――雨龍武尊。人としての名は、雨柳蕪村。
雨柳水樹の曾祖父にして水を司る神の一柱。そして、人間の女に恋をし、駆け落ちという形で姿を消したある意味で神々の間では有名な神。そして、開門輪を持ち出した盗人でもある。
罔象女神曰く、「有していた神力は名のある神よりも優れており、その武の才は武神である
また水樹が手にしている神刀・波斬の所有者だった。
人との間に子を成し。その孫には神力が引き継がれ、更には波斬を受け継がせた。
雨龍武尊の行動にはあまりにも謎が多い。
あの雨龍武尊だ「意味がない事はしないだろう」というのは水を司る神々たちの共通見解らしい。
そして、何よりも神であるはずの雨龍武尊が既に逝去しているという事実。
この事実には様々な神々が首を傾げる事になった。
神に寿命は無く、神は同格以上の存在によってのみ殺される――ただの人の世で彼の神が死を迎える事はあり得ない筈だった。
「雨龍武尊は何かを知り、何かに挑み、そして敗れた――その意志を孫である雨柳水樹に託したのでしょうか?」
これは罔象女神の憶測。その事実を知る者は誰もいない。
だが、水樹へ宛てて曾祖父である雨柳蕪村は開門輪を託している。これは何かしらの意味があるとしか考えられないのだが……。
「奴は何を知り、何を考えてこの坊主に波斬まで託してしまったのか……」
「あら、お父様? 何やら水樹に託された事に随分と不満がありそうな声音ですね?」
「いや、何も不満はない……ないぞ?」
父と娘の漫才を横目に、罔象女神はそれぞれが持ち寄った情報を整理していく。
「雨柳水樹殿、雨龍武尊――いえ、雨柳蕪村の遺骨は本当にありますか?」
「遺骨? そりゃあ、骨壺に入ってお寺に――」
罔象女神の問いに水樹が答えようとする。
「その中身を見た記憶は?」
「中身……って、供養はしてもわざわざ開けて見ないでしょ」
「……そうなると確認をしていただく必要がありますね」
罔象女神は言い、水樹もそれに頷いた。
雨龍武尊=雨柳蕪村は本当に死んだのか――それを確かめる必要があった。
「さて、水蛇も無事治療が完了したようです」
罔象女神は部下である神から伝えられた情報を口にする。
「とにかく雨柳水樹殿は人とは言え水の神力を有していますので、一応は水を司る神として名を連ねる必要があります」
「――――はい?」
「時が来ればまたお呼び出ししますので、その際は必ず呼び出しに応じるようお願いしますね?」
「――――えぇ?」
罔象女神は水樹にとってはトンデモない事を言い残して、立ち去って行く。どうやら水蛇に何らかの処分を下すらしい。
「さーて、一先ずは解決って事だ。朱華の嬢ちゃん連れて帰ろうや!」
先ほどまでダンマリだった赤猿が意気揚々と声を上げ、それに水樹は「それもそうだよな」と頷くのだった。