夜明け前の森。
薄暗い木々の間から、短くずんぐりした影が現れ、アストリアに対峙するように立ちふさがった。
ドワーフのローハンは、鋭く輝く手斧を手に構え、戦闘態勢に入っている。
「さっきの戦いをずっと見てたぜ。まるで目が見えているかのような戦いぶりだった。だが、このローハン様の手投げ斧から逃れることはできんぞ!」
アストリアは耳を澄ませ、ローハンの動きを感知しようとしたが、投げ斧の軌道は音だけでは掴みきれない。
心の中でセラフィスに呼びかける。
『セラフィス、頼む、視覚情報を!』
その瞬間、1秒間だけセラフィスが憑依する。
瞳に青い光が宿り、ローハンの斧の位置、距離、方向が一瞬で鮮明に映し出された。
『10歩先...奴は右と真上に同時に斧を投げたぞ!真っ直ぐ向かってくる...!』
一瞬の情報を伝えたあと、再びアストリアに身体の主導権が戻る。
アストリアは反射的に横へ跳び、間一髪で軌道をかわした。
(もう一本の斧は....)
地面に手をつく刹那、アストリアは地面と風の振動に身体の全神経を集中させる。
(見つけた!)
アストリアが体を捻るようにしてもう一本の斧の軌道を避けると、斧が2本ほぼ同時に木に突き刺さる音が響き渡った。
「なんだ、俺の斧が見えたのか?ただの盲目の旅人ってわけじゃなさそうだな!」
(次にセラフィスの視覚が回復するまで15秒。間合いを取らなければ....!!)
アストリアは木々を盾にしながら己の感覚と反射神経を頼りにかわし続けたが、奴の手斧の軌道は速い。
数本避けきれず斬られてしまった。
ローハンは不敵な笑みを浮かべる。
「おい、坊主、いつまで逃げてるつもりだい?」
(13秒...14秒...15秒...今だ!)
『セラフィス!!!』
セラフィスは瞬時に四方八方を見渡す。
『四方に20本、魔力で手斧を浮かせてるみたいだ...奴は背後11歩先に立ってる...一気に斧が来るぞ!!!』
アストリアは瞬時に飛び上がると迫り来る手斧を足場にして天高く飛び上がり、一気にローハンまで間合いを詰め、大剣に力を込める。
(実戦での使用は初めてだ...奥義!!!!)
瞬間、剣に稲妻を纏い、轟音を轟かせながら大きく振りかざす。
「マグナム・トニトルス(大いなる雷鳴)!!!!!」
彼の剣がローハンの足元を大きくえぐり、地面に衝撃波が伝わった。
ローハンはその場に倒れ込んだものの、すぐにゆっくりと起き上がり、アストリアを見上げた。
「ひぇ~こりゃ、たまげた。お前、ほんとに目が見えないのか?!どこかに凄腕の相棒がいるんじゃないか?」
アストリアは微笑み返しつつ、静かに答えた。
「俺の中には弟がいる。彼が俺の目となって助けてくれてるんだ。」
ローハンは納得したように頷いた。
「はは~ん、どうりで途中まるで別人になったように見えたわけだ。」
アストリアは剣を収め、ローハンに手を差し伸べた。
「俺達は戦いを望んでいるわけじゃない。お前の実力もまた見事だったよ、ローハン。」
ローハンは一瞬ためらったが、アストリアの手を取って立ち上がり、苦笑いを浮かべた。
「フン、俺を殺さなかったのは感謝しておく。だが、油断するなよ。次に会う時は、俺も容赦しないからな。」
ローハンは小柄な体からは想像がつかない程俊敏にどこかに消えていった。
『いたたた、まずは村に帰って手当てしてもらわないとね、セラフィス。』