溶けていった。