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第1章6 『神には無意味だ』

 明らかに人間離れした雰囲気に笑いすら出てこない。

 水樹は背筋に奔る嫌な悪寒を感じつつも、ジッと静流がお父様と言った大漢を見る。


「人の子にしては肝が据わっている。だが、所詮はその程度だ」


 その声が一気に近づいた。


「っ――――!?」


 水樹の目の前に大漢の姿がある。腰に差してある刀の柄に手を掛けていた。

 マズい、斬られる――走馬灯のようにゆっくりとした視界の中で漠然と水樹は思う。


「去ね」


 一瞬にして刀は振り抜かれる。

 だが、水樹の身体は斬られなかった。

 ギンッという音と共に、水樹の前に躍り出る人影――静流だ。


「お父様! 何をしているのですか!?」


 その手には扇子。どうやらそれで刀の一振を防いだようだ。

 大漢は大きく後方へ飛び退き、抜いた刀を鞘へと納める。


「それは此方の言葉だ、静流。身勝手にも婚約者がいると宣い、それが人の子とは何事か!」


 柄に手を置いたまま怒鳴る。


「神と人の子の婚姻は認められない。純血を保つ事こそ神々の存続に繋がる事が判らぬかッ!」


「お父様の言い分は理解できます。ですが、わたしは縛られたくない。できるならば神の座を捨てても良い!」


「くだらん。一時の気の迷いで道を踏み外すか。ならば、その迷いの根源を斬り伏せようではないか!」


 じろりと大漢の視線が水樹へと注がれる。

 蛇に睨まれた蛙とはコレこの事。

 水樹は息が詰まり、動けなくなる。あまりにも――あまりにも圧倒的だ。

 カチャリと音が鳴る。


「――せめてもの手向けだ、苦しまずに逝け」


 水樹の目の前にいた筈の静流の身体が横へズレる。そのまま吹っ飛ばされ、大漢が水樹へと肉薄する。


「っ――静流ッ!?」


「娘の心配をするとは随分と余裕だな?」


「アンタ、実の娘をぶっ飛ばして――」


「躾。それも親の責務だ。ああ、虐待云々は宣うなよ。我々は――神だ」


 鞘から刀が抜かれようとする。

 水樹の手に身を守るものは何も無かった。

 言う事を聞かない身体。このままでは死ぬ、殺される事は水樹にも理解できている。

 絶体絶命の一瞬、水樹と大漢の間を裂くように水の刃が通り抜けた。


「!? お、おおおおッ!」


 それは身体倒しながらも静流が放った権能だった。硬直を解かれた水樹は雄叫び染みた声を上げる。


(逃げるか? いや、逃げ道はないだろ。なら、覚悟を決めるしかない)


 思考は驚くほどに落ち着いていた。

 先ほどまでの焦りと怖れが嘘のようだ。

 後退は無理。ならば――と、水樹は一歩踏み出した。


「なに?」


「――ここで尻尾巻いて逃げちまったら、男が廃るってもんだろがッ!」


 無謀だろう。

 しかし、静流を見捨てて逃げるほど水樹は愚かではない。

 たとえ勝ち目無くとも、一矢報いるくらいはやってやろう。

 水の刃の介入で大漢の身体は仰け反っている。バランスが崩れている今なら刀は抜けない――水樹はそう考えた。

 右手で拳を固く握る。

 今ある武器はコレしかないから。とは言え、鍛えていない身体による一発なぞたかが知れている。

 それでも――やるしかない。


「こなクソがッ!」


「……人の子にしては実に見どころがあるか。だが――所詮は人の子」


 大漢はその顔面で水樹の拳を受けた。

 だが――、


「神には無意味だ」


 キン――と、甲高い音が響いた。


「冥土の土産に聞くと良い。我の名は龍水武尊たつみたけるのみことだ」


 腹部が熱くなるのを水樹は感じた。

 ゆっくりと視線を向けると衣服が真っ赤に染まってる。

 そして、気付く――斬られた、と……。


「お父様ッ!?」


 静流の悲鳴にも似た声が響いた。

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