まだ、まだ足りない――それは水樹の心の底から思う事。
水蛇と対峙したあの日。戦いというのも烏滸がましい結果に終わり、友人を巻き込み、朱華を連れ去られた。
襲撃がある事は予想できていた。
家族や友人が巻き込まれる可能性もわかっていた。
それでも何処か「大丈夫だ」と思っていた節があった事は覆しようのない事実。
この結果は驕りが、危機感の皆無が産んだ必然だった。
だからこそ、水樹は自分自身が許せない。
「踏み込みが甘ぇぞ! そんなんじゃ切っ先が届かねぇ!」
腹部へと衝撃と共に、水樹はまた赤猿にふっ飛ばされる。
もう何度目なのか――数え直すのも億劫だ。
手足の骨を折られ血反吐を吐いても、静流による治療により無かった事になる。
これも全てを水樹自身が望んだ事。
生半可なものでは水蛇には届かない事はわかっていた。だからこそ、自身を追い込む。
「いつまで転がってやがる! 追撃されるぞ!」
痛みに身体を捩らせる。
このまま倒れてしまいたい。
だが、それは許されない。許されないのだ。
水樹は立ち上がる。右手には波斬がしっかりと握られていた。
最初は攻撃を受ける度に直ぐ手放していたが、今ではそれもなくなった。
少しづつだが、マシになっている。
しかし――まだ、足りない。
「敵から目を逸らすな。少しでも死角には入られれば、坊主のようなヤツは一瞬で殺られるぞ!」
立ち上がり、再び赤猿へと駆ける。痛みはあるが、骨は折れていない。
再度、赤猿にふっ飛ばされる。
地面を転がるが、その勢いのまま立ち上がりに即駆ける。
波斬と赤猿の持つ棒が激突する音が幾度も響く。
「良いぜ! 魂に焔が宿ってきたじゃねぇか!」
赤猿の歓喜の声が上がる。
赤猿自身がこの状況を楽しんでいた。見るからにテンションが上がっている。
ふざけんな――と、水樹は内心で毒吐く。
水樹にとっては訓練、模擬戦であっても、赤猿にとっては違うのだろう。勿論、真面目にやっているとは思う。しかし、地の実力が違い過ぎるのだ。
ムカついた。心底、ムカついた。
どれだけ本気で水樹が打ち込んだとしても、赤猿は難無く捌いてしまう。
まだ、水樹は赤猿の全力全開の本気を引き出せていない。
「………………ふざけんなよ」
恨み節を水樹は小声で口にする。
人と神――その実力に差がある事は重々承知している。だが、それでもやっぱりムカついくものはムカつく。
「…………一刀にて――」
不意に、自然と流れるように水樹は言霊を紡いだ。
「――我が決意を示す」
それは偶然だった。
しかし、確かに1つの成長を示す結果となった。
「ハッ! 間に合わねぇと思っていたが、なるほど……なるほどなぁ! ソイツがその神刀の権能か!」
赤猿が言う。
水樹の右手に握る波斬の刀身から漂う放つ淡い水色の靄。不思議と全てを斬り裂けるような気がした。
「……一撃は当ててやるッ!」
「上等! それくらいの気概見せてくれや!」
水樹の叫びに、赤猿が応えるように吼えた。