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第2章7 『蒼穹眼』

 ――明らかに手加減されている。

 本気ではあるが全力ではない。水樹は赤猿との剣戟の中で感じる。

 全力の赤猿ならこんな剣と棒の打ち合いにはならない。静流の援助と追撃を交えていたとしても不自然だ。


(何が狙いなんだ?)


 出会いからの口振りから龍水とは関係はなさそうではあった。

 赤猿独自で何か意図があるとでも言うのだろうか?


「戦闘中に関係の無いことを考える暇があんのか! 手前は死にてぇのか!」


「別に、死にたいとは思ってないッ!」


「だよなッ! っと、嬢ちゃんも援助が遅ェ!」


 静流の放つ複数の水の刃を軽々と処理しながら赤猿は叫ぶ。


「貴方の反応が早過ぎるだけです!」


「オレ程度で早いと宣うなら、近い内に手前は他の神によって辛酸を舐める事になるだけだぜ?」


 火焔逆巻かせ、火の粉を散らし、熱を乱暴に吹き荒らす。

 静流の放つ権能は水。周囲の熱によって瞬く間に勢いが減衰してしまい、思うような攻撃できていない。

 神の戦いは権能と権能の殴り合い。相性はあれど、最後は実力による差で決する。


「火は水に弱いと相場があるんですが!」


「確かに人間の生み出したゲーム的には嬢ちゃんの言う通りだな! だがよ、強い火力なら水を蒸発させる。水か火に強いんじゃねぇ、水と火は対立し相互に弱点って事だぜ!」


 水は火を消す。しかし、その逆も然り。

 言わんとしている事は水樹も理解できるのだが、それは赤猿の実力あってのものだろう。理不尽だ。


「剣の動きが散漫だ。足に力が入ってねぇ!」


 剣を弾かれ、水樹の脚部へ蹴りが入る。


「ぐっ――!?」


「痛みで動きを止めんな!」


 棒で腹部をぶん殴られ、水樹は数度地面を転がる事になる。


「かはっ……」


「おら、立ちな。まだ終われねぇだろ?」


 静流をいなしながら、赤猿は倒れ伏す水樹へと問う。

 殺すだの、死ねだの――ボコボコに痛めつけて散々な事を言っていたクセに、水樹へと向かって奮起しろと言わんばかりの言葉を投げ掛ける赤猿。

 口元から血を垂らしながら、フラフラと水樹は立ち上がる。

 そして、水樹は核心する。


「コイツは最初から殺す気なんてない。理由は分からんが俺を師事してるのか?」


 奇襲による襲撃。そもそも本当に殺す気ならその時点で終わっていた。

 しかし、何度も言葉を交わし、武器と打ち合わせ、この赤猿という神は悪ではない事は水樹も理解した。

 これによって出てくる疑問は、『何故わざわざ師事するような行動をするのか』という一点だ。

 動機も理由も不明。相手が神という事を考えれば、人間に理解できないない理由なのかも知れない。


「軸をぶらすんじゃねぇ! 腕だけじゃねぇ、全身を使いやがれ!」


 最早、隠す気も誤魔化す気もなさそうだ。


「滅茶苦茶だ! 結局、アンタは俺を殺して権能を簒奪したいのかよ! それにしてはあまりにも発言と行動が食い違ってる!」


「ハンッ! 細けぇ事は良いんだよ、坊主! 俺は放蕩神だぜ?」


「水樹、神に常識を求めるだけ無駄です」


「分かってんじゃねぇか、嬢ちゃん!」


 対応を間違えれば致命傷になりかねない攻撃を赤猿は仕掛けてくる。が、その全ては水樹がギリギリ何とかできる速度と威力だ。

 静流も何かを察したのか、次第に口数が少なくなっていく。


「水樹、とにかく赤猿を黙らせましょう。話はその後でも問題ありません」


 ふと、静流の表情が能面染みている事に水樹は気づいた。


「せっかくのデートでしたのに……」


 水樹は理解した。

 静流は怒っている、と――。

 そして、同時に思うのだ――怒るの遅いよな、と。


「多少、付き合えば満足して帰ると思いましたが、いい加減に堪忍袋の尾が切れました!」


 静流の双眸に灯る蒼穹の光が強くなる。


「貴方が手を抜いているのは分かっていますけど、わたしもそれなりに手を抜いていた事も分かっていますよね?」


「……え、そうなのか!?」


「はっははー! そうだよな、こんなもんじゃ終わらねぇよな!」


 雲行きが怪しくなってきた。

 水樹は困惑気味に双方の顔を見る。

 ――と、周囲には火焔と熱が支配しているのだが、空からバケツをひっくり返したような大雨が降り始める。


「――参ります」


 スッと目を細めて、静流が澄み渡る声で告げるのだった。

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