この島に来て数日。
アストリアは得体の知れない違和感を覚えた。
島の住民達は皆、笑顔を浮かべている。
だが、その笑顔はどれも同じで、感情のこもったものではなかった。
彼らの話し方にも抑揚がなく、島中に漂う異様な雰囲気が、彼の心に影を落とした。
セラフィスも同じ感覚を覚え始めたようだ。
「兄さん、この島の空気…何か変だ。喜びのはずなのに、どこか冷たい感じがする。」
「そうだな。何か裏があるに違いない。」
そう言いながらアストリアは周囲を見渡す。
「ローハンも呼ぼう。」
この鈍感男は相変わらず美女に囲まれ幸せそうにしている。
ローハンはアストリア達に島の異変について言われてもピンときていないようだ。
苦笑いを浮かべながら言った。
「え...あ?そうか?ま、まァ...言われてみればそういう感じもする。だが、俺はこれがずっと続くなら悪くないと思うぜ。」
彼の冗談にアストリアは軽く睨む。
「浮かれるな。まずは情報を集めよう。」
##########################
集落の中央には大きな広場があり、そこには一際美しい女性が立っていた。
彼女は住民達と同じように笑顔を浮かべているが、その雰囲気には威厳があった。
「ようこそ、ハッピーアイランドへ!」
女性は柔らかい口調で話しかけてくる。
「あなた方は旅人ですね?どうぞ、この島で幸せを満喫してください。」
アストリアは一歩踏み出し、慎重に問いかけた。
「あなたが『喜のイザベル』か?」
女性は一瞬表情を凍らせたが、すぐに笑顔に戻る。
「いいえ、私はただの島の守り人です。ですが、『喜のイザベル』を探しているのであれば、島の奧にある『光の神殿』に向かうと良いでしょう。」
############################
一行は光の神殿に向かうべく進み始めたが、その途中でアストリアが異変に気づく。
「住民達の影が…動いていない。」
セラフィスも頷く。
「兄さん、これ、普通じゃない。影が微動だにしないなんて、何かに操られているとしか思えないよ。」
ローハンも厳しい表情を見せた。
「笑顔以外の感情が見当たらないのも確かに不気味だな。これじゃあ人形と変わらん。」
さらに進むと、一行はある家の中で奇妙な光景を目にする。
住民が床に座り込んで笑顔を浮かべたまま、一切動かずにいるのだ。
「これは…ただの喜びじゃない。支配されている。」
アストリアが剣を握りしめる。
「兄さん、奥に何かある。」
セラフィスが指さした先には、見えないはずの薄暗い霧が立ち込めていた。
(あれが、『光の神殿』....。)
アストリアは息を呑む。
###########################
神殿にたどり着くと、その中央には大きな鏡が立っていた。
その鏡には、アストリア、セラフィス、ローハンそれぞれの「変化した姿」が映し出されている。
しかし、その反射には不気味な歪みがあり、笑顔が作り物のように見える。
「ついに来たか、旅人達よ。」
鏡の奥から響く声が、一行を凍りつかせた。
声の主は美しい女性だが、その顔は"喜び"の感情だけが異常に強調されている。
「あなた方が得たもの、それが真実だと思う?」
アストリアは剣を構えた。
「お前が『喜のイザベル』だな。」
「その通り。この島での“喜び”は、私が与えたもの。だが、それは私が奪い取った“真の感情”の一部に過ぎない。感謝しなさい。あなた達に“完璧な喜び”を与えているのだから。」
イザベルは手をかざすと、周囲にいた住民達が操られたように神殿内に集まり、一行を取り囲んだ。
彼らの目は光を失い、まるでゾンビのように動き始める。