明らかに人間離れした雰囲気に笑いすら出てこない。
水樹は背筋に奔る嫌な悪寒を感じつつも、ジッと静流がお父様と言った大漢を見る。
「人の子にしては肝が据わっている。だが、所詮はその程度だ」
その声が一気に近づいた。
「っ――――!?」
水樹の目の前に大漢の姿がある。腰に差してある刀の柄に手を掛けていた。
マズい、斬られる――走馬灯のようにゆっくりとした視界の中で漠然と水樹は思う。
「去ね」
一瞬にして刀は振り抜かれる。
だが、水樹の身体は斬られなかった。
ギンッという音と共に、水樹の前に躍り出る人影――静流だ。
「お父様! 何をしているのですか!?」
その手には扇子。どうやらそれで刀の一振を防いだようだ。
大漢は大きく後方へ飛び退き、抜いた刀を鞘へと納める。
「それは此方の言葉だ、静流。身勝手にも婚約者がいると宣い、それが人の子とは何事か!」
柄に手を置いたまま怒鳴る。
「神と人の子の婚姻は認められない。純血を保つ事こそ神々の存続に繋がる事が判らぬかッ!」
「お父様の言い分は理解できます。ですが、わたしは縛られたくない。できるならば神の座を捨てても良い!」
「くだらん。一時の気の迷いで道を踏み外すか。ならば、その迷いの根源を斬り伏せようではないか!」
じろりと大漢の視線が水樹へと注がれる。
蛇に睨まれた蛙とはコレこの事。
水樹は息が詰まり、動けなくなる。あまりにも――あまりにも圧倒的だ。
カチャリと音が鳴る。
「――せめてもの手向けだ、苦しまずに逝け」
水樹の目の前にいた筈の静流の身体が横へズレる。そのまま吹っ飛ばされ、大漢が水樹へと肉薄する。
「っ――静流ッ!?」
「娘の心配をするとは随分と余裕だな?」
「アンタ、実の娘をぶっ飛ばして――」
「躾。それも親の責務だ。ああ、虐待云々は宣うなよ。我々は――神だ」
鞘から刀が抜かれようとする。
水樹の手に身を守るものは何も無かった。
言う事を聞かない身体。このままでは死ぬ、殺される事は水樹にも理解できている。
絶体絶命の一瞬、水樹と大漢の間を裂くように水の刃が通り抜けた。
「!? お、おおおおッ!」
それは身体倒しながらも静流が放った権能だった。硬直を解かれた水樹は雄叫び染みた声を上げる。
(逃げるか? いや、逃げ道はないだろ。なら、覚悟を決めるしかない)
思考は驚くほどに落ち着いていた。
先ほどまでの焦りと怖れが嘘のようだ。
後退は無理。ならば――と、水樹は一歩踏み出した。
「なに?」
「――ここで尻尾巻いて逃げちまったら、男が廃るってもんだろがッ!」
無謀だろう。
しかし、静流を見捨てて逃げるほど水樹は愚かではない。
たとえ勝ち目無くとも、一矢報いるくらいはやってやろう。
水の刃の介入で大漢の身体は仰け反っている。バランスが崩れている今なら刀は抜けない――水樹はそう考えた。
右手で拳を固く握る。
今ある武器はコレしかないから。とは言え、鍛えていない身体による一発なぞたかが知れている。
それでも――やるしかない。
「こなクソがッ!」
「……人の子にしては実に見どころがあるか。だが――所詮は人の子」
大漢はその顔面で水樹の拳を受けた。
だが――、
「神には無意味だ」
キン――と、甲高い音が響いた。
「冥土の土産に聞くと良い。我の名は
腹部が熱くなるのを水樹は感じた。
ゆっくりと視線を向けると衣服が真っ赤に染まってる。
そして、気付く――斬られた、と……。
「お父様ッ!?」
静流の悲鳴にも似た声が響いた。