目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第42話

 年末年始はハワイへ行くのが風谷家の定番らしい。今回は暁斗の不調で断念していたけど、退院して元気になったので急遽行くことにしたという。

 弟はついて行っているものの、当の暁斗は高校に入ってから辞退している。思春期特有の「家族旅行なんて恥ずかしいし、友だちと遊んでいる方がいい」という理由だ。


「今年は朔先輩と会えたし、来年は受験本番ですからね。家にひとりのほうが勉強にも集中できるから、ありがたいです」

「そ、そうか……」


 この家に来たのは二度目になるけど、家の中に入るのは初めてだ。外観に違わず広いし、内装はちょっと無機質な感じがとことんおしゃれで無駄に緊張する。いつかテレビで見たデザイナーズ物件っぽい。


「緊張してます? いまお茶持ってくるんで、くつろいでいてください」


 僕とは対称的に、リラックスした口調で案内されたのは暁斗の部屋だ。室内はあまり寒いと感じなかったけど、すぐにエアコンをつけて暁斗は部屋をでていく。


(暁斗の匂いがする……)


 いつも使っている香水なのか、ほのかに感じるのはグレープフルーツのような柑橘系の香り。なんだかそれだけでちょっと力が抜けて、ようやく僕は手に持っていた上着を部屋のすみに置いた。


 所在なく立ち部屋を見渡すと、家具こそシンプルでおしゃれな感じだが引くほど広いわけでもない。ベッドの上のくしゃっとした毛布や広がったままの参考書に生活感がある。


 座面の低いソファと、フットレストか? グレーがかった水色で、座布団にしては分厚く座りごこちの良さそうなクッションが置いてある。もちもちした見た目が気になって近寄れば、まったく皺や汚れもなく新品に見えた。

 つん、と指先で感触を確かめようとしたとき、暁斗がもどってきた。


「お待たせしました〜。あ、座っててよかったのに」

「いい匂い……お茶か?」

「ほうじ茶にしてみました」


 僕のイメージするほうじ茶とは一線を画すほど、芳ばしい香りがする。暁斗はテーブルにそれを置きながらソファに座り、ポンと横の座面をたたく。

 視線をうろうろさせて、それでも僕は吸い寄せられるように腰かけた。普段ひとりで使っているなら広いだろうソファも、ふたりだとくっついてしまうほど狭い。


 身体の右側から体温が滲む気がする。暁斗との接触面から意識を逸らすため、湯気の立ちのぼるマグカップからほうじ茶をひとくち飲んだ。

 その香り高さにびっくりしたものの、馴染みのある味と喉を伝っていくあたたかさに安堵してふぅっと息が漏れた。


「……おいしい」

「身体冷えてません? 大丈夫ですか?」

「……うん、ありがと」

「!!!」


 マグカップを置いて、身体から力を抜く。右に体重をあずけ肩に頭を乗せると、ビクゥッとらしからぬ動きで肩が揺れた。


「え。あ。え……先輩?」

「なんだよ」


 こっちだって心臓が飛び出しそうなほどバクバクしているが、くっついてしまうと離れがたいほど心地がいい。もう試験が終わるまでは会えないし……いまは、誰も見ていないから。


「はー、まじか……たまんねー」


 そうっと背中に腕がまわってきて、優しく支えられる。暁斗が妙に緊張している感じなのが不思議だ。


(お前ぜったい童貞じゃないだろ……)


 いきなり家に来ることになったときは驚いたけど、僕はそれなりの覚悟をもってここにいる。暁斗に求められたら、応えてやるくらいの覚悟を。


「なぁ、プレイしないのか……?」

「あっ。そうでしたね! しましょうか遅くなる前に!」


 これからなにが起こるとしても、グレアとコマンドで正体を失っていたほうが素直に動けるはず。僕には流れとかわからないし、命令されたほうがいい。

 暁斗ならぜったいに無理な命令をしないとわかっているからこそ、そう思えるのだ。


(暁斗以上に信用できるやつなんて、いねーし……ほんと……好き)


 いつ見ても完璧な顔を見つめていると、間近にある身体からグレアが発せられるのを感じた。ひくと腰が震え、「あ……」と目が合う。

 射抜かれて、視線が外せない。形のいい唇から命令が発せられる。


「先輩、立ってくださStand upい」


 浴びているだけで気持ちのいいグレアを感じながら、僕の身体は命令どおりに動く。ソファに腰掛けたままの暁斗は、目の前に立った僕に「脱いでStrip」とすぐに言った。

 久しぶりのことに、羞恥でどうにかなりそうだ。とはいえ音を上げるつもりはない。かつてプレイバーで何度もやったことだし。


 夏と比べて、脱ぐ服の厚みと枚数が違う。一枚服を取り払うごとに心許ない気持ちになり、上をすべて脱いでしまうとざぁっと肌が粟立った。


「寒くないですか?」

「ん、大丈夫……」


 部屋は十分にあたたかく、興奮して熱いくらいだ。暁斗の気遣いにまた勇気をもらい、ズボンを下ろす。下着はさすがに……いや、どうしよう。

 とりあえず靴下を脱ごうと身を屈めると、「それでいいですよ」と声がかかる。


「朔先輩、ここに跪いてKneelください」


 ここ、と指されたのは部屋に入ったときから気になっていた新品のクッションだった。暁斗の足元に置かれているその上で、正座を崩したいつもの姿勢をとる。


「ふぁ……」


 想像以上にもちっとした生地に思わず感嘆の声が出る。嬉しそうな声が上から降ってきた。


「よくできましGood boyた。偉いですね、先輩」

「んへへ」


 頭を撫でられて、恍惚としてしまう。なんて居心地のいい場所だろう。


「このために買ったんです。かわいー……」

「ん……」


 まるっこいクッションが可愛いのか? 小さな疑問符は、頭にあった手が頬に添えられ、暁斗が急に目の前でしゃがみ込んだことで飛んで行った。

 息が当たるほど近い。目尻を赤くして、「キス、していいですか?」と訊かれた。


「コマンド、ちょうだい……」

キスKissください……」


 どっちが命令しているのかわからない。コマンドが出た瞬間、僕は暁斗の唇を奪った。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?