目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第24話

       24


 暗黒の空間を、シルバはそろそろと進んだ。

 三歩行った途端、ふうっと闇が掻き消えた。僅かに目を細めた後に、シルバは周りに目を遣る。

 部屋は完全な立方体で、アストーリ校の教室が九つ入りそうなほど広かった。

 壁、床、天井は湿った土でできており、柔らかな茶色には温かみも感じられた。四隅には三本足の灰色の燭台があり、人の胴の太さの四本の蝋燭が静かに燃えている。

「シルバ先生、扉が……」

 リィファが困惑を滲ませて呟いた。振り向いたシルバは、予想通りの光景を目にした。入室時に開いた扉が消えており、全面が壁となっていた。

「もう、こんぐらいじゃ驚きゃしねえよ。退路を断たれた? 上等だ。こちとら初めっから逃げる気はねえんだ。何が待ってようがぶちのめして、『宿命の打破』とやらを成し遂げてやる」

 シルバは自らを奮い立たせた。身体を戻して、再び正面に目を向ける。

 穏和でゆったりとした女性の声が、どこからか響き始めた。

「むかーしむかしの今から二百五十年前、格闘技の発展過程の検証のためのプログラム、『月の庭の格闘家ピエロ計画』は始動しました。私たち地球人が作り上げた天体、巨月。そこに、当時の科学技術の粋が集まり、地球の環境が見事なまでに詳細に再現されていきました」

 しかし依然、がらんどうな空間に動きはない。

「被験者を誰にするかについて、世界中で論争が起こりました。懲罰の一環として犯罪者を使うべきだ、との意見がありましたが、人権団体からは強い反発がありました。

 私たち日本人は、当時、下僕としていたケイ素生命体の亜人に着目。今から二百年前、心身の健康な百体を選抜し、記憶の消去と各種の格闘技の技術の伝達に加えて、格闘技以外の戦闘手段を開発しないよう脳の構造を改変。万全の準備を終えて、彼らを巨月に遣りました」

(……計画、か。「ケイソ」って語は理解できんが、俺たちは地球人とは根本的に別物で、奴ら手の中で踊らせられてたってわけかよ。……どこまでも舐めてくれる)

 怒りの発露をどうにか抑えて、シルバは謎の声に耳を傾ける。

「五十年後に私たちは、虎の子の、不死の特殊検体Aを投入。彼女は巨月で権力を握り、アストーリ国が生まれました。以降、私たちは定期的にゴレンジャー・ロボを発射。巨月の住人に適度な危機感を抱かせました」

(……『彼女』? アストーリは、三人の男が建国したんじゃ…)

 考え込むシルバを余所に、女は明朗な調子で話し続ける。

「アストーリ国では順調に、亜人の世代交代が行われていきました。時は流れて今から十八年前。私たちは、一般検体Bを巨月に投入。身体の成長を待って特殊検体Cを仕向け、精神面での充実も達成しました。

 そこで私たちは、百体の強化型ブラック・ロボにより一次試験を実行。検体Bの成長を確認した後に、検体Cの力を用いて、地球の支配からの解放を懸けた最終試験の開催を仄めかしました」

(十八年前に送った検体Bに、しばらく経ってから送った検体C。……俺とリィファを指してるとしか思えん。それに「ロボ」……。さっきから意味不明だが、詰まるところ一色服の連中は、俺たちの実験のための……)

 シルバの思案は、さらなる女の言葉によって遮られる。

「さあ、いよいよ最後のテストが始まります! 伸るか反るか、天下分け目の天王山! 相手はアストーリ最強と名高い三人! 勝てば解放、負ければ死あるのみ!

 ちなみにちなみにっ! 一般検体Bことシルバは、大事な大事な教え子、ジュリアちゃんを既に失っています! これ以上の悲劇は何が何でも避けたいところっ! 果たしてカポエィラ使いの格闘家ピエロは、自らの呪われた運命を変えられるのかっ! それではっ! 最終試験、開始っ!」

 女の妙に弾んだ声が止むと同時に、重々しい音楽が聞こえ始めた。

 ――コー、――ホー、――コー、――ホー。

 音楽のバックでは、規則的で人工的な呼吸音がしている。

 しばらくすると、部屋の向こう側の天井を擦りぬけて、人型の物体が下りてきた。シルバは精神集中をしつつ、全身に目を配る。

 脛までを覆う靴、縦線の入った服、踝にまで至るマントに、太いベルト。物体はひたすら黒一色だった。

 顔を隠すマスクもやはり黒で、目の部分は楕円、口の部分は三角形の構造だった。頭部は金属と思しき素材で、肩に向かうにしたがって末広がりとなっている。

 重厚な着地音の直後に、物体は手の中の銀色の棒の端近くを指で押した。ブゥンと音がして、血のように赤い光が棒の先から飛び出した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?