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夜勤の警備を終えたシルバは、年季の入った木の門扉を抉じ開けた。十人は通れる幅の門を抜けて鍵を掛け、静まり返った町並みを行く。
寮の自室で二時間の仮眠を取る。午前八時、目覚めたシルバは、昨日の残りの麦粥とスープを掻き込んだ。この手の簡易食を好んで食べているわけではないが、それだけ朝は慌ただしかった。
シルバは眠気を振り払いながら、白の半袖シャツと、青のコルダォン(腰から膝下まで垂らした帯)の付いた白の長ズボンを着ていった。カポエィラのユニホームである。
支度を終えたシルバは靴を履き、廊下へと出ていった。
廊下は幅が広く、クリーム色の天井は身長の倍ほどの高さで美しいアーチを成している。
壁は茶や焦げ茶のレンガでできており、爽やかな光が大きな窓から射し込んでいた。窓枠に施されている彫刻は、どれも緻密である。
前方から、二人の男子生徒が親しげな雰囲気で話しながら歩いてきた。年齢は、十六、七あたりで、素朴な赤茶色のズボンと羽織りの上着を身に付けている。
「おはようございます、シルバ先生」
二人はシルバに目もくれずに、気のない調子で挨拶をした。
「おう、おはよう」と小さく返事をした。
(軽く見過ぎつぅか、舐め過ぎだろ。年が割と近いから、わからんでもないけどよ。教師に向ける態度じゃねえよな)
シルバは首を捻る。
この星、巨月は、百五十年ほど前、地球の環境悪化に苦しむ人類が作り、移住してきた人口の星とされている。重力、気候、大きさなども地球と同じ。
アストーリ国は、巨月に存在するたった一つの国とされていた。周囲には高々とした石の城壁があった。
人種の概念はずっと昔に失われており、様々な容姿の人々が住んでいた。
敷地内には一般人の住居などに加えて、唯一の学校であるアストーリ校の施設があった。
国中の十二歳から十七歳が通うアストーリ校には、一般的な教養に加えて、地球時代の数少ない遺産である種々の格闘技も教えられていた。シルバはそこで教師をしていた。
寮の建物を出たシルバは、扉に続く石の階段と踊り場を下りて道を歩き始めた。
周囲の芝生には青々とした広葉樹が点々と生えており、寒さの残る風に揺れていた。
生徒とすれ違いながら、五分ほど歩く。やがて、開けた草地に辿り着いて足を止めた。
草地の周りには、三角屋根で煉瓦造りの建物が隙間なく並んでいた。染物屋、仕立て屋などの店先では、店員がきびきびと動いており、人々の生活の営みを感じさせる。
草地の中央では二十人ほどの生徒が三列に並んで、賑々しく話し込んでいた。だがシルバに気付いた者が他をつついて、シルバが草地に入るころには、すっかり静かになっていた。
(つくづく十二、三のガキどもは、誰かに命令されてんのかってぐらい群れたがるよな。俺は絶対にああじゃなかった。子供のうちは鬱陶しいぐらい活発なほうが、あとあと良いのかもしんねえがよ)
漠然と考えたシルバは草地の端から、「授業開始だ。いつも通りに広がれ」と、厳しく聞こえないように叫んだ。
「了解です! シルバ大センセー! あたし、全力で広がっちゃいます!」
列の端から甲高い声がするや否や、一人の女子生徒が飛び出した。腕を大きく振って伸びやかに走っていく。
(まあ、こいつに関しちゃ、あらゆる意味で地に足を着けるべきだがな)
言葉を失ったシルバが固まっていると、女子生徒は身体を横向きにして大きく踏み込んだ。両足を大きく開いた側転宙返りを決め、シルバに向き直った。 悪気を全く感じさせない、渾身の笑顔だった。
「センセー、どーぉ!? アウー・セン・マォン、うまくなったよね! センセー、夜勤って聞いたから、こりゃ負けてらんないなって思って、あたし、昨日、徹夜で練習したんだよ! もうさもうさ。達人級と言っても過言じゃないでしょ!」
女子生徒の声は馬鹿でかく、生徒の中には耳を塞ぐ者までいた。負けじとシルバは声を大きくする。
「ああ、達人達人。ジュリア、お前は、やかましさの達人だ。だーれもお前には敵わねえよ。好きなだけ誇れ」
ジュリアは前に出した両手を握り込んだ。抑揚を付けた「センセー、ひどーい」の後に、ぷくーっと頬を膨らます。