ある夜、セラフィスは城の図書館で「黒魔術の禁断書」に目を通していた。
本には「他者の魂を乗っ取り、その体を支配する術」が記されていた。
その禁断の術を前に、セラフィスの心は揺れ動いた。
しかし、彼の目の前に儚く映るアストリアは消えかかっていた。
その夜、遂に彼は自ら命を絶ち、兄の身体を奪うために魂を解放した。
アストリアは翌朝、急激な疲労感と頭痛で目を覚ました。
しかし、体に妙な違和感がある。視界が霞み、思うように体が動かない。
やがて、その原因が自分の中に存在する謎の懐かしさの正体に気が付いた。
「セラフィス、お前なのか?」
アストリアは朦朧とする意識の中、必死に呼びかけた。
しかし、体は反応せず、何者かが彼の体を勝手に動かし、城を徘徊し始めた。
セラフィスはアストリアの体を使って、彼が味わうことの出来ない「力強さ」を堪能し、城内で好き放題に振る舞っていた。
精神領域にいるアストリアは、弟の存在を感じ取り、必死に抵抗を試みたが、セラフィスの意志が強く、身体の主導権を奪い返すことが出来ない。
体の中での意識が交錯する瞬間が訪れた。アストリアはその隙を突いてセラフィスに問いかけた。
「セラフィス、何故こんなことをするんだ?お前は俺の弟だろう?」
すると、彼の心の中でセラフィスの声が響いた。
「兄さん…君は強く、僕は弱い。だから、君の体が欲しかったんだ。僕は、ずっと君のように自由に動くことに憧れていた。」
「自由に動きたい?それなら、俺にも一つ言わせて欲しい。俺は愛する親の顔も、大好きな自然の姿も何一つ知らない。お前が語る世界の素晴らしさがいつも羨ましくて仕方がなかった。俺達はお互いを支え合ってきたはずだ!」
アストリアは、弟が抱いていた苦しみに気づけなかったことを悔やみつつも、何とか説得しようとした。
しかし、セラフィスの意志は止まらなかった。
「僕はもう、君の弟でいるつもりはない。僕はこれからアストリアとして生きる...。僕の意志で、僕の望むように!」
アストリアは、全身の力を振り絞り、弟の意志に対抗しようとした。
二人の魂が激しく衝突し、内なる戦いが始まった。
アストリアは決して体を奪われまいと、心の奥底で弟の欲望と対峙した。
激しい戦いの中で、アストリアはある光景を目にした。
弟が幼い頃に苦しんでいた姿が、彼の心に映し出されたのだ。
セラフィスがどれだけ己の不自由さに苦しみ、アストリアへの嫉妬と羨望を抱えてきたかを知り、彼の胸は締め付けられた。
「セラフィス…お前の苦しみに気づけなくて、すまなかった。」
アストリアは静かに謝罪し、その思いを弟に伝えた。
その瞬間、セラフィスの意志がわずかに弱まり、弟の心に葛藤が生じたようだった。
アストリアはその隙を突き、体の主導権を取り戻すと、心の中でセラフィスに語りかけた。
「お前は俺の弟だ。俺はお前を守りたい、これからもずっと。だから、こんなことはもうやめよう。俺達は互いに支え合う存在なんだ。」
セラフィスは、その言葉を聞きながら、やがて静かに涙を流すような感覚を覚えた。
そして、アストリアの温かい思いに触れたことで、自らの行いが間違っていたことを悟り、彼の中で心が解きほぐされていく。
「兄さん…ごめん。僕は…僕は間違っていた。やっぱり僕は弱い。兄さんみたいに強くなれないや。」
セラフィスの声は、どこか切ない響きを帯びていた。
「いいや、お前は強い。」
アストリアは心の中で涙を流しながら弟を優しく抱きしめ、その魂が穏やかに眠りにつくのを見届けた。
こうして、アストリアは再び肉体の自由を取り戻した。
だが、決してセラフィスの心を忘れない。
彼は弟の思いを背負いながら生きていくと誓った。