目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
月の庭の格闘家【ピエロ】
雪銀海仁
SF宇宙
2024年11月18日
公開日
4,890文字
連載中
 小さな天体、巨月【ラージムーン】。そこに存在するアストーリ国のアストーリ校では、格闘技が教えられていた。時折、地球から奇妙な姿の襲撃者が訪れていたが、大きな被害は出ていなかった。
 22歳の教師シルバは襲撃者対策の夜勤をしつつ、12歳の女子ジュリアにカポエィラを教えていた。そんなある時、銀色姿の襲撃者が降ってくる。その正体はジュリアと同年代の少女で……。
 ファンタジーな雰囲気と、現代日本で言うと小学生の年齢の女の子キャラは可愛く書けたのではと思っています。
【新人賞1次通過経験あり】
【表紙は自作イラストです】

第1話

第一章 巨月ラージムーンのアストーリ


       1


 城壁を囲む深い森が、微かな葉音を立てた。

 アーチ状の石の城門の下、シルバはおもむろに夜空に目を遣った。遙か天上では無数の星が清らかに輝いており、悠久を強く感じさせた。

 ひときわ巨大で、深い青に朧げな白を纏う惑星。地球である。

(ったく、来るなら早く来いってぇの。雑魚と遊んでる暇は、一秒たりともないんだからよ)

 心の中で毒突いていると、地球の中心に小さな点が見えた。シルバは視線を逸らさないまま、組んだ両手首を回し始めた。

 接近する赤い点は加速度的に大きくなり、シルバの目にも全容が見えてきた。

 人型の物体だ。綺麗な起立の姿勢で、頭から飛来してきていた。

 ごうっ、と人型の物体は空気を切り裂いた。鈍い音を立てて、シルバの眼前の草地に頭をぶつける。

 物体は土煙の中、死んだかのように俯せで倒れ込んでいた。

 だがまもなく、ぎぎぎと両手がぎこちない動きを見せ始め、物体は手を突いてむくりと起き上がった。

 落下速度と地面の抉れを考えると、ありえない頑丈さだった。

 人型の物体は、ぴったりとした赤色の服を身に着けていた。継ぎ目は存在せず、手袋・靴下の白色と目の位置の黒色、胸の真ん中に宝石のような球体の水色が際立っていた。

(今日は赤でお出ましかよ。こないだは桃色だったが、つくづく子供のお絵描きみてえな色のセンスだ。こいつら案外、身体がでかいだけの幼児だったりしてな)

 シルバが憮然としていると、赤服はしゅばっと右足を前に出して軽く屈んだ。両手は手刀で、僅かに右が高い位置にある。

 小さく息を吐いて精神統一したシルバは、両足を開いて重心を前に置いた。右腕は、顔を庇う位置である。シルバの用いる格闘技、カポエィラの構えだった。

 赤服を見据えたシルバは、右手と左足を引いた。両足を三角形の軌道で動かしつつ、ガードの手を変えながら、ゆらゆらと赤服に近づいていく。カポエィラの基礎動作、ジンガだった。

 接近を許した赤服は、慌てた様子でハイ・キックを放った。

 シルバは右手を突いて、ぐっと上半身を左前に倒した。赤服のキックが空を切る。

 シルバは右手を起点に跳び、斜めに回転。踵落としを決める。

 肩に食らった赤服の姿勢は、がくりと下へと崩れた。すばやく立ち上がったシルバは、その場でスピン。勢いを付けて跳躍し、左、右と足の甲を赤服に見舞う。

 脇を蹴られた赤服の身体は、ぐんと飛んでいった。ジンガの体勢に戻ったシルバは、五歩ほどの距離の赤服を注視する。

 赤服は、頭から落ちていた。普通の人間であれば、大ダメージは免れない。

 しばらく倒れていた赤服だったが、やがて、すうっと立った。次の瞬間、初めと寸分も違わぬ構えを取る。

(相っ変わらず弱いくせに、信じられないぐらいしぶてえな。動作の妙な機敏さといい、薄気味が悪りいったらねえ)

 シルバは、どんっと地面を蹴って赤服に一気に近づいた。急停止の後に前蹴りを放つ。

 赤服の胸部にキックが入った。尻餅を搗くが、またしても平然と立ってくる。

 以降もシルバは、多彩な蹴りを次々と繰り出した。しかし、赤服にはダメージが行った様子はない。

 三分弱が経過して、ピコンピコンという高音とともに、赤服の胸の球体が赤く点滅を始めた。

 お構いなしのシルバは、高速の膝蹴り。鳩尾に受けた赤服は、二歩分ほど後ろに倒れた。間髪を入れずに追撃する。

 だが赤服は、唐突にふわりと浮いた。そのまま上昇を続けて、シルバの身長の倍ほどの高さへと至った。

(あれだけズタボロにしてやっても、逃げ回った時と同じオチ。つくづくくっだらねえ。サービス精神、皆無ってか。遣り甲斐も蹴り甲斐も、あったもんじゃねえな)

 腰に手を当てたシルバが、苛立ちを顔に出した。

 すると、転んだ体勢だった赤服の身体は、飛来時と同じ様になった。そのままごうっと天空の地球に向かって、音のような速度でまっすぐに飛び去っていった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?