崩れ落ちる水樹へ、静流は駆け寄ろうする。
が、それは龍水武尊により阻まれた。
彼は倒れ伏す水樹を一瞥すると口を開く。
「胆力は目を見張るものがある。だが、力量を測れぬ愚か者だったな」
「違います! 水樹はわたしを助けようとして――」
「そうだな。助けようとして、我に無様に斬られた」
「っ――!?」
龍水武尊の声は低く冷たい。
静流としても早く治療をしなければ水樹が死んでしまう事もあり焦っていた。
しかし、目の前の父の壁があまりにも厚過ぎた。
「道を、道を開けてください」
「……何故、この人の子に拘る? 決して神とは釣り合わないと言うのに?」
「釣り合う、釣り合わないの話をしていません。わたしは彼に、水樹に救われた。彼にその気が無かったとしても、彼が何も覚えていないとしても、わたしは確かに救われたから婚姻を結びたいのです!」
「……くだらぬ。そのようなものはまやかしだ。あの愚かな
龍水武尊は怒鳴る。
雨龍。それは神でありながら人との愛を選んだ男神にして、神々からの反対を押し切り行方知れずとなった龍水武尊の親友。
しかし、静流はそのような事情は知らない。
「雨龍? それが誰かは知りません。ですが、少なくともそれはわたしと水樹には関係ありません!」
「関係ない? いいや、関係はある。信仰が希薄となった今、神々の存続は純血によって繋がれる。愛など見えぬものに将来を委ねるなんぞ、愚の骨頂だ!」
静流は焦る。
このままでは水樹が本当に死んでしまう。
だが、目の前の父である龍水武尊を退けるほどの神力も権能も有していない。
胸に逆巻く焦燥感を必死に抑え込みながら、静流はギロリと視線鋭く睨む。
「もう良いだろう。帰るぞ!」
「絶対に嫌です。わたしは水樹と共に――」
瞬間、張り詰めていた空気が和らぎ、澄んだ水の音が響いた。
静流も龍水武尊も何事かと眉を顰める。
ガサり――と、土を踏む音が鳴る。
「……人の子よ、貴様は――何だ? その力は、その神力は――」
龍水武尊は口元を震わせながら、ゆっくりと立ち上がろうとする水樹へと投げ掛けていた。
◆◆◆
痛みはない。
ただ、熱を帯びて膝から崩れ落ちてくだけ。
耳に届くのは静流の悲鳴? いや、名前を呼ぶ声だ。
にしても容赦がない――水樹は他人事のように思う。
崩れ落ちる中、水樹を見る龍水武尊の目は底冷えするほどに冷たかった。
神、婚姻、純血、信仰――要因は数あれど、結局のところ水樹は人。神である静流とは釣り合わなかった。
でも――それで良いのか?
昨日と今朝の静流の様子を水樹は思い返す。
向けられた感情は、好意は、釣り合わないと言って簡単に片付けて良いものだったか?
あの笑顔は本心から顕になったものではなかったか?
芝生の地面に横たわり、水樹は思う。
――此処で死ぬか?
相手は神だから、自分は唯の高校生だから――何もできない……本当にそうだろうか?
『儂の力を色濃く水樹は引き継いでおる。役に立つか否かは判らぬが、上手く使うと良い』
ふと、幼稚園に通っていた頃に亡くなった曽祖父の言葉が水樹の脳裏に過ぎった。
あの時は何を言っているのか理解できないかった。今でさえ、よく分からない。
だが、もし自身の身に何らかの力があると言うのなら、今この状況を打開する術がほしい!
斬られた腹部から熱が引いていく。
不思議と身体に力が漲る。
水樹はゆっくりと確かな足取りで立ち上がる。
「……まだ、だ。まだ、俺は終わってねぇ!」
水樹は龍水武尊へ視線を向けながら言い放った。