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第1章5 『散歩。そして、やって来る』

 同じ布団で過ごした水樹と静流だったが、特に間違いは起こらずに朝を迎えた。なお、思春期男子高校生の水樹にとっては同じ布団に女性がいるだけで緊張してしまった結果目が冴えてしまい、よく眠れていなかった。


「……チキンめ」


 自室からリビングに行くや否や、美波よりそんな辛辣な言葉を受ける水樹。


「お義母様、慌てたとて良い事はありませんので、わたしは大丈夫ですよ」


「あら、そう? あんまりにもだったら食べちゃって良いからね」


「……やめてくれよ、母さん」


 たった1日で随分と仲良くなったものだ。

 水樹は眠たい重たい瞼を擦りながら「はぁ……」と溜め息を吐く。

 流二と詩歌はそれぞれ仕事と部活動で家いない。美波もそろそろパートで家を出る。

 そんなワケで家に残るのは水樹と静流の2人となる。

 美波は何かを期待している様子だったが、それを見て「俺は、間違いを起こさない」と水樹は心に誓う。

 朝食を終え、片付けを済ませた美波は「夕方には帰るから」と2人に告げてパートへ向かって行った。

 さて、残された水樹と静流だが、特に何かをするのではなくリビングでぼんやーりと過ごしていた。

 その姿は何処か熟年夫婦を連想させるが、唯の偶然だ。


「平和だ」


 ボソッと呟く水樹。

 昨日は家族全員が大騒ぎだった事もあり、そんな騒ぎの原因たちがいない冷房が効いたリビングは静かだった。

 ソファに座って水樹がうとうとしていると、隣に静流がやって来て腰を下ろす。


「眠たいのですか?」


「ん、まぁ……いろいろあってよく寝れなかったこらなぁ」


 大きなあくびをしながら水樹は答える。

 1人なら2度寝に勤しむところなのだが、静流を無視するほど図太くはない。

 家にいては睡魔に襲われるだけ、水樹は静流と出掛けようと思いスマートフォンを取り出す。

 今日1日の天気を調べる為だ。


「今日は1日快晴か。暑いからタオルと飲み物は準備するかね」


 出掛けると言っても歩いて行ける程度の場所だ。

 自宅から徒歩10分掛からない場所にダム公園に足を運ぶのも良いだろう。散歩をするには丁度良い筈だ。


「静流、少し出掛けるか?」

「はい! 水樹となら何処へでも行きます!」

「うーん、大した場所じゃないからね? 水祖神社の裏手に広がるダム公園に行く――ま、唯の散歩だな」

「良いんです。同じ時を過ごす事に意味がありますので」


 自身への好感度が高い事におっかなびっくりしつつ、水樹は出掛ける準備を済ませる。

 水筒に氷を入れ、麦茶を投入。ついでに適当に摘めるお菓子鞄へ放り込む。


「よーし、行くかー」


 水樹が呟けば、静流は既に玄関で待っていた。


「さあ、行きましょう! ちなみにどうですか、この装い」


 くるくると回りながら、静流は身に纏っている白のワンピースを披露する。

 話を聞けば美波が何処から静流用の洋服を見繕ったらしい。夕食後に買いに走ったのだろう。凄まじい行動力だ。


「ん、よく、似合ってる、と思う」


 女性付き合いの免疫無い水樹は、歯切れ悪い口調で褒める。スパッと言い切ればカッコいいのだが、それができないところが水樹である。


「ありがとうございます」


 静流が笑顔を浮かべているので気分は害していないだろう。

 2人は揃って自宅を出る。

 施錠を済ませ、並んでゆっくりとした足取りで目的地へと歩みを進める。

 頭上で燦々と輝く太陽は容赦無くジリジリとアスファルトを灼き、その照り返しで灼熱地獄だ。

 やっぱり失敗だったか――と思う水樹だったが、不意にスーッと気温が下がった。


「んん?」


「暑そうだったので、わたしたちの周囲だけ気温を下げましたよ」


「マジか」


 やっぱり静流は神様なんだ、と水樹は再認識する。

 おかげさまで快適な散歩が楽しめそうだ。

 ダム公園をグルっと1周するように整備されている遊歩道を他愛もない話をしながら2人は歩く。

 セミのけたたましい鳴き声と風で揺れる木の葉の音、ダムにて揺れる水面の音――全身に夏を感じながら、遊具のある広場に設置されている東屋で2人は一息入れる事にする。


「ふぅ、静流のおかげで快適だ。本当に助かった」


「それは良かったです。わたしも楽しかったですよ」


「こんな散歩で楽しんでもらえるなら良かったよ」


 飲み物とお菓子を摘みながら休憩をしていると、水樹は不意に違和感を覚える。

 聞こえていたセミの鳴き声、木の葉の擦れる音、ダムから聞こえる水面の揺らぎ――その全てが消音し、無音だけが場に浸透している。

 静流も気付いたのか視線が鋭くなる。


「――その小僧が心に決めた相手と言うか?」


 世界が凍った。

 今までに体感した事の無い異常さを水樹は全身に感じる。

 その声は背後から――水樹はゆっくりと振り返る。

 濃紺を基調とした和服を纏い、腰には一振りの刀を差した筋骨隆々にして顎髭を蓄えた大漢が其処にいた。


「お、お父様……」


「マジかよ……」


 静流の震える言葉に、水樹は冷や汗を流す。


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