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第2章3 『その魂に焔を宿しているか?』

 博多駅から地下鉄を利用し、水樹と静流は福岡市中央区の九州最大の繁華街である天神へと足を延ばしていた。

 百貨店、専門店からファッションビルなどの商業施設が数多く立ち並んでおり、大体のモノは買い揃える事ができる。

 九州内における流行や若者文化のスタートも此処からと言っても過言ではないだろう。

 ――と、天神まで足を運んだのは良かったのだが、如何せん水樹にとって天神は広過ぎた。

 そもそも好んで外出しない上、流行には無頓着な人間故に都会が肌に合わない。

 行き交う人々を横目に、目をキラキラとさせている静流の後姿を眺めている水樹。その姿は後方彼氏面的な様相だ。


「水樹、何処に行きますか?」


 水樹の方へ振り返り、機体の眼差しで水樹を見ている。

 さて――と、水樹は思考を巡らせる。

 悲しいかな、天神という都会を前に水樹は無力である。何処に行けば良い以前に、デートスポットなんて知る由も無い。女性によっては「うわっ、ツマンな。別れよ」と一刀両断された上にさよならバイバイだ。

 だがしかし、時代は現代。

 その右手に持つ文明の機器は何だ? そう、みんな大好きスマートフォンだ。


「ぶっちゃけ詳しくないんだよな」


「わたしは水樹と一緒なら楽しいです!」


 ホント、良いひとだ――水樹は感動で心の中で涙を流す。

 可能な限り楽しませるのも1つの試練だ。この際、美波の評定は忘れる事にしよう。


「――と、まあよくわからん。商業施設はあるから適当に歩いて回るか?」


「そうですね。美味しいものがあるなら是非食してみたいです」


「そうだな。人が集まっているところへ足を運ぶのも良さそうだ」


 結論、行き当たりばったり散歩デートin天神。

 流れは成り行きに任せて、取り留めのない会話で全てを乗り切る――我ながらダメプランだと水樹は思うが、経験ないのだから仕方ないだろう。

 言い訳だと思うだろう? 正解、言い訳である。

 正直、ビンタされても文句は言えないのだが、静流は楽しそうなのでセーフだ。


「これだけ栄えた都市にも神の気配はありますね」


 ふと、静流が言う。


「まあ、近くに警固けご神社があるから、そこの神様だったりするのか?」


「かも知れませんね。神様間でも交流がある者とない者がありますから、一概に皆が顔見知りというワケでもありません。それこそ、わたしのような無名の神では人々が知る神と知り合うのは夢のまた夢です」


「ほーん……俺みたいな奴が芸能人と知り合う事はないみたいなものか?」


「ちょっと何を言っているのかわかりませんが、たぶんそういう事ですね」


 会話をしつつ、静流が気になったスイーツを食しながら、緩やかな時間を過ごす。

 一度通りすがりの若い男性に静流がナンパされ、それを止めに入った水樹が暴行されそうになったら静流ブチギレといった事件もあったが、大事にはならなかったので良しとする。

 それなりの時間も経ち、現在は警固神社の北隣に接している警固公園で一休みをしていた。


「はあ、歩き疲れたぞ」


 普段から運動していない水樹にとってはそこそこの運動量であった。一方の静流は元気が漲るほどにピンピンしている。


「お疲れ様です、水樹」


「ああ、帰りは電車で1時間揺られるのか……」


 退勤ラッシュと重なる為、それなりの混雑が予想される。人の波を想像して水樹はゲンナリする。


「でも、静かな場所ですね? こんなにも都市部にあるのに人影がありません」


「ああ、本当に何て偶然……偶然? いやいや、それは――」


 周囲を見回してみると人影が確かに無い。

 神社の隣だから厳かな雰囲気故に人がいない? 此処はそんな場所ではない。

 立地としても西鉄天神駅の真裏だ。人っ子一人いなくなることなんて深夜ならまだしも日中では絶対にあり得ないのだ。


「――水神の類が人間と同伴してっから気になって見ていたが……なるほどなるほど、嬢ちゃんが噂の静流比売神。そっちの坊主が人間の婚約者か?」


 頭上からの声。

 水樹と静流が見上げると、其処には上半身裸の男が浮いていた。


「その雰囲気……貴方は神ですか?」


「おう、其処の警固神社とは全く関係ないけどな。全国各地をフラフラと渡り歩いている風来坊。自称、放蕩神。名は赤猿焔命せきえんほむらのみことっていう。気軽に赤猿せきえんと呼んでくれ」


 スタッと水樹と静流の目の前に赤猿は降り立つ。


「赤猿と言いますと……まさか、火焔魔神ですか⁉」


「おやおや? 嬢ちゃんはご存じだったか? そうだとも、周囲を灰燼に返す事も御茶の子さいさい――火焔魔神とはオレのことさ」


 静流が一気に警戒度を上げる。


「ま、偶然とは言え、一度会ってみたかったんだぜ? その――神力を宿した人間って奴にさ?」


「っ――水樹ッ⁉」


 瞬間だった。

 静流の言葉でギリギリ回避は間に合ったが、水樹の立っていた場所に火柱が上がる。

 冷や汗を流す水樹だったが、目の前の赤猿は狂気的な笑みを浮かべながら告げる。


「その魂に焔を宿しているか? さあ、構えろよ人間! その身に宿した権能を持って、このオレに証明してくれ!」

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