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第1章4 『神々の社会にも問題は山積みのようだ』

 夕食の後、その他諸々一連の作業準備を終え、現在時刻は21時を回った頃合い。

 水樹と静流は同じ部屋で何とも言えない空気感の中を過ごしていた。

 とは言っても、気にしているのはあくまで水樹だけであり、静流に関しては別段変わった様子はない。

 結局、今の空気を作り出しているのは水樹だ。

 水樹は自身の机に椅子に、静流はベッドに腰を掛けていた。


「なあ、昔の……それこそ思い返してようやく婚約の記憶があったような気がする程度のうっすーい感じに思い出して来たんだけど、これって単純に俺の記憶力が悪いだけなのか?」


 当時の記憶を何1つ覚えていなかった水樹。しかし、記憶を懸命に掘り返してみるとぼやけた感じで脳裏に浮かんでいた。それでもその時の情景や言葉は鮮明ではなく、摺りガラス越しに見る景色のようなものだ。


「そうですね。記憶力常々の問題もあるかも知れませんが、それは大きな要素ではありません。一番はあの場所が神域になっていたという事が要因でしょうか」


 あの日神社には人払いの術を施していたが、偶然にも水樹が迷い込んだ。

 人払いの術中は現世と神域が分け隔てられ、あの日の神社は神域化しており、原則神域に足を踏み入れた人が現世に戻った時にその記憶の大半は薄れ掠れてぼやけたものになる。

 それは神隠しに会った者が戻って来るまでの記憶が抜け落ちているといった具合のもの。

 要するに水樹に当時の記憶が無い、或いは薄いのは仕方のない事だった。


「――ですから水樹が忘れていても仕方のない事なので、わたしは気にしません。何よりも愛さえあれば問題ありませんので」


「……まあ、俺的には本当に俺で良いのかは疑問なんだけどな?」


「良いんですよ。わたしは水樹の言葉で救われたのですから」


 当時、静流へ向かって何を言ったのかを水樹は思い出せない。しかし、それが静流を救ったとなったのなら良い事をしたのだろう――と、水樹は思う。


「ま、俺の言葉で救われたのなら、餓鬼の俺ナイスって事だな」


「そうですね。昔も今も、水樹の本質は変わっていませんよ?」


 そう言って微笑む静流の顔を見て、気恥ずかしさで水樹は眼を逸らす。


「それはそうと、静流の父親が激怒してるって話だったよな?」


 サラッと流された話を思い出した水樹は静流に問う。

 静流の父親という事は必然的に神様の一角であり、その激怒が事実であれば意図せずに水樹は神様の怒りを買っているという事になる。


「実はわたしには決められた許婚いいなずけがいるんです。ただ、それはわたしが望んだものではなかった」


「なるほど、現状としては俺が横から掻っ攫っていた泥棒猫的な感じになっていると?」


「それは……そうですね。お父様としても、純血である神同士の血筋を途絶えたくない理由もあるみたいですが……」


 信仰が希薄になればなるほど、神は力を弱めていく。その弱まる力を少しでも遅らせる為に、純血同士での婚姻を持って神の力の維持を図っている。


「人の編み出した科学技術により、神の時代は終わりを迎えました。いずれ人は神の手を離れ、巣立ちの時を迎えるでしょう。わたしはそれを容認するべきだと考えていますが、全ての神々がそういうワケではありません」


 人間社会にも問題が山積みのように、神々の社会にも厄介な事情や複雑な問題があるようだ。


「まあ、人も神も本質は一緒って事か」


「そうかも知れませんね」


「目下の問題は静流父の怒りを如何にして鎮めるのかだな。あと静流父が怒りに任せて突撃して来たりしないよな?」


「……それは、どうでしょうか?」


 顔色悪そうに答える静流。


「……え、大丈夫だよな?」


「……た、たぶん大丈夫……だと、良いですね」


「えぇ……」


「か、仮にお父様が攻めて来ましたら、わたしが水樹を護ります!」


 鼻息荒く静流は断言する。

 一抹の不安を覚えつつも、水樹は「その時は頼むよ」と答えるのだった。



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