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リィファとフランの八卦掌が火花を散らす中、シルバの目の前には、五十歳近くと思われる壮年の男性が降り立っていた。
面長の精悍な顔には薄く皺が見える。だが、どの部位も締まっていて年齢を感じさせない。
踝までの黒の袴と檸檬色の道着を纏っており、佇まいにはぴりぴりするようなプレッシャーがある。
(合気道の達人、テンガ。加齢で身体が衰えてっても、後進を寄せ付けなかった猛者って話だ。合気道は対戦経験がほぼねえし、慎重に行かねえと瞬殺されかねん)
シルバが思案していると、ゆらり。テンガは右前の半身になった。やや屈曲させた掌を、腰の高さで上下に構えている。
通常のステップで寄せたシルバは、九十度に曲げた膝を持ち上げた。
一気に溜めを開放。遠めの位置から牽制のポンテイラ(親指の付け根での前蹴り)を放つ。
テンガはすうっと、両足の交差のない摺足で引いた。シルバの蹴りを紙一重で回避し、滑らかな所作で反転。開いた右手を真っ直ぐに振り下ろす。
シルバはとっさに、伸ばした右手を斜め上に遣った。テンガの打ち下ろしを、払って躱す意図である。
しかしテンガは、手の降下を途中で止めた。そのままぬっと歩を進めると、シルバの右手に右腕を付けて制した。
惑うシルバにお構いなく、テンガは右から背後に回ってきた。右手で右手首を、左手で首を掴み、全身を使って引き込む。
シルバの上半身は大きく前傾した。だが、まだ投げは来ない。右腕でシルバの顔を抱え、テンガは逆方向に力を掛ける。
今度こそ投げられ、シルバは地面に打ち付けられた。暴徒の投石による出血部を強打し、頭に稲妻のような激痛が巡る。
シルバは自ら横に転がり、機敏に起き上がった。ぐんと直進し、斜め前に身体を沈め始める。
シャペウ・ジ・コウロ(両手を突いた回転後方蹴り)を、見舞うつもりだった。
だが、テンガの右手は敏速に伸びた。前に出ていたシルバの右手は、がしりと掌握される。
右腕が頭の高さまで上げられた。テンガはさらに、左手で肘を掴んだ。直後に両の手で左腕を捻られ、シルバの肩にぴりっと痛みが走る。
折られるわけにもいかず、シルバは倒れていった。テンガは下方へと、腕に力を加えてくる。
地に着く直前で、シルバは背中を目一杯反った。蠍の尻尾のように足を振り、テンガの背を蹴り込む。
攻撃は当たった。束縛が緩んだ。右手を強引に振って逃れ、シルバは這ってテンガから離れた。
少し距離を取ってから、素早く立位に戻る。
(固め技からの骨折っつう、最悪の展開は免れたか。が、やはりテンガは老練だ。一筋縄じゃあいくわけがねえ。頭を回せよ、俺! 勝つ以外の道は、端っからどこにも存在しねえんだ!)