「ふぁあ~…眠い…」
今日から授業が始まる。
9時から1限が開始するが、それまでに朝食が食堂に準備されるので着替えて食堂まで行かなければいけない。
準備をするかとベッドから重たい体を起こす。春とはいえまだ肌寒い。洗面台で顔を洗い、髪をとかし、制服に着替える。
ふとスマホを見ると四季からメールが届いていた。
『おはよう、兄さん』
『昨日はよく眠れた?』
『もう友達とかもできたの?』
『今日の夜も電話してもいい?』
友達…夏樹は元から友達だし、できた友達としては春人くらいだろう。
俺に友達が少ないことを心配してくれているのだろうか。
『おはよう、友達は少しできたよ』
『電話はしてもいいけど・・』
『春人も今年受験だろ。電話してる暇ないんじゃないか?』
取りあえず返信を返し、準備に戻る。
朝食は7時から開始し、8時半までやっている。8時くらいに食堂に着けば、食事は終わるだろう。
食堂までさほど距離はないので8時になる寸前で部屋を出た。ドアを開け、歩きだし瞬間に誰かとぶつかってしまった。
「うわっ!!」
「…あ゛?」
ド低音の声に恐る恐る顔を上げると赤髪短髪ヤンキーがいた。いや、シンプルに怖い。
とりあえず謝ろう。
「ご、ごめんなさい。」
「…」
俺が謝るとヤンキーは何も言わずに去って行ってしまった。
一年生の寮にいるということは一年生なのだろうけど、この学園にもヤンキーはいるんだな。
まあ理不尽にお金を取らなかったから見た目だけヤンキーなのかも…?とりあえず早く食堂へ行こう。
俺は再び歩き出した。廊下を歩いていると見慣れた後姿があった。
「夏樹、おはよ。」
「はじめ!おはよ!」
夏樹の元へ、駆け寄る。夏樹も今から朝食のようだった。
一緒に食堂に行くとまだ人が結構いた。
こんなギリギリまで朝食を取らないのは男子だけだろうと思ったが、女子もまだまだいる。
メニューを注文して食堂のおばちゃんから朝食を受け取る。席を探そうと夏樹と辺りを見渡す。
「結構人いるな。」
「そうだね。座れる場所…あ。」
空いている席を探して窓側の方を見たとき春人を見つけた。窓際の四人席で一人スマホを見ていた。
俺はそっちの方に歩いていき、春人に声をかけた。
「おはよ、春人。」
「あ!はじめ!おはよ~」
「一緒に座ってもいい?」
「いいよ~座って座って~」
春人は笑顔で了承してくれたので向かい側の席に座る。その隣に夏樹も座る。
「あ、夏樹くんだよね?おはよ~」
「え!俺の名前知ってんの?」
「あーうん。はじめに教えてもらった~」
「そうなのか。えっと・・」
「僕は三澄春人言いまーす」
「春人!よろしく!」
夏樹と春人が自己紹介をしているのを見て、俺は昨日春人と話した事を思い出した。
「推しと結ばれたい」と春人は言っていたがその推しは教えてもらえなかった。でも、攻略対象のキャラクターの中に推しがいるんだろう。その場合、夏樹が推しの可能性があるのか…
誰が推しなのか分からないから、何もすることはできないが二人きりにしてみたら何か分かるかも…
まあ、めんどくさいから気が向いたらでいいか。
「はじめ?ぼーっとしてるけどどうしたの?」
「え、あーなんでもないよ。」
春人がいつの間にか席を立って俺の顔を覗いていた。
「そう?」
「まあ…強いて言うなら二人ともかっこいいなぁって思ってたくらい。」
「「え?!」」
「え?」
適当に誤魔化したつもりだったのに二人がものすごい顔をしている。
俺的には「なにそれ~(笑)」って返ってくると思ったのに…
「え!俺かっこいい!?」
「う、うん。夏樹も春人もかっこいいよ?俺から見たら」
なんか思ってた反応と違うけど本当のことだし、いっか。そのあともやんやと騒ぐ二人を横目に俺は朝食を食べた。
朝食も終わり、部屋に一旦戻ろうとする。
「はじめ!一緒に教室行こうよ。」
「春人とはじめは同じクラスなのか。」
「そうなんだ~、後で部屋いくね!はじめ!」
「分かったよ。」
それからそれぞれの部屋に戻り授業の準備をして、俺は春人と教室に向かった。
教室に入って席に着く。
春人は俺の前の席に向き合うように座った。授業が始まるまで二人で話をしていたが、ふと廊下の方を見ると今朝のヤンキーが歩いていた。
右から左に歩いて行った。そっちはA組の教室がある方向だった。まさかのA組…人を見た目で判断しちゃいけないと思うが…疑ってしまう自分もいる。
「春人、赤い髪の毛の攻略キャラっている?」
「赤い髪?あーいるよ~。
「銀杏?そんな苗字あるんだ」
「存在しないわけではないけど珍しいよね」
「うん。ていうかやっぱり攻略対象なんだ」
今朝、ぶつかったときも思ったがシンプルかっこよかった。背も高かったから初めは怖かったがよくよく思い出すとイケメンだった。
ゲームの世界だから美形しかいないと思っていたが、攻略キャラはレベルが違うイケメンだ。
「え、なに?銀杏優と会ったの?」
「いや、今朝ぶつかっちゃって。ヤンキーかと思ったけどイケメンだったから攻略キャラかなって。」
「ふーん…なるほど。」
「…?」
なんか、春人の顔が曇ったような…あ、もしかして春人の推しは銀杏優?
なるほど、それは悪いことをしたかもしれない。
「銀杏優は攻略が難しいキャラクターなんだ」
「へえ」
「選択を間違えずにストーリーが進むと登場するキャラクターだから接点を作るのは大変なんだよ」
「うん」
「ましてや主人公じゃない僕らは絶対に関わらないと思うんだ」
「…」
「銀杏優のことなんて気にしないで学園生活を楽しもうよ!」
「…そうだね。」
やっぱり、春人は銀杏優が推しなんだろう。安心しろ、春人。
俺の恋愛対象は女の子だから。
キーンコーンカーンコーン
授業開始のチャイムが鳴った。担任が教室に入り、話を始めた。一限目は学園の中を散策するようだ。
グループに分かれて、順番に学園内を歩くという感じだった。春人とは別の班になってしまった。
春人が「はじめーーー泣」とかふざけてたので無視をした。
俺が振り分けられた班には攻略対象はいないだろう。別に班のメンバーが特別に美男美女というわけではないので俺と同じモブであると推測したのだ。
俺は主人公を妬む兄だが何もしない以上この世界ではモブと変わりない。
しかし、ほかの班は生徒だけで班が形成されているが、俺の班は少し他と違うところがある。それは…
「おぉぉぉい!中澤くぅん!?他の学年は授業中だから静かにしろと言ったでしょう!」
「先生の方がうるさいですよ…」
「私はいいんですよ。教師なので」
「えぇ…」
俺の班は先生付きだ。俺のクラス担任の冬月先生。化学を専門としているらしい。
俺たちの班は人数が少ないらしいので、冬月先生が入った。
「南さん、高橋君。中澤君を呼び戻してください」
「「は、はい…」」
同じ班のメンバーが中澤君を呼び戻すために小走りしている。残った俺と先生もう一人のメンバーの小泉さん。
「先生~、私花摘みに行ってもいい?」
「どうぞ、この廊下の突き当りに女子トイレはあります。」
「は~い」
小泉さんはだるそうに廊下を歩いて行った。南さんと高橋君は、中澤君を連れ戻そうと奮闘している。
俺と冬月先生二人だけというのも少し気まずい・・・
「冬月先生、あれは俺たちも参戦しなくてもいいんですか?」
俺は中澤君たちを指さす。冬月先生は一言「大丈夫でしょう」と言った。
「それより佐倉君。学園生活は慣れましたか。」
「まだ始まって一日ですよ…」
「おっと、そういえばそうでしたね。」
「…」
「…」
「佐倉君、趣味は?」
「見合いか!」
思わずツッコミを入れてしまった。この体になってツッコミをするなんてなかったので、なんだか恥ずかしさが出る。
冬月先生は「ふふ」と少し笑っていた。それが恥ずかしさを倍にし、見えてはいなかったが顔は赤くなっていただろう。顔が熱い…
中澤君は未だに駄々をこねている。冬月先生とこの空間にいるのが耐えられなくなった俺は、中澤君たちに混ざろうと足を一歩前に出す。
「や、やっぱり俺も中澤君を連れ戻すの手伝ってきます」
一歩踏み出すと同時に冬月先生は俺の髪の毛をつまんだ。
くいっと髪の毛を引っ張られ「痛っ」と声が出る。
「ちょっ!先生何するんですか!」
俺が声を上げるも先生は俺の髪の毛をじっと見ている。そして口を開いた。
「佐倉君…髪の毛の手入れは何をしているんですか?」
「髪の毛の手入れ…?特に何も…」
「ヘアオイルとかヘアマスクしてるとかは?!」
「な、なんですかそれ…」
「信じられません…」
冬月先生は片手で顔半分を覆っている。よく見れば先生は髪の毛を後ろで一つにまとめている。
長髪という程ではないが少し髪の毛が長いのだろう。後ろでチョンっと結んでいる髪の毛が見える。
黒のストレートヘアで前髪の方も少し長いが、さらさらとたまに靡いて眼鏡に当たっている。
「どうしたらそんなに綺麗な髪を維持できるんですか…」
「何でと言われても…」
「私は毎日頑張ってケアしているのに最近パサつきがすごくて…」
「そうなんですか?十分綺麗だと思うんですけど」
「いいえ、佐倉君の髪の毛は別格ですよ」
そういうと冬月先生はまた俺の髪の毛を触りだした。俺の前世の世界だとこれはセクハラというやつでは・・?と思ったが、この世界にもセクハラはあるのだろうか。
それを言おうにも先生はずっと俺の髪の毛をいじっている。
俺と先生が向き合う態勢で…なんともいえない光景だ。
ふと俺の髪をいじる先生の手が俺の頬に当たった。
「佐倉君…君、肌も綺麗なんですね。」
「え、そうですか?気にしたことなかったで…す」
先生の手が俺の右頬に触れる…と思った瞬間。
「はじめーーーー!!ここにいたんだーーーー偶然ーーーー!」
「春人…?!」
春人が先生の後ろから現れたと思ったら正面からハグをされた。
「すぐ近くを通ったらはじめがいて走って来ちゃった~」
「ほんと、びっくりしたよ」
「えへへ~ごめんごめん」
そのタイミングで中澤君たちも戻ってきた。
「あれ三澄じゃん。お前自分の班はどうしたんだよー」
「はじめに会いたくて来ちゃった!」
「おい~班の人に迷惑かけるなよ~」
「「あんたもだよ!!」」
三澄と三人が話している間も春人は俺から離れなかった。小泉さんも戻ってきたので、探索を再開しようと思った時、一限終了のチャイムが鳴った。
「あー、時間切れだ。はじめ!放課後に僕とまた散策しようよ」
「うん、いいよ」
「やった~」
その場で解散になり二限目の準備のために教室に戻ろうと廊下を歩く。春人はハグはやめたものの肩を組み、俺から離れようとはしなかった。
先生は「二限に遅れないように」と言って手を振っていた。俺は気まずかったが、お辞儀をして教室へ向かった。
その時、春人が先生を睨んでいたことに俺は気づかなった…。
「はじめ!!大丈夫?!変なことされてない?!」
教室に着くや否や春人は俺の両肩を鷲掴みする。変なことと言われて、さっきの冬月先生のあれを思い出したが、春人の慌てぶりを見ているとこれは言ってはいけないと思った。
「い、いや何もされてないけど…」
「…そう、ならいいんだけど…」
春人は俺の方から手を放し、「次の授業の準備しよっか」と机がある方向へ歩いて行った。俺は「うん」と返事をして春人についていく。
二限目からは普通の授業が始まった。高校初日の授業だというのに教科は数学。全くやる気になれない。
授業の説明があってからすぐに教科書に入った。
まじめな先生なのだろう。説明を丁寧にしてくれているが少々つまらない。まあ、俺が高校生二回目だからもあるのだろうが。
隣の席にいる春人を見ると春人も暇そうだった。そういえば春人は前世では何歳だったのだろうか。
いろんなことを話したが年齢は聞いたことなかったなぁと思った。
俺と春人の席は人ひとり通れるくらいの距離だ。そう思った時、この暇な時間を潰せるいい方法を思いついた。
メモ帳に『前世は何歳まで生きたの?』と書き、腕を伸ばし春人の肘をつついた。春人はメモ帳を受け取り、メモを書き足している。
春人が腕を机の下でメモ帳を取れるように伸ばしている。俺はそれを受け取る。
メモ帳には『大学二年生までだよ』と書かれていた。そうなった場合、この授業は春人にとっても暇だと考えた俺はメモ帳にこう書いた。『絵しりとりしよう』と。
そのメモ帳を春人に渡す。春人からの返事は『いいよ』だった。
それから授業が終わるまでの間、俺と春人の絵しりとりは白熱した。
今日は五限まで授業があり、六限は先輩による部活紹介がある。俺は春人と体育館に向かった。
部活紹介を見るために体育館まで来た。お金持ちの学園だからとてつもなく広い体育館を想像していたが、案外普通の学校の体育館だ。外装が豪華なだけで、中の校舎の構造自体は分かりやすい。
「はじめは何の部活入るか決めたの?」
「まだ」
前世でも部活やサークルには入らず、まっすぐ家に帰っていた。特にやりたいことや好きなことがなかったのだ。
無理に入る必要はないと何もしない選択を取ったが、少し部活とやらに入ってみたいという気持ちがあった。
体育館には一年生全員が集まっていた。クラス別に二列に並んでいる。
周りを見渡すと左斜め、目線の先に夏樹を発見した。まだ、部活紹介が始まるまで時間がある。
俺は夏樹のところまで歩いた。
「よっ、夏樹」
「おっ、はじめ。お疲れ!」
「夏樹はサッカー部入るの?」
「そ!当たり前~」
まあ夏樹はサッカー部だろうと予想はしていた。
部活をしてみたい気持ちはあるが、何に入ったらいいのか分からない…でも外には出たくないし、動きたくない。楽器は出来ないし、絵も描けない…
うーんと悩んでいると夏樹が声をかけてきた。
「…はじめ、部活入るの?」
「え?あー、入ってみようかなとは思ったけど何も決まってない」
「えー!珍し。はじめ中学は帰宅部だったじゃん」
「そうだけど…なんかしてみたくなったんだよ」
あと、中学の頃は四季が早く家に帰ってきてほしいとか駄々をこねたから帰宅部だっただけで、興味はあったのだ。
「じゃあサッカー部入ろうぜ!」
「運動部はちょっとなあ~」
「え、なんで?はじめ、運動できるじゃん」
運動は出来ないわけではない…それでも中の中くらいだ。特にサッカーが好きでもないやつが入ったところで、夏樹のようなスポーツ推薦の奴らには敵わない。
勝負をしようとも思わない。
「とにかく、運動部は入るつもりないよ」
「えー…じゃあマネージャーで!」
「やらない。なんでそんなに俺をサッカー部に入れたがるんだよ」
夏樹は「ええー」と言いながらあからさまにしょんぼりとしている。その時に先生が整列の声掛けを始めた。
「じゃ、夏樹。また。」
「おう。…はじめ!」
「ん?何?」
歩き出そうとした瞬間、夏樹に呼び止められた。
「あー、その…春人は何部入るの?」
「春人?さあ、何部に入るんだろ。聞いてなかったな」
「そっか」
「なんで?」
「いや、普通に気になっただけ!」
夏樹に手を振り、自分のクラスの列に戻る。
二列ならどこでもいいらしく、春人が「こっち、こっち」と手招きしているのが見えた。春人が呼んだ所まで行くと、進行役である先生が話し始めた。
野球部、サッカー部、バレーボール部、演劇部、写真部…様々な部活が紹介されていく。あっという間に50分が過ぎようとしていた。
「最後は生徒会の発表です」
生徒会も部活扱いなのか。生徒会の人達が続々と出てくる。
明らかににゲームのキャラクターですと言わんばかりの金髪の人を中心に。
「ごきげんよう。新入生の諸君。我々が生徒会だ」
自信に満ち溢れている顔は見覚えがあった。
姉がいつも見せてくるゲームのタイトルに一番大きく出てくる顔だ。確か…
「生徒会長の
春園雷…本当の王子のようなだった。いや、王様といった方が似合うかもしれない。
センターより左で分かれている前髪。目にかかるか、かからないか程の金色の前髪は、彼が少し動くたびに揺れる。そのたびに星が舞っているようにきらめいていた。とても綺麗な人だ。
ゲーム画面で見るより、はるかに輝いていた。
そんな生徒会長の後ろにいる人たちも美男美女ばかりだ。それでも生徒会長の春園雷は、誰よりも目を引く容姿をしていた。
生徒会の人達は、『生徒会』と書かれた腕章をつけている。
「かっこいいね」
「はじめ、生徒会気になってるの?」
「うーん、かっこいいなとは思うけど仕事大変そう」
「わかるー。あと生徒会の仕事って意外と地味だよね」
いつの間にか生徒会の発表も終わって、体育館はざわつき始めた。来週から体験入部が始まるらしい。それまでに部活を決めておこう。
「はじめ、部活どうする?」
「まだ決めてない。春人は?」
「僕もまだ。はじめと一緒の部活にしようかな」
「? たくさん部活あったし、春人の好きなことしなよ」
「はじめと一緒の方が楽しそうじゃん!」
「春人ならすぐにいろんな人と仲良くなれるよ」
「そういう問題じゃないよ!」
春人は頬っぺたを膨らませている。なぜか怒っているようだった。俺がどうしようかと思っていると、春人は諦めたように「はあ」とため息をついた。「ま、いいや」と俺の腕に自分の腕を組ませた。
「校内探検!放課後するって約束したでしょ」
「あ、そっか」
「忘れてたの?もー」
「ごめんて、行こ」
俺は春人と一限の続きで校内を散策した。
そのあとは、普通に夕飯を食べてそれぞれの部屋に戻った。春人が今日も俺の部屋に行きたいと駄々をこねていたが、四季との電話もあるので断った。
「ふー…部活どうしようかな。」
部屋に入って早々、ベッドに倒れ込む。前世でも部活経験はなし。どの部活をしたいのかも分からない。
どうするべきかとベッドの上で悩んでいるとスマホから着信音が響いた。
「もしもし?」
『兄さん?今大丈夫?』
「四季か、大丈夫だよ。」
『よかった。今、部屋にいるの?』
「うん」
『ちゃんと部屋着に着替えてる?制服のままベッドにいたりしないよね?』
「…着替えてるよー」
『ほんと?兄さんいつも河野さんに怒られてたじゃん。着替えてくださいって』
「うぅ、分かったよ。着替えるからちょっと待って」
「バレたー」と思いながら俺は椅子の上にある部屋着に着替える。
「お待たせ」
『ちゃんと着替えないと、制服しわになっちゃうよ』
「分かってるよ…」
そんな心配までしてくれるなんて、面倒見のいい弟に育ったもんだ。でも、今年は四季も受験だ。
俺がしっかりしていないと勉強に集中できないだろう。ここはどうにか安心させないと。
「四季」
『何?兄さん』
「四季も今年受験だろ?俺のことは心配しないで勉強に集中にしな」
『…大丈夫だよ。勉強もしっかりやってるよ』
「夏樹も違うクラスだけどいるし、新しい友達だってできた。俺は大丈夫だよ」
『……』
「四季も星城を受験するんだろ。ちゃんと勉強しないと、いくら四季が頭良くても万が一…」
『分かったよっ!』
「…っ!?」
四季が急に声を上げた。それに驚いて俺は言葉が出なかった。
四季が怒るところなんて見たこともなかったので、どうすればいいか分からなかった。
『…はあ、ごめん。急に大きな声出して』
「あ、いや…。大丈夫だよ」
『兄さんの言う通り、俺は勉強に集中するよ』
「…うん。頑張れ」
『おやすみ』
そういうと四季は電話を切ってしまった。
そんなに受験について行き詰っていたのか…?
四季は頭はいいし、運動もできる。何でもできる奴だけど、星城学園の偏差値は結構高いのだ。ただのお金持ちの子供がすんなり入れるわけではない。
それなりの学力を持っていなければ、星城には入れない。スポーツ推薦なども学力試験が別にある。一般で入るよりは低いが、それでも学力は見られる。お金だけでは入れない、それが星城学園だ。
いくら四季が主人公で何でもできる奴でも、現を抜かせば落ちる可能性がある。
「はあ~…気にしても仕方ないか…」
「部活が決まらない…」
「まだ悩んでんの?」
部活紹介があって数日経った。
今日から仮入部が始まるというのに、候補の一つも全く決まらなかった。今は昼休み、春人の髪の毛を結っている。
「はじめ、器用だね。」
「姉ちゃんにいろいろやらされてたから。できた」
「おおー!」
左耳のすぐ上に編み込みをしてやったら春人は、目を輝かせ喜んでいた。我ながら隠れた女子力を発揮してしまった…
「似合ってる?」
「可愛いよ(笑)」
「本当に思ってる~?」
春人は髪の毛の色がピンクだし、女の子っぽい顔をしているから似合っているのは本当だ。
「はじめ、これ毎日やってよ」
「えー、やだよめんどくさい」
「じゃあやり方教えて」
「…教えるぐらいはいいよ」
「やった」
そう言って笑う春人の顔が不覚にも可愛いと思ってしまった。
「春人は部活何するの?」
「本当ははじめと同じ部活入ろうと思ったけど、演劇部とか行ってみようかなって」
「演劇?すご」
「僕って結構演技上手だと思わない?」
「出会ったばっかだし、分かんね」
「ふーん。演技派なんですー」
そういいながら春人は俺の髪の毛を触り始めた。
「なに?」
「三つ編みのお返し~。」
「編み込みな。ってめっちゃ髪の毛ぐちゃぐちゃになってる気がする」
「…似合うよ?」
「…めんどいからこのままでいいや。」
「そこはめんどくさがらない方がいいよ」
春人は三つ編みも出来ないのか、二重らせん構造のような髪の束が出来ていた。
これは教えるのに苦労しそうだ。
放課後、春人は演劇部へ、夏樹はサッカー部へ。
俺はとりあえず校内を回って部活の様子を見ることにした。体育館、グラウンド、特別棟、いたるところから生徒たちの声が聞こえる。
グラウンドは第一、第二ある。俺が歩いてる廊下の窓からは第一グラウンドが見え、サッカー部とラグビー部が部活をしていた。夏樹は見えるかと窓を覗き込む。
体操着を着ているのが一年生だろう。体操着の集団の中に青色を帯びた髪の毛が見えた。「夏樹だ」と思い、見ていると夏樹もこちらを見た。ここは二階の廊下だ。
「目良いな…」
手を振ると、夏樹は笑顔で手を振り返してくれた。その姿がどことなく犬に似ていた。
「見えないはずの耳と尻尾が見える…」
「どこにだい?」
「ほわっ!!!!」
急に後ろから声が聞こえ、驚いて変な声出た。振り返ると、そこには春園雷生徒会長がいた。
「っ!?」
「すまない、驚かせてしまったね」
「い、いえ」
「ところで誰に耳と尻尾が見えたんだい?」
「え、あー。あそこにいるサッカーボール蹴ってるやつです」
「彼とは親しい関係なのかい?」
「幼馴染です」
「なるほど。親しい関係だと耳と尻尾が見えるのか」
「(急に現れて、なんか変なこと言ってる…)」
生徒会長がなんでここにいるのか。今は仮入部の対応で生徒会室とかにいると思ってた。
「ところで、君。銀杏優という生徒を見てないかい?」
「銀杏優…見てないです。」
「そうか。ありがとう時間を取らせたね」
「は、はい」
そういうと生徒会長は歩いて行ってしまった。銀杏優は入学式の日にぶつかった人だよな?
なんで生徒会長が探しているかは分からないが、面倒そうなので関わらないでおこう。そう思った矢先…
「…銀杏優…いた」
外に出てみようと校舎の裏側に行くと木に囲まれて見えずらくなっているが、道が見えた。興味本位で進んでみると開けた場所に出た。
そこに銀杏優がいて、草の上で寝てるのを発見してしまった。一度見たら忘れない派手な赤髪で不良っぽいやつ。
起こさないように静かに立ち去ろうとしたら、落ちていた枝に躓いてしまった。
「痛っ!」
「…あ?」
盛大にこけた音で起きたのか、銀杏は上半身を起こした。
「あ、すいません。すぐに退きますので…」
俺はすぐさま起き上がり、立ち去ろうとした時…
「こっち側とか探してみましょうよ」
「そっちは木しかねえじゃん」
「でも一応見てみましょうよー」
人の声が聞こえたと思ったら、銀杏が俺の制服の襟を引っ張った。
「ぐえっ」
「しっ!静かにしろ」
銀杏は俺を引っ張り木の陰に隠れた。何が起きたのか理解するのに時間がかかった。銀杏が俺をバックハグをするかのように座り込み、喋れないように口を手で覆われている。
「なんか音しませんでした?」
「え、聞こえなったけど」
「気のせいかな?」
「もう校舎戻ろうぜ。疲れたー」
「はいはい。帰りましょう」
銀杏を探していたであろう人たちは校舎へ戻ったようだ。俺はこれからどうするべきかと考えていると、銀杏は俺の口から手を離した。
「悪い、強く引っ張りすぎた」
「いや、大丈夫だよ。それよりあの人たちは?」
「生徒会の野郎だよ。生徒会長に生徒会に入れって付きまとわれてるんだ。だからここで隠れてた」
「知ってる」とは口にするのは違うと思ったので「へー」と適当に相槌を打っておく。それ以上、銀杏が何か話す気配はなかった。
とても気まずい雰囲気が流れた。しかし、背中にある銀杏の体温が暖かくて眠くなってくる。四月とはいえまだ肌寒い季節だ。人の体温は心地がいいと思う。
授業も既に習った科目でも復習はしないといけない。勉強は頑張っているつもりなので日々の疲れはあった。
それに木々に囲まれるとなぜだが心が落ち着く。これが自然の力なのか。
「(あ、やばい。マジで眠い…)」
「あ?おい」
「…」
「…寝やがった」
風が頬を撫でる。昼間とは違い、冷たい風だ。瞼をゆっくりと上へ上げると辺りは暗くなり始めていた。
「うわ!!」
「痛っ!」
「え?…あ、痛ぁ」
思いきり顔を上げると後ろから痛がる声が聞こえ、遅れて俺の後頭部にもズキズキと痛んだ。
恐る恐る後ろを振り返ると銀杏が顎を抑えていた。一瞬で銀杏の顎と俺の後頭部がぶつかったことに気が付いた。
「ご、ごめん!」
「平気。それにしてもよく寝てたな」
「そ、それもごめん」
「起きたなら俺は帰るわ」
「え?」
そういうと銀杏は立ち上がり、歩いて行ってしまった。
「(俺が起きるまで待っててくれた…?)」
申し訳ないことをしてしまったが、案外いいやつなのかもしれないと思った。こんな時間まで、俺が起きるのを待たずに自分だけ帰ればいいのに…辺りはより一層暗くなり、風も強くなり始めた。
俺も早く帰ろうと立ち上がり、元来た道を戻ろうと思ったが…
「どこが道だ…?」
銀杏が帰るときについていけばよかった。心底そう思った。
拝啓 弟へ、兄さんはやっぱりダメかもしれません。