「お二人、いつの間にそんな仲良くなったの?」
「えっ……そう見えますか?」
「別に仲良くない」
眼鏡を外して出てきた僕を見て、風谷と話していた雪さんが楽しそうに訊く。なぜか照れた風谷をよそに、僕はそっけなく否定する。
それ以上なにか言われるのが小っ恥ずかしくて、さっそく風谷をプレイルームに誘った。
「かざ……アキ、行こう」
「っ、先輩!」
「ウケる。そこはアキくんもあだ名で呼んであげなよー」
ここでのあだ名を呼んだだけで深い意味はないのに、風谷はぱぁっと嬉しそうに顔を綻ばせる。そんな喜ばなくても……友だちにも呼ばれてる名前だろ?
雪さんに指摘された風谷が「……サク?」と呟いて「カイだよ」と教えられている。そもそもすぐ二人きりになるので、あだ名を呼ぶ必要はほぼないと言っていい。
僕は風谷を連れて、使う部屋を知らせるように番号が明滅しているプレイルームに向かった。
プレイルームはどの部屋も同じような構造だ。それでも、目に入ったソファがこの前と色も形も違ったことに安心してしまう。あれから何度も思い返してしまって、悶えるばかりだったのだ。
「カイ、さん?」
「朔でいーよ、プレイの時は」
「えー……じゃあやっぱ、朔先輩で……」
知らない人とプレイするときはカイとしか呼ばれないけど、風谷にはちゃんと名前で呼ばれたい。結局いつもどおりの呼び方になった。
『先輩』と呼びながら命令されることとか、そもそも風谷がプレイのときだけ命令口調になることとか、ぶっちゃけ全てが興奮を煽ることに自分でも気づいている。それを敢えて口にすることはない。
まだ始まっていないのに、期待で心臓がトクトクと音を立てた。
「セーフワードはどうしますか?」
「真面目?」
すぐに口をついて出てくる言葉なら、セーフワードはなんでもいい。僕はよく考えもせず、この前決めた言葉を口にした。
風谷はあははっと笑う。こいつは外で会うと印象がぜんぜん違う。いままでの邂逅がすべて特殊な状況だったのもあるけど、こんなによく笑うやつだったのか……と驚く。同時に、心臓をぎゅっと掴まれたような心地になった。
「我ながらひどいと思ってたんですよそれ」
「まぁいいだろ。なぁ早く、しよーぜ」
「っ……」
この部屋に入ったときから……いや、風谷に会ったときから、期待で身体が疼いていた。Subの本能は本当に厄介だ。
煩わしいと感じる反面、DomやSubというダイナミクスを持つ人にしか分からないプレイ中の幸福感や達成感、それに……例えようのない興奮は、一度経験してしまうと捨てがたい。
自分がただの変態なのではないかという疑問は、すべてダイナミクスのせいにさせてもらう。こんな一面、他の誰にも見せなければいいだけだ。
「朔先輩。――
ふわ、とグレアに包まれ、命令に身体の力が抜ける。正面から風谷が僕を見下ろしていた。
ごちゃごちゃ考えていた頭の中がまっさらになっていく。この前教えられた体勢で跪き、高いところにある顔を見上げた。その目にも興奮の熱が灯っていることに気づき、腰がひくりと震えた。
◇
「朔せんぱい。せんぱーい? おーい、朔」
「ん……?」
「やべっ。……起きてます? 身体の調子はどうですか」
気づけば自分がソファに座って、足元から風谷が見上げていた。徐々に記憶が戻ってくる。
「ぼく……寝てた? ごめん」
「いや謝らないで下さい! 一瞬ですよ? あとどっちかというと、眠そうにぼーっとしてる感じでした」
僕は頭を抱えたくなった。寝ていたことにではない。いまは服を着ているけど……記憶はきっちりと残っている。
この前みたいなちょっと進んだプレイをして、たくさん褒めてもらって、撫でて甘やかしてもらって……ぼうっとしたまま服を着せられて。それでいまに至る。
「えっと……調子はいい。めちゃくちゃいい。アキは……どうだ?」
「よかった! 俺も絶好調っすね。しばらく薬はいらなそうです。ありがとうございます、先輩」
この反応は……今日のプレイも風谷的にアウトではなかったようだ。喜んでアレをやっているとすれば、やはりこいつもDomなんだなと納得せざるを得ない。
いまは決して俺に触れない距離で、先輩後輩という態度を貫いている。まだ自分にプレイの影響が残っているのか、そんなことが少し寂しかった。
「お前、薬飲んでんの? プレイの頻度増やしたほうがいいか?」
「いいですって! なんか周期とかなく、まだ安定してないみたいなんですよねー。先輩の方が忙しいだろうし、わざわざここへ来るのも大変だし……」
ダイナミクスの持つ本能の強さとか、影響の受けやすさは人によって大きく異なる。ランクもあると聞くし、風谷は上位のDomなのかもしれない。
「無理すんなよ。軽いプレイでいいなら学校でやればいいだろ」
「え。学校……って……」
ほんのりと頬を赤らめた風谷を見て、僕は自分の失言に気付いた。いや、勘違いするほうがおかしい。こんなこと学校でやらないっつーの!
こっちまで恥ずかしくなってくるから、慌てて風谷を睨んだ。
「おい、勘違いすんなよ……」
「あっ、す、すみません! あの……じゃあまた連絡してもいいですか」
「……うん」
夜の帳が下りはじめたころ、表面上はなにもなかったような顔をして、僕らはそれぞれ帰路についた。
心中は複雑な思いでいっぱいだった。胸のなかで、風谷の存在が想像以上のスピードで大きくなっているのを感じているから。まだプレイの快感が身体に残っている気がして、ひとり頬を赤らめる。
次はいつになるだろう。またっていうかここしばらくずっと連絡を取っているから、調子が悪くなればすぐに教えてくれるはずだ。