「水樹!」
一息吐いていた水樹の元へ静流が駆け寄って来る。
「今の神刀は何ですか!? いえ、それよりも怪我は大丈夫なんですか!?」
わたわたしながら腹部を触り始める静流に水樹は苦笑を浮かべる。
と――――、
「今のは、効いたぞ……」
そんな声と共に、殴り飛ばされた龍水武尊が立ち上がる。殴られた顔面が赤くなっているが腫れはなさそうだった。
サッと静流が水樹の前に立つ。
すると諦めなのか溜め息を吐きながら龍水武尊は首を横に振った。
「もう良い。人の子の内に眠っていた要因があるとは言え、我は唯の人の子に殴り飛ばされた事実が結果としてある以上は負けだ」
「……随分と聞き分けが良いな?」
「ふん、今から頭と胴体のお別れでもするか?」
「いや、普通にお断りだが?」
互いに睨みを効かせながら言葉を交わす水樹と龍水武尊。
「まあ、良い。しかし、その神刀――波斬は……」
「え? そうだ、手放したから拾って来ないと……って、いつの間にッ!?」
驚きの声上げている水樹の隣にいつの間にか突き立っている刀を眺めながら、龍水武尊は何処か遠くを見ているような目をした。そして、ジッと水樹の顔を見て、「そうか……」と一言溢した。
「お父様! わたしは絶対に許しませんから! それより水樹! 斬られた筈の怪我が完治しているのは何でですか?」
「え? いや、ぶっちゃけよくわからん」
「それに身に纏っていたのは間違いなく神力でした」
そうは言われても水樹には知る由もない。
だが、力が目覚めた時に思い出したのは曽祖父の言葉だった。
なら、静流の言う神力は曽祖父と関係があるのだろうか――水樹は首を傾げつつ思う。
「
ボソリと呟かれた声。
「少し前、奴は人の子の女と行方を晦ました。奴は気配を消す事に関しては他の追随させないほどに優秀だった。結果、奴は行方知れずとなっていたのだが……」
龍水武尊は再びジッと水樹の顔を見る。
「身に宿っていた神力、顕現させた波斬――それは正しく奴の権能の一部だろう」
水樹には知り得ない事だが、何か感じるものか近しいものがあったのだろう。
龍水武尊は弾き飛ばされた自身の刀を神力を用いて手元に寄せ、腰の鞘へと納める。
「……お父様、このまま何事も無く帰るなんて言いませんよね?」
「……我は負けたのだ。帰る以外の選択肢があるか?」
「あのですね。理由はともあれ、斬りつけて怪我を負わせた以上は謝罪ではありませんか?」
静流は静かな怒りを含めながら言う。
水樹としては早々に帰ってくれるのなら問題ないのだが、静流としては看過できない様子だ。
「……神力で怪我は癒えているではないか!」
「だとしても、謝罪は必須ですよね?」
「……………………済まなかった」
静流に睨まれて居たたまれなくなったのか、長い沈黙の後に龍水武尊は謝罪の言葉を口にした。
「とにかく、わたしは水樹と共に生きますので!」
「…………ああ、そうだな。そう、だな……」
どうしてだろう、水樹は龍水武尊の背中から哀愁を感じてしまった。
血統等々の理由はあれど、彼は神である前に父である。静流の心配もあったのだろう。
確かに何処とも知れぬ男――それが神ではなく人となれば尚更だった筈だ。
「まあまあ、静流。俺はこの通り無事なんだから、そうお父さんをせめないてくれ」
「……水樹が言うのなら……わかりました」
静流は渋々怒りの矛先を納める。
「……どういう風の吹き回しだ? それと我は貴様のお義父さんになったつもりはない」
「別に良いだろ。家族の仲違いほど悲しいものはないし、今まで通りに関係を続ける事ができるのなら御の字だ。あと、俺もお義父さんと呼んだつもりはないです」
兎にも角にも、一先ずの決着はついた。
龍水武尊は立ち去る間際に静流と何やら言葉を交わしている。
そして――、
「貴様……いや、雨柳水樹」
静流との会話を終えた龍水武尊が水樹へと声を掛けた。
「今後、我の事は龍水と呼べ」
「え、は、はい?」
「それと警告だ」
背中を向けたまま龍水武尊は告げる。
「静流には数多くの婚約の申し出があった。そして、それは貴様という存在によって状況が大きく変わった」
神による婚約の申し出を蹴って、静流は水樹を選んだ。これは遅かれ早かれ神々に知れ渡る事になるだろう。
「神々の性質は多岐に渡る。そして、我のような過激な神も存在している。故に貴様の平穏は無くなると思え」
「……襲撃があると?」
「ああ。まあ、我としてもできる限りの対応はする……………………つもりだ」
そう言い残し、龍水武尊は去っていた。
しかし、最後の言葉は凄く嫌そうな雰囲気だったな――と、水樹は人知れず思うのだった。