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第26話

       26


「あなたは、落下現場を見に行った時の……。どうやって侵入したの? この部屋の扉はなくなってるし、階段を隠してた鉄板も、女の子の力で持ち上げられる物じゃあない」

 驚愕を浮かべるリィファが、訝しげに問うた。微笑のままのフランは、少し間を置いて滑らかに言葉を紡ぐ。

「武闘会にかこつけて、貴女に腕輪を贈ったでしょう。その腕輪はね。百二十年前に私が、国で最大のトネリコの木に三日三晩首を吊って得た物なの。気紛れで作ったのだけれど、案外重宝するのよ。祈念するだけで腕輪のある所に転移できるから」

「百二十年前」に「首を吊る」。何気ない口調に潜む異質で背筋が冷える語に、シルバはぞっとした。

「百五十年前に私は、銀の衣を纏って巨月に来た。建国の折は予見の力で、どこに何を配置すれば愉快な国になるかを考えた。ああそうそう。巷で噂の影の統治者は私よ。

 さっき私と貴女は、特殊検体って呼ばれてたでしょ? そちらの一般検体さんとは違って、私たちには超自然の力が宿っているの。

 武闘会の決勝戦の後、ジュリアの様子がおかしかったでしょう? 私がやったのよ。ジュリアを乗っ取って、貴女の成長を確かめるためにね。三角行進の木も私。貴女は想像通りに防ぎ、私の同朋としての資格を得た。ラスターを使って穏便にご招待しようとしたけど、残念ながら不首尾に終わったわね」

「ジュリアちゃんを操ったの?」リィファは即座に、フランに詰問した。

「理解ができないわね。貴女は何を憤っているの? あんな子はただの端役。一般検体のシルバ以上に、無価値な存在じゃないの。身体の制御を奪われて、一突きで昇天するのがお似合いの末路よ」

 整った眉を不思議そうに上げて、フランはさらりと答えた。自分の発言に疑問を全く感じていない口振りだった。

「お前、あいつらが襲ってきた時もジュリアを……」激怒するシルバの言葉が切れないうちに、フランの視線はぎらぎらとし始めた。奇妙に恐ろしい威圧感に、シルバはそれ以上の言葉を失った。

「ただ貴女。宿命の打破だとか仰々しいことを言って、神星とのえにしを断ち切るつもりなのよね。気は確かかしら? 昨日、あれだけ神々しい光景を目にしておいて選ぶ道じゃあないでしょう。貴女は愛しい愛しい同朋。けれど、許されない一線は存在するの。私たちはこれからも、神人の箱庭の中でピエロであり続けるべきなのよ」

 重厚な調子で凄むと、フランの後ろ髪は小さく持ち上がった。瞳は禍々しい血赤色に変わっており、目に映る全てを焼き尽くさんばかりの眼光である。口角は不気味なまでに吊り上がっており、邪笑といったような狂喜じみた様だった。

 おどろおどろしいまでの圧迫感に、空気の温度が上がったようにも感じる。今にも飛びかかって来そうなフランの様に、シルバは強く警戒をする。

「作戦変更です! フランはわたしが倒します! 先生は、ウォルコットをどうにかしてください!」

 リィファの叫びには、激しい切迫感があった。

「ふぅん。巨月に来たての小娘が、ずいぶんと大口を叩いてくれるわね。まだ貴女は力を自由には操れていないし、私も条件を合わせて戦ってあげる。お願いだから、一分ぐらいは保って頂戴ね」

 嬲るようにフランが呟いた。

「おーっと、これは急展開! 特殊検体A、フランの登場だぁー! 我々も予想だにしていなかった事態が起こっちゃっています! 二人はまさに絶体絶命! この苦境をいったいどうくぐり抜けるのか!」

 実況が大声で煽った次の瞬間、ウォルコットとフランが、ほぼ同時に地を蹴る。

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