獅子は兎を捕らえるにも全力を尽くす。
そんな言葉があるようにどんな弱者でも、強者は手を抜く事はない。
しかし――と、水樹は波斬で赤猿の攻撃を受けながら思ってしまう。
――アンタは獅子とかそんな問題ではないだろ!
「どうした、どうした! 目で捕らえられてねぇぞ!」
「ぐぅ……」
赤猿の猛攻に水樹は唸り声上げる。
静流の手助け……いや、今はほぼ静流の力で何とか均衡を保っていると言っても過言ではない。
赤猿は執拗に水樹を狙い定めている。
「赤猿、アナタは何がしたいのですか!?」
「ああん? これ以上話す必要があるのかよ? 宝の持ち腐れは見てらんねぇから簒奪するってんだぜ?」
「殺して奪い取る必要なんてありますか!」
「弱者が生き残れるほど神の世界は甘かねぇよ!」
赤猿と静流の問答。
それを聞き、水樹は歯噛みする。
弱者――それは水樹自身がよく分かっている。
偶然手に入れた力。その源流が何であるのかすら分からないままで、少しづつ使えるようになればいいなんて軽く考えていた。
だが、現実は甘くない。
噂を聞いただけの神が襲撃を仕掛けて来た。
静流に婚約を申し込んでいた神々の存在を考えれば、これからも増えていくだろう。
今はまだ水樹自身を狙ったものだが、仮に家族や友人を狙われた時に何ができるのだろう?
「クソッ!」
「ヤケクソにでもなったか? 刀を振り馴れてねぇ、軸はブレ、刀身はしっかり立ってすらいねぇ。そして――神力も使いこなせちゃいねぇ」
ドコッ――鈍い音と共に赤猿の棒の先端が突き刺さる。
水樹の身体はくの字に曲がり、地面を数度転がる。
「ぐぅ……」
腹を押さえながらうめき声を上げる。
静流が駆け寄ろうとする。
「水樹!」
「嬢ちゃんも男の心配してる場合か?」
「っ――――!?」
赤猿の攻撃が静流へ奔る。
何とか回避し、水の刃で静流は応戦するが全てを棒によって打ち砕かれる。
「坊主も坊主だが、嬢ちゃんも嬢ちゃんだ。ただの人間を番として迎えんのなら、実力をつけるべきだったな。神の理不尽さは嬢ちゃんも知ってんだろ? そんなんじゃ、守るべきものも守れねぇぞ!」
「わたしは、守ってみせます!」
「……この本気を出してすらいないオレ程度に二の足踏んでいる嬢ちゃんが、か?」
嘲笑うかのように赤猿は現実を突き付ける。
地面に転がっている水樹はその言葉を聞き、耳を疑った。
――コレで本気じゃないのかよ?
静流の表情が歪んだ。
赤猿が本気ではない事を彼女は理解していたからだ。
火焔魔神――それが赤猿の異名である。
なぜ、そう呼ばれているのかを静流は知っている。
「はぁ、恋愛脳で頭がイカれたか? それとも本当に何とかなるとでも思ったのか? だったら見積もりが甘いぜ」
ガンッ、と赤猿が棒の先端で地面を叩いた。
「つーワケで、手前らに現実を叩きつけてやる」
熱が大気を支配した。
周囲を取り囲むように火焔が逆巻き、火の粉が宙を漂い始める。
「神力解放――コイツがオレの異名の元だ」
赤猿の髪が逆立ち、黒かった髪が真っ赤に染まる。全身に焔を纏わせ、その手の棒も見るからに燃えている。
火焔魔神――その名に偽りない姿が其処にはあった。
「…………生きるか、死ぬか、手前らで掴み取ってみせな」
赤猿は言う。
水樹は痛みを堪えながら立ち上がる。
静流も赤猿を真っ直ぐ見据えていた。
「さあ、始めようぜ!」
火焔は轟々と燃え盛る。