――Domと分かったばかりの高校生が、自分で見つけたSubを意識しないなんて無理な話だと思わないか? 相手がとんでもなく可愛くない奴だったら特に。
休み時間、教室の壁に寄りかかりながら廊下で
「なぁ〜アキってさ、
「お前それ大声で言うなよ。プライバシーって知ってる?」
「ごめ〜ん、でもあれだろ? くねーる、だっけ。そういうの言うと
「くねーるって……馬鹿なの?
実際には日本語でもいい。言葉に
『
ぺたん……とちょうど通りかかった小柄な男が腰を抜かす。
「ちょっと
「だいじょうぶ……ちょっと足挫いた」
隣を歩いていた友人らしき男が驚いたように声をかける。床に座り込んだ男は平気そうに返事をするが、なかなか立ち上がれないようだった。
視線を感じたのか彼が横を振り向き、パチ……と眼鏡のガラス越しに目が合う。俺は気づいていた。
自分が意図せず
まとう雰囲気は地味で、小さい顔に対して大きめの眼鏡と長めのショートカットが目元まで隠している。切れ長の目尻が隙間から見えた。
隣に立つ男も眼鏡をかけていて、こちらはスマートな優等生顔。いかにも真面目ちゃんグループの二人という感じだ。
ブレザーにつけた校章の色は緑。一学年上の三年生だと素早く確認し、俺は思わず手を差し出した。だって、彼がこうなっているのは自分のせいだから。
「先輩……ですよね。大丈夫ですか?」
「ひぁっ……。僕に触れるなガキが! くそ、
肩に置いた手は素気なく振り払われた。後半の言葉は隣に立つ友人へ向けたものだ。思ったよりも口が悪い。――ぴくっと反応した声、小さく震えた肩は見逃さなかったけれど。
ぽかんと口を開けて固まる俺を置いて、友人に肩を借りた男がチッと舌打ちして離れていく。
『無差別にコマンド投げてんじゃねーよ』と言わんばかりの、明らかに俺へ向けた舌打ちだった。
「可愛くねーー……」
「それ男の先輩に対する感想じゃないっしょ。どしたん?」
確かに自分が悪かった。興味本位の言動があの先輩に迷惑をかけてしまったのだ。
ダイナミクスは欧米で血液型を訊くのと同様、オープンにすることはタブー視されている。
DomやSubは家によっては後継問題に関わるし、周囲が勝手に騒いで人間関係に影響したりする。勝手にカーストトップに祭り上げられたり、逆に苛められたり。
まぁウチの高校は家柄の良い奴が多いので結構ゆるい。言い換えればおおらかだと思う……この友人然り。
より秘すべきなのはSubだ。彼らはDomに支配されたり庇護される性質を持つ。そのせいで下に見られることが多いし、遊び混じりにコマンドを投げかけられたり、時には事件に巻き込まれることさえある。
危うく先輩のダイナミクスを露見させてしまうところだった。こんな、人の多い場所で。
しかし成人前に行なわれるダイナミクス判定直後は、意図しないミスや些細な事件はよく起こる。未熟な学生は人のダイナミクスを知りたがるし、Domであれば特に自分の力を持て余し、みんなどこかで試したいと思ってしまうからだ。
俺もやっちまった〜〜と大いに反省したが。同じ学校の先輩なら、後輩のあやまちを優しく見逃してくれたってよくないか?
あーあ、何を期待してたんだか。よく見れば顔の綺麗な男だったから、つい……なんだ。
確かに涼しげな目を隠しているのはもったいないと思ったし、小さめの鼻や口が日焼けのない肌にバランスよく並んでいて……いやいや、雰囲気を思い出せ。地味で口が悪いだけの男だぞ?
あーくそっ、心臓の音がうるさい。図らずも、初めてコマンドが通ってしまったからかもしれない。
DomやSubという二次性を持つ人間は、その他大勢の
二次性に関しても、その成熟スピードは人によって異なる。だいたいが成人するあたりから徐々に成熟し、働き始めたり大学へ進んだころ、真剣に自分の性と向き合うことになる。
つまり欲求を発散する相手を見つけるか、そういう店に世話になるか、薬の世話になるか、だ。男の性欲と違ってひとりで解決できないのが悩ましい。
確かにあの先輩がこちらを見上げてきたときにはドキッとしたが、どうせ
まぁ、もう二度とあんなことにはならんだろ。グレアには気をつけるし……会っても気まずいだけだ。