鳥のさえずりが聞こえる。ちゅんちゅんと鳴いているのはスズメだろうか。
そんなことをたった今起きたばかりの脳で考える。
重いまぶたをゆっくり開けると目の前に顔が現れた。
「兄さん、おはよう。」
「
弟の四季が顔を覗き込む。相変わらずの美形だ。まつげも長く、顔の比率も黄金比並みだ。おまけにさらさらストレートの黒髪。さすがゲームの主人公だ。
なんでそんなことを知ってるかって?勘のいい人なら分かるだろう。そうです。俺は転生者というやつです。
元の世界で姉がハマっていたBLゲーム「御曹司に恋して」の世界にひょんなことから主人公の兄である
「御曹司に恋して」というタイトルどおり御曹司と恋をするBLゲームだ。
佐倉家に養子として育った主人公がゲームの舞台である金持ち学園で恋愛をするだけのゲーム。
別に俺は腐男子ではないので姉からあれこれ言われても興味が湧かずに聞き流していた。
思い出したのは六歳の時、父が主人公である四季を家に連れてきた時だ。
佐倉という財閥と弟になった四季を見て「なんか全部聞いたことあるんだよなぁ・・」とのんきに考えていた。
その時、姉の姿と声が脳内で再生された。
「四季君!!幼少期が可愛すぎる!!!これは見ないと損よ。弟よ。」
「ふーん・・・」
「ほら!!可愛いでしょ!!これがあんなイケメンになると思うと興奮するわ。」
姉はいつもそんなことを言っていたっけなぁ・・・まあ、そんなこんなで思い出してしまったのだ。
それでも特に内容とか知らないし、誰が恋愛対象とか自分の役割とか全く分からない。
なので、自分勝手に生きることにした。普通に弟が出来たのは嬉しかったし、何より金持ちの家に生まれたのだ。
楽しまなきゃ損だろう。
子供頃の四季はとても人見知りをする子だった。俺が本を読んでいるときは俺から話しかけないとずっとこちらを見てくるだけだった。
「・・・」
「・・・四季。どうしたのこっちにおいでよ。」
「え・・あの・・ごめんなさいっ!邪魔するつもりはなくて・・」
「・・邪魔なんてしてないよ。おいで。」
「・・っ。」
俺が手招きするともじもじと近づいて俺が手に持っていた本を覗き込んだ。
四季は俺の一つ下、五歳だ。四季の両親は俺の両親の執事とメイドだった。しかし、四季が三歳の時に事故で他界してしまった。親戚の家を転々としているところを俺の両親が養子として引き取った。親戚の家でいろいろあったのだろう。四季は五歳なのに基本敬語だった。
人の顔をうかがって迷惑をかけないことに徹しているようだった。
「…これは何の本・・ですか?」
「シェイクスピアのロミオとジュリエットってやつ。」
「へぇ…面白い…ですか?」
「気になるならこの本、四季にあげるよ。俺、これ読むの三回目だし。もう内容ほとんど頭に入ってるから。」
「いいの?!」
「うん。読んだら感想聞かせてよ。」
「あ、ありがとう…ございます…!」
四季と徐々にだが距離を縮めていった。
その努力のおかげか敬語も外れてきて「お兄ちゃん」なんて呼んでくれるようになった。
そんな日々が懐かしいなぁ…
「兄さん。早く起きないと母さんに叱られるよ。」
「…ん~。もうちょっとだけだよ…」
「兄さん…」
「…あ、四季も一緒に寝る?」
「……」
「はは、冗談じゃん。…起きるよ。」
今は「兄さん」と呼んでくるから少し寂しくなってしまう。けど、俺のことを何かと気にかけてくれる優しい弟だ。
「今日から寮での生活っていうのに・・・俺、心配だよ。」
「・・・まあ、大丈夫だろ。」
そう、俺は今日から高校一年生。
「御曹司に恋して」の舞台「星城
星城学園は全寮制の学校なので入学式を終えたら、家族と別れて寮での生活になる。荷物などは事前にメイドたちが運んでくれるのでとても楽だ。
さすが御曹司といったところだな。
「それに兄さんは流されやすいから変な奴らに騙されないか不安だよ。」
「はは、心配しすぎだよ。
「それが心配なんだよ…」
「なんだそれ(笑)」
夏樹は小学校からの幼馴染だ。四季とは違うタイプの美形だったな。
四季を口下手なツンデレタイプだとすると夏樹はクラスの盛り上げ担当の陽キャタイプだな。
夏樹は緑川家の次男でスポーツ万能、将来の夢はサッカー選手とか言っていたなぁ。
そんな夏樹は星城学園のスポーツ特進クラスに入学した。ということで俺とは小中高ずっと一緒だ。
まあ、クラスが違うからずっと一緒ということはないだろうが、両親同士も仲がいいので食事会で頻繁に会うだろう。
そんなことを考えながら入学式の準備を着々と進める。そして、わが家を旅立つときがきた。
入学式には父も母も参加はしない。星城学園の生徒の親たちは社長やらなんやらでほとんどの親は参加しない。なので両親とも四季とも夏休みまでさよならだ。
「一、体調には気を付けてね。あなたは自分に対する興味が薄いようだから心配だわ。」
「そうだな。何かあったらすぐに連絡しなさい。」
「うん、分かったよ。父さん、母さん。ありがとう。」
「・・・兄さん、夏休みは絶対に帰ってきてね。」
四季はそういうと俺に抱き着いてきた。
中学に入ってからは四季に甘えられることが減ってきていたのが寂しかった。
四季も大人になっていくんだと思ったが、やっぱりまだ子供だな。
「うん、必ず帰るよ。」
俺は車に乗り込んで星城学園へ出発した。
兄さんが行ってしまった。
「河野。」
「はい、四季坊ちゃん。」
「ぬいぐるみ、兄さんの荷物に入れた?」
「はい、手紙と共に。」
「そ、ありがと。」
兄さん。僕の兄さん。僕だけの兄さん。あんな獣だらけの学校に…早く、早く帰ってきて。
兄さんは鈍感すぎるんだ。教師にセクハラまがいなことをされても「考えすぎだよ」なんていうし。
夏樹の野郎にべたべたと触られても「友達だから」なんて笑ってるし・・・はあ、変な虫がつかないように俺が四六時中見張っていたい。俺がいないとダメな体にしたい・・・・
ああ兄さん。
兄さん。
兄さん。
とりあえず、カメラ付きのぬいぐるみは荷物にいれたし、スマホにはGPSのアプリも入れた。
悟られないように少しずつ物を送ったりして完全に部屋を監視できるようにしないと。盗聴器もいずれは…
一年間…一年たったら俺も学園に入れる。そうしたら兄さんの傍にいられる。
それまで兄さんに変な虫どもがたからないようにしないと…。
俺が…。
さすがお金持ち学校の星城学園というべきだろうか。校門から生徒玄関まで桜並木が続き、真っ白な校舎に大きめの噴水と池。
車から降りて校門から歩く。満開の桜につい目が行ってしまう。風も少し吹いているので花弁が舞っている。
ゲームの世界だからすごいのか、この学園がすごいのか。
どちらにせよ、圧巻の景色に変わりはなかった。
この学園で弟は運命の出会いを果たすのだろう。まあ、弟が入るのは来年だしそれまでは何も起きないだろう。
そういえばこのゲームのストーリーはどういうものなのだろうけど。
姉の話を必死に思い出してみても何も思い出せない。
主人公がいて、攻略キャラがいて、ライバルがいて……まあ俺には関係ないことだろうな。
姉から主人公の兄の話なんて聞いたことがない気がする。俺が聞き流してなければだが。
そんなことを考えていると結構強い風が吹いてきた。桜の木々もざわざわと音を立てている。
「うわっ、4月だからか?風が強いな・・」
せっかく整えた髪が横風で目の前に現れる。
ぎゅっと目をつぶっていると、風が少し弱まった気がした。目を開けると左横に見たことある顔が見えた。
「夏樹。」
「おはよ!はじめ!」
幼馴染の夏樹が風を遮るように立っていた。
俺は身長173㎝、夏樹は182㎝。サッカーで鍛えられた体は風を遮れるくらいには大きい。
スポーツバッグを肩にかけている。
「おはよ、入学式しかないのに何でそのバッグ?」
「なんとなく!」
「まあ、夏樹はいつもそのバッグだから違和感はないけど。」
話しながら二人で校舎に向かう。
教室はすでに掲示されており、俺と夏樹はそれぞれの教室に向かった。
「はじめは何組だっけ?A?B?」
「B組。成績いいわけじゃないから。夏樹はスポーツ科だからD組だろ。」
「そ、…なあ後で部屋に遊びに行っていい?」
「入学式終わったら?別にいいけど。」
「よっしゃー。久しぶりに二人だけで遊ぼうぜ。」
「そんなに久しぶりだっけ?」
「いやめっちゃ久しぶりよ!?ずっと四季がお前に付きっきりだったじゃん。」
「あー、そうだっけ。」
「そうだよ。」
夏樹に言われ思い返してみると確かに、夏樹が家に来ると四季は俺の隣にいたな。
夏樹と外で遊ぶ時も偶然出かけていた四季に出会って三人で遊んでいたし…。
「…確かに夏樹と二人は久しぶりだな。」
「カードゲーム持ってきたからやろうぜ。」
「うん、いいよ。ボコボコにしてあげるよ。」
「はじめ俺にゲーム勝てたことないじゃん(笑)。」
「最近は四季とやってたんだ。寮生活になると会えなくなるからって。」
「へぇ~…じゃあ期待しとこ!」
そういって夏樹はD組の教室に入っていった。
学園はABCDFEの5組に分かれている。A組B組C組が普通科の生徒で成績によって分けられている。D組がスポーツ科の生徒。F組が音楽・美術科の生徒。E組が国際科の生徒と分けられている。
夏樹はスポーツ科のD組、俺は普通科のB組。
俺の成績は良くも悪くもないだろう。前世でも勉強はまあまあな成績だったし、今世は家柄のこともありそれなりに頑張ったが結局普通だったようだ。
教室に入ると黒板に席が書かれている紙が貼られていた。とくに名簿順などになっているわけではなかった。
俺の席は窓側の前から三番目。
窓からは庭なのか、森なのかわからないが自然が広がっていた。ここは二階なので地面が少し見える。
席に座ろうとした時、その庭のようなところに人がいることに気づいた。少し開けたところに花が咲いており、その花をその人は眺めていた。
「(あそこ行けるんだ、今度行ってみよ。)」
その人のことを見てそんなことを考えていた。その時、花を眺めていた人がこちらを見た。その人と目が合った。男子の制服なので男なのだろう。
白銀の短髪に眠たそうな顔をしている異国の王子のような人だった。多分国際科の留学生なのだろう。
いや、ここはゲームの世界だから日本人ということもあるのか…まあ関係ないかとその人に会釈をして自分の席に座る。
チャイムが鳴り、担任が教室に入ってきた。
そして体育館に行き、入学式が始まった。
入学式が終わるとそのあとは自由行動になった。
学園内を探検する人、寮に戻る人、さっそくできた友達と談話をする人など人それぞれの行動を取る。
俺はというと夏樹との約束もあるの寮の自分の部屋に戻った。
部屋にはすでに使用人たちが準備したベッドや机、本棚などが揃っていた。組み立てから配置までしてもらったので俺がすることといえば…何もない。
「…夏樹が来るまで休むか。…ん?」
ベッドの方を見るとクマのぬいぐるみと封筒が置いてあった。封筒の中を見ると手紙が入っていた。
父と母、そして弟の四季からの言葉が綴られていた。ぬいぐるみはプレゼントらしい。
男子高校生にクマのぬいぐるみ・・・・母さんチョイスだろう。それでも少しあたたかい気持ちになった。
すると部屋の扉がノックされた。開けると夏樹がいた。
「おっす。お邪魔しまーす。」
「早かったな。」
「着替えて速攻できた。」
「あ、俺も着替えたい。座ってて、着替えてくる。」
「おー…」
夏樹が扉を閉めたのを確認して、ブレザーとYシャツを脱ぐ。
その後ろに夏樹が近づいていたが、俺はそれに気づかなかった。
すーーっ
「うわっ!!」
夏樹は俺の背中に指を上から下に滑らせていた。
それに驚いて大きな声が出てしまった。
「なにすんだよ・・・」
「相変わらず背中弱いよな(笑)」
「こんにゃろ~・・おら!」
「うわっ(笑)!脇腹はやめろよ(笑)」
「あははっ仕返しだ!」
俺は背中の仕返しに夏樹の両脇腹を掴んだ。夏樹は昔から脇腹が弱い、一方俺は背中を触られるのが弱かった。
昔からお互いに突きあっていたなぁと思い出した。そのたびに四季が俺と夏樹を引きはがしていたことも。
夏樹の脇腹をこちょこちょするとその手を剝がそうと手を掴んできた。そして俺の背中を触ろうとする。
2人で結構部屋の中を暴れたと思う。暴れすぎて2人して床に倒れこんだ。
「あははっ!はーっもういい加減にしろよ(笑)」
俺が下敷きになる形で倒れこんだ。はたから見れば床ドンというやつなのだろう。
夏樹の顔が近くにあることに気づいた。
「あー、笑い疲れた・・・夏樹?」
「…あー……」
「え、なに?どうしたの?」
「…はじめ、俺さ…」
「…?」
プルルルル、プルルルル、プルルルル…
夏樹が何か言おうとしたその時、突然着信音がなった。
夏樹の顔はいつもより真面目な顔をしていた。しかし、着信音は鳴り続けているので退いてもらわなにと困る。
「夏樹?どいて、電話出ないと。」
「あ、ああそうだな。ごめんごめん(笑)」
夏樹は俺から離れ、鳴っている俺のスマホを取ってくれた。スマホを見て少し固まったがすぐに渡してくれた。
「四季からだな。」
「え、四季?」
スマホを受け取り電話に出る。
「もしもし四季?」
『兄さん今、大丈夫?』
「うん?うん、大丈夫だよ。どうしたの?」
『いや、入学式どうだったのかなって思って・・』
「ああ、案外普通だったよ。校長の話が長かったくらい。」
『そっか、それは嫌だなぁ。あ、手紙気づいてくれた?』
「うん、読んだありがとう。すごく嬉しかった。」
『ぬいぐるみ、母さんと僕で選んだんだ。』
「そうなんだ。」
『本当は腕時計とかがいいんじゃないかって言ったんだけど、母さんがそのぬいぐるみ気に入っちゃて。』
「母さんらしいな。」
『うん。机の上とかに置いてよ。そんなに大きくないし邪魔にはならないと思うから。』
「分かった、そうするよ。」
『うん…兄さん、また電話かけてもいい?』
「全然かまわないよ。」
『ありがとう…じゃあもう切るよ、またね。』
「うん、また。」
電話を切ると、夏樹がローテーブルにトランプを並べていた。
「…そういえば何のゲームするの?」
「トランプタワー…作らね?」
「…あ、対戦系じゃないんだ。」
「いや、二人でできるもの限られてるよなーって思って。」
「確かにそうだけど…真剣衰弱とかあるじゃん。」
「それははじめのほうが得意じゃん。」
「そうだね。」
「いろんなカードゲーム入れてたはずなんだけど、多分母さんに抜かれた。」
「まあ、学生の本文は勉強だし…スポーツ科といっても授業はあるしね。」
俺はベッドにある手紙とぬいぐるみを机の上に移動させる。手紙は引き出しの中に、クマのぬいぐるみは机の上に飾った。
「それ…四季から?」
「皆からかな。ぬいぐるみは母さんが選んだらしいけど。」
「そうなんだ…」
「そういえば、さっき何言おうとしたの?」
「え、ああ…いや別に気にしなくて大丈夫だよ!」
「あ、そう?」
「そんなことより!早くトランプタワー作ろうぜ!」
「せっかくだから対決形式にしようよ。どっちが早く作れるか勝負しよ。」
「お、いいぜ。」
それから夕食の時間まで俺と夏樹のトランプタワー勝負は続いた。夕食も夏樹と食べたが、学食のレベルを超えた食事が出てきて少し驚いた。
そのあとは夏樹も自分の部屋に戻るというので俺も部屋に戻ることにした。
「ねぇ、B組の佐倉君だよね?」
部屋まで歩いていると後ろから声をかけられた。
振り返るとピンクっぽい色のふわふわしている髪の毛を揺らす男子生徒がいた。
「そう、だけど。」
「あ、やっぱり?僕、君の隣の席の
「あ、ごめん。覚えてなかった。」
「だよね~。別に気にしてないから大丈夫だよ~。」
「え、なにか用だった?」
「ううん。見かけたから声かけただけ。」
「あ、そう。」
「うん。」
「…」
「……」
三澄は何も話さず、ずっと笑顔だった。三澄の身長は俺よりも低く、顔は男というより女子のように可愛らしい。
しかし、この時間は気まずい。
「…あの、用無いならもう行ってもいい?」
「部屋、僕も入ってもいい?」
「え、なんで。」
「仲良くなりたいから?」
「…部屋、人に見せれるほど綺麗にしてないから無理かな。」
「じゃあ明日行ってもいい?」
「…明日も片付いてないから無理かな。」
「えーー、でも話、聞きたくない?」
「話?なんの?ごめんもう行くから…」
「このゲームの世界の話。」
部屋に戻ろうと振り返ろうした体を止める。
今、ゲームと言った?聞き間違い?俺は混乱した。
三澄の顔はさっきから変わらない笑顔のままだ。シンプルに怪しい。
俺は三澄の顔を睨みつけた。
「そんなに警戒しないでよ。僕も君と同じだって言いたかっただけだから。」
「…そういうこと。」
「ねえ、部屋入っていい?」
三澄は俺の顔を覗き込む。にまにまと笑っている。
俺はため息をついて返事をした。
「はあ・・いいよ。」
なんだか負けた気がするのは気のせいだろうか…
「あんまり綺麗じゃないけど」
「うわ~…ソンナコトナイヨー」
「…ごめん、友達とトランプタワーしてたんだ」
夏樹と遊んでいたトランプは部屋の扉の足元まで散らばっていた。今までは使用人たちと一緒に片付けていたから、一人で片付けるのが億劫になっていたのだ。
とりあえず、ソファーの上にあるトランプだけ片付けた。そのソファーに三澄が座った。
俺もどこか座るところを探したが、三澄の隣しか空いていなかったので仕方なく隣に座る。
「で、三澄も転生したってことでいいんだよね?」
「うん、『僕、車に轢かれて死んだんだ!』って急に思い出したんだよね。」
「へえ…じゃあ俺も死んだのか。」
「…覚えてないの?」
「うん、五歳くらいの時に思い出した。」
「え!早いね!俺は高校上がる前だよ?」
それからいろんなことを二人で話した。前世はどこに住んでたとか、好きだったバンドとか・・・
そして、このゲームのストリーや攻略キャラなど。夏樹や三澄は主人公が攻略するキャラクターだった。主人公の先輩キャラとして登場するらしい。
他にも生徒会や留学生などいろいろな対象キャラクターがいた。
「ちなみに、はじめは主人公を無視し続ける少し意地悪なお兄ちゃんだよ。」
「無視?なんで無視するの?」
「主人公は頭がいいんだよ。兄よりも出来る奴だから父親からもたくさん褒められる。それに嫉妬してるんだ」
「あー、なるほど。でもなんで無視?」
「顔を見るだけでも嫌なんでしょ。自分は褒められないのに弟は褒められることが耐えられなかったんだよ。弟を居ないものとして扱えば少しは気が楽になるとかじゃない?」
「…」
「弟なんていない。父は弟より出来が悪いから褒めないんじゃなくて、自分の努力が足りないから褒めないんだって自己暗示をかけてのかなって僕は思ってたけど」
「なんか悲しい話だね」
「ふふ、そうかもね。兄と仲良くなろうとするけど無視される。そんな主人公を心配して夏樹君は気にかけ始めるんだよ」
「なるほど・・・」
父親に褒められることで自信を取り戻したのだろう。それで兄とも親しくなろうと近づくが無視される…四季は結構苦労人だったようだ。
その傷を癒すかのように大恋愛をするのか。
「まあ、君は弟に嫉妬とか弟を無視するとかはしてないよね?」
「そりゃあ、そんなことしてないよ」
「じゃあまず基本のストーリーは展開されないだろうね」
「だろうね。俺は好きに生きるよ。四季がどんな恋愛しようと口出すことはないしね」
ここで急に俺がストーリーの通りに振舞ったとしても、元のストーリーに戻ることはないだろうし。
なによりキャラクターを演じるとかめんどくさい。
「僕も好きに生きるよ。せっかくこのゲームの世界に転生したんだから推しに猛アタックするんだ♪」
三澄は拳を握りしめ天井に向けて高く掲げた。
「推し?あぁ、好きなキャラ的なやつ?」
「そ!僕は推しと結ばれたいんだ~」
「ふーん、よくわからないけど頑張って」
「うん!絶対僕のものにするよ!」
そう言って笑う三澄の顔が幼く見えた。
ゲームの世界のキャラに転生しても役割をまっとうしていなかったことに少し罪悪感があった。
しかし、俺と同じ状況の三澄も好きに生きると聞いて心が軽くなった。
ふと時計を見ると23時を回ろうとしていた。
「三澄、もう23時になるよ。出歩けなくなっちゃうから早く部屋に戻った方がいいよ」
「あ、本当だ。えー…もっと話したかったぁ」
「明日も教室で会えるよ」
「そうだけど…あ!佐倉君、今日部屋に泊めてよ♪」
三澄は俺の顔を覗き込んだ。両手を口元に持っていき上目遣いをしている。
「いや今日はじめましてなのに泊まるって…」
「あはは、冗談だよぉ」
「はいはい、大人しく帰って」
俺はソファから立ち上がりドアの方に歩いた。
三澄も嫌々ながらもソファから立ち上がり、歩いた。
「あーじゃあさ…」
「今度は何?」
俺が振り返ると三澄の顔がすぐ近くにあった。三澄は俺の左肩から顔を覗かせていた。
「名前、三澄じゃなくて春人って呼んでよ。俺もはじめって呼ぶからさ。」
「…え、ああ別にいいけど。」
「やった。じゃあ、おやすみはじめ♪」
「…おやすみ春人」
春人はルンルンで俺の部屋から出て行った。
それにしても入学式が無事に終わってよかった。夏樹とは久しぶりに遊べたし。同じ境遇の人にも会えて、このゲームのことも知れた。
今日は良く眠れそうだ。
「はあぁぁぁぁ♡俺の推し最高。近くで見ても可愛すぎる…」
自分の部屋に戻り、顔が緩む。
俺の推し・・・・
今は転生して佐倉一の体に転生した唯人くん。交通事故で死んじゃった唯人くん。
唯人くんは俺のバイト先によく来ていたお客さんだった。それ以外の接点はなかったけど唯人くんのしゃべり方やしぐさのすべてが好きだった。
唯人くんが来てくれるだけで俺はバイトを頑張れた。
でもある日、ニュースで唯人くんが交通事故で死んだことを知った。悲しくて悲しくて何も喉を通らず、数日が過ぎたら・・・死んでいたらしい。
ということを、入学式に佐倉一を見て思い出した。
その時は唯人くんが転生してるなんて分からなかった。でも、明らかにゲームの佐倉一ではないことには気づいた。
最初は、ただ俺と同じ転生者という事実に喜んだ。
しかし、話していくうちに唯人くんだということに気づいたんだ。
しゃべり方、しぐさ・・・すべてが唯人くんそのものだった。住んでた街の名前も唯人くんがいた場所だし、よく行く店の名前も俺のバイト先だったところだ。
前世では唯人くんに想いを伝えることができなかった…
だから、今世では唯人くんと青春ストーリーを送るんだ!!!
入学式に思い出してよかった。思い出すまでの俺は、いわば陽キャだった。顔面は可愛い弟系男子といったところで、この性格を持っていなければ、まず人に話しかけることすら怪しい。
あ~~~今までの俺ありがと!!!
これからが勝負だ。唯人くん改めはじめくん。
僕は君を手に入れたいんだ。そのために頑張るからね。