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第16話


 ぼーっと夢心地のまま家に帰って。雪さんの『心配していた』という言葉を思い出した。あれだけ世話になって礼をしないのも悪いだろうと、アプリで風谷に連絡する。


 ――ありがとう。助かった

 ――身体大丈夫ですか!? ちゃんと家に帰れました!?


 秒での即レスに驚くも、僕は風谷の反応に深く安堵していた。あいつがもしかしたら、僕のために無理してプレイしてたんじゃないかと……ちょっとだけ、本当にちょっとだけ不安だったのだ。

 これだけ心配されているのなら、あの態度が嘘ってことはないだろう。Subの本能とはいえ、内容には個人差がある。我にかえって引かれていたら普通に落ち込んでいた。


 というか、今さらだけど……風谷もあのプレイバーに訪れたということはDom性が早熟なんだと思う。まぁ、いきなり廊下でグレアを出してしまうくらいだもんな。

 そして決まったプレイの相手はおらず、不安症の症状に悩まされているからこそ、今日あそこに来たはず。保健室に来ていたのもたぶんそう。だから……


 ――お前も良くなった? 不安症


 すぐに返事は来なかったものの、風谷にもあのプレイはいい影響があったのだと感じていた。見上げた先にあるこげ茶色の瞳が、生き生きと輝いていたのを覚えている。


「ふぁ、ねむ……」


 夕方にうたた寝しておいて、日付を越えるころになるとまた眠気が襲ってきた。昨日までの睡眠不足がうそみたいに、身体が足りない睡眠を補おうと夢の世界へといざなう。

 だから僕も、すぐには気付かなかった。枕元で震えたスマホに風谷からの通知があったことに。


 ――はい。朔先輩のおかげです。あの、よかったら……また俺とプレイしてくれませんか?




 ――お前も調子悪くなったら言えよ。


「はぁ……」


 階段の踊り場でそのまま返信して、ひとつため息をこぼす。一階の食堂から、まだ食事をしている生徒や教師たちのざわめきが小さく響いてくる。


 風谷の提案に乗ったのは、半分があいつへの礼のため。あいつのせいで色々あったこともあるけど、何度も助けられたのは事実だから。

 もう半分は……誰にも言えない。


『風谷にとって唯一のSubでありたい』と、土曜のプレイで抱いてしまった感情がずっと心のなかに残って、ずうずうしく居座っているからだ。これもSubとしての本能なのだろうか?


 我ながら意味のわからない独占欲。いや……単純にSubとしての生存本能かもしれないな。

 自分の欲求を満たし、健康を保つためにはDomの存在が必要不可欠だ。きっと遠からず、また風谷とプレイすることになる。


 ……だからってこんな頻繁にメッセージをくれる必要はないんだが。あいつが普段家で自習ばかりしていることを知ってしまってどうするんだ。なんか気付いたら名字じゃなくて名前で呼ばれてるし……これが陽キャの距離感ってやつか。


 午後の授業は苦手な教科ばかりだったから比較的真面目に受けて、最後のホームルームは文化祭についての打ち合わせだった。武蔵が黒板の前に立ち、今後の計画を伝えていく。


 三年生は『文化祭が終わっても残るもの』をテーマに発表することになる。クラス全員が同じテーマで描いた絵画展や、写真展なんかも人気だ。

 僕はイベントに燃えるタイプではないので全く興味はないが、うちのクラスはとある有名アニメ映画のパロディを、男女逆転で演じた映像作品を作ることになっている。


 ほぼ全員が受験生の最終学年だからといって、ラクさせないのがうちの学風だ。僕は入ってないけど、部活もわりと強い。

 まぁ出し物は夏休みを使って当日までに仕上げることが必須のため、文化祭当日は下の学年のやつらの出店を思いっきり楽しむことができるのでメリットも多い。


 公立だし規模はそれほど大きくなくとも、文化祭はみんな本気で楽しみにしている。というか準備をとおしてクラスメイトと交流したり、受験前最後の青春を楽しむのが目的な気もする。勉強ばかりってのも気が滅入るし。


 みんなが話し合っているあいだ、僕はなるべく迷惑がかからないようにバイトのシフトを調整しないとなーと、そんなことばかり考えていたが。

 気づけばメインキャストのうちのひとりに自分が据えられていて、あっけに取られた。黒板に書かれた自分の名前を見て、ポカンと口を開ける。


「は……?」

「これはみんなの意見で決まったことだから。よろしくね」

「楽しみにしてるぜっ。飛鳥井くんの女装……ブフォッwww」


 周囲を見渡すも、みんなニコニコと見てくるだけで味方はいない。目尻に涙を浮かべて笑っている辻は許さん……と思ったら主演のヒロイン役だった。僕はその親友役らしい。

 これ、絶対体格で決めただろ。辻も俺よりは背が高いけど、男子の中では低めで細身だ。


 はー、まじか。最悪だ。さすがにここでゴネるようなことはできない。話を聞いていなかったのは自分である。


 みんなの意見で決まったのなら、それを覆すほどの妙案を出さなければ納得してもらえないだろう。それなりにいいクラスだと思っているなかで、他人を犠牲にする勇気はあいにく持ち合わせていない。辻はもう決まっているし、武蔵の女装は、僕が見たくない。


「はぁ……」


 衣装をどうするとか、どこで撮影するとか。監督役に決まった女子が張り切ってこれからの進行を決めているなかで、僕は風谷にだけは見られたくないな……と心底思った。

 あいつも文化祭実行委員だったよな……当日はそっちの仕事で忙しくなるはず。今年もミスターコンに出るかもしれないし、わざわざうちのクラスの映像作品を見に来る可能性は限りなく低い。


 そもそもパートナー未満の関係なのに。どうしてか……風谷ならうちのクラスの作品を見たいと言いそうだな、と変な確信をもってしまう。


「女装はない……まじでない……」


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