恋人として初めての行為は、完遂とはいかなかった。男が男を受け入れるには特別な訓練が必要だと僕は思い知らされる。完全に知識不足で申し訳なかったけれど、暁斗は擬似的な方法で僕と身体を重ねた。それだって未知の経験で、想像以上のことだ。
行為が終わってぼんやりしていると、仰向けに転がされる。僕の顔は見られたものじゃないほどひどいことになっているはずだが、暁斗の男らしい顔は幸せそうに口角を上げていた。
(くそ、好きすぎる。こんな顔してくれるなら、最後までやりたいって思ってしまう……)
「先輩、
「ん……」
最高に幸福な瞬間だと思った。褒められたことで頭がぽわぽわとして、ただ暁斗の顔を見てしまう。
汗の滲んだ額、潤む瞳。こんなの女じゃなくても惚れるに決まってる。
太くて張りのある首筋から、肩へのライン。惚れ惚れするほど隅まで完璧だと考えていたとき、気づいてしまった。
「あ……あきと、それ……」
肩と二の腕に走る、白い傷痕。僕を守ったときにつけられたナイフの切り傷だ。
僕はおそるおそる指で辿る。こんな……傷が残ってしまった。
「ん? これは俺の勲章です」
「ごめん……」
「だーかーら! 勲章だって、言ってるでしょ? たいして目立たないし、俺は先輩を守れたんだーって見るたびに思えるから嬉しいんです」
ありがとう、と喉を震わせた音は言葉にならなかった。首筋に抱きついて、すんすん甘える。
かつて守られたいなんて思っていないと怒ってしまったこともあるけれど、実際何度も守られ、救われて……我ながらひどいことを言ったものだ。
胸がいっぱいで、息苦しいくらいだった。言葉にできないたくさんの思いを、たった一言に託す。
「……すき」
「え!?」
小さな声は間違いなく届いた。ガバッと身を起こした暁斗が、まじまじと僕の顔を見ている。
真っ赤になっているに違いない。心のなかだけで何度もくり返した言葉を、初めてちゃんと伝えたのだから。
別に、もう分かりきっていることだし。今さら……肌まで重ねておいて、驚くことでも喜ぶことでもあるまいに。
「……おい」
「っ、すみません……」
むくむくと力を取り戻したものが当たっている。別にロマンチックさを求めているわけじゃないけど、こんなわかりやすい反応あるか?
初めての疑似セックスでへとへとになっていた僕は、ぴく、と自分のものが反応しかけたことに気づかないまま声を上げた。
「もう……もう、無理だからな!」
「だってかわいいんですもん! お願い、もうちょっとだけ、付き合ってください……」
「待てって……! ――あっ」
◇
雪こそ積もっていないが、薄く氷の張る地面を慎重に踏みしめる。吐く息も白く凍りつくような朝だった。
バスから降りると、さまざまな制服の学生がそこかしこにいた。もちろん同級生の姿もある。市内の大学が試験会場になっていて、複数の高校の受験生がここに集まっているのだ。
僕の学校の教師こそいないが、どこかの私立高校の教師や、進学塾の講師が生徒を最後の励ましに来ている。肩をバンバン叩かれる男子高校生を横目に見ながら、まっすぐと試験会場になっている校舎へと足を向けた。
いくら応援されたって、試験を受けるときはみんなひとりで戦うのだ。わかっていても、緊張で手が冷たい。
「――朔先輩」
唐突だった。馴染みのありすぎる声が聞こえて、空耳かと思う。
(まさか、こんなところにいるはずない)
今朝のメッセージだって普通だった。けど……無視してそのまま歩くことなんてできずに、僕は振り向く。
「暁斗……。聞いてないぞ」
「えへ、サプライズです!」
でかい男がニコニコとしながら僕の目の前に立つ。なんか、褒められるのを待つ犬みたいだな……
人目を避けるよう通路から外れたところに移動して、ちょっと背伸びする。休日らしい、ワックスで固められていない髪をわしゃわしゃと撫でてやった。
冬の澄んだ日差しで、キャラメルみたいな色に透けている。
まさか外で僕が触れてくるとは思っていなかったのだろう。ポカンとしているのがちょっと間抜けだ。かわいくて、癒やされた。
「お前の顔見たら緊張もぶっ飛んだ」
「それはよかったです。これ、お守り。応援してますからね!」
お守りといえば鞄につけているお揃いのものだ。しかし暁斗に手渡されたのは――使い捨てカイロだった。もうあたたかい。
車に親を待たせているという暁斗と別れて、もう一度校舎へと向かった。
じんわりと沁み入るような幸せを胸に抱えて歩く。今日はがんばれそうだ。