斬られた箇所は痛まない。
そして、全身から漲る覇気が何であるのか――水樹は疑問に思ったが無視する。
今は目の前の状況を切り抜ける方が先決だからだ。
水樹本人は気づいていないが、今の彼の双眸は静流と同じ蒼穹に染まっていた。
「その神力は雨龍に似通っている。何よりもその眼だ。蒼穹の瞳は水の神に連なる者にのみ与えられるものの筈だ。一体、貴様は何だ?」
龍水武尊は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら問う。
「俺は俺、雨柳水樹だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「……そうではない。その身に宿る神力は神に連なるものだ。神でもない貴様が有して良いものではない」
お互いに睨み合いながら水樹と龍水武尊は問答をぶつけ合う。
「知ったことか。つーか、とにかくいきなり斬ってきやがって! ふざけんなよ!」
水樹も己の身に何が起こっている事は重々理解していた。斬られた箇所の熱と痛みが引いた事もあるが、何よりも斬り傷が無くなっていたからだ。
脳裏に過ぎった曽祖父の言葉。
色濃く引き継いだ力が何であるかは知る由もないが、使えるものは使ってやろう。
水樹は頭に浮かんだフレーズを唱える。
「――来い、
瞬間、水樹の右手に刀身が淡い青色の刀が顕現する。
「嘘、神刀!?」
静流が驚きの声を上げた。
龍水武尊もあり得ないと言わんばかりの表情を浮かべている。
「それは――やはり貴様は!」
何かを確信した様子の龍水武尊へ向かって、水樹は刀を構えて駆ける。
使い方なんて知らない筈だった。だが、あまりにも自然に水樹の身体は動いた。まるで初めから知っていたかのように。
「目には目を! 歯には歯をってなァ!」
水樹は刀を振るう。
風を斬る音は、水流の如く清らかに、和やかに、しめやかに鳴った。
キィィィン――という甲高い音が響く。
それは水樹の刀と龍水武尊の刀が衝突したもの。
「その身の熟しは……」
「アンタが俺を通して何が見えているか知らないが、俺が言える事はただ1つ――静流の気持ちを理解しても良いんじゃないか?」
「何を――貴様には判るまいよ! 神々の苦境が!」
「ああ、知らないな! 俺は餓鬼だし、神様の事情なんて知らない。だけど、俺に対する静流の気持ちは本物だった。なら、選ばれた人として、何とかしたいと思うんだよ!」
実の娘を問答無用にブッ飛ばした事に水樹は怒りを覚えていたし、無防備な自身へ刀を振り抜いた事も然りだ。
そして、水樹も静流からの好意は素直に嬉しかったし、大体を忘れている後ろめたさはあったがそれでも変わらない事に本気度を感じていた。
だからこそ、その気持ちを無慈悲に捻じ伏せようとする理不尽が許せない。
身勝手だと思うだろう。
衝動的だと思うだろう。
それは水樹自身も分かっている。
これは行き当たりばったりの行いであり、土壇場で得た力に関してもご都合主義も良いところだ。
しかし、それで良いと水樹は思う。
「曾祖父ちゃんは言っていた!」
水樹は声を上げる。
どうしてか、沸々思い出す曽祖父の言葉の数々。
これはその1つ。
「なにはともあれ、女に悲しい顔をさせるのは男として3流以下だ!」
「……戯言を!」
鍔迫り合いは一進一退を極める。
体格差はある。だが、水樹は一歩も引いていなかった。
「その剣術……やはり貴様は雨龍の――」
「だぁぁらっしゃあぁぁぁ!」
水樹は刀を振り抜いて、龍水武尊の持つ刀を弾き飛ばした。
「なっ!?」
龍水武尊は驚嘆の声を溢す。
水樹は刀を手放し、右手で拳を固く握った。
結局、一発しっかりと打ん殴っておきたかった。
今の水樹なら強烈な一撃を打ち込める。
「くらいやがれッ! リベンジパンチ!」
あまりにもダサい技名を叫びながら、水樹は龍水武尊の顔面へ拳を突き刺す。
最初の一発はノーダメージだった。だが、今回は違う。
確実に突き刺さった拳は龍水武尊の顔を歪ませ、その身体を持ち上げる。そして、その勢いのまま吹っ飛ばした。