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第1章3 『一緒の布団で寝ろと母は言う』

 仕事から帰って来た水樹の父・雨柳流二うりゅうりゅうじは自身のお小遣いが減らされた事を告げられ項垂れたが、それが静流の生活費になると聞くなりやる気が漲り始めたようで「お義父さん、頑張っちゃうぞー」と宣っていた。


 ――ああ、この家族はもうダメだ。


 水樹は本日何度目になるか分からない溜め息を吐く。

 流二は上機嫌に缶ビールを飲み、静流と美波は楽しそうに会話をし、詩歌は恨めしそうにその様子を鋭い眼つきで睨んでいる。

 そんな皆の様子をジーっと水樹は眺める。

 何だかんだ楽しそうにしている静流を見ていると、水樹も「まあ、別に良いのか?」と考えていた。

 彼女(婚約者)としては「自分には勿体ない」と水樹は思っているほどに静流は美人だ。自称、神様という事もあるが、それはこの際考えない事にする。実際、水樹自身も満更ではないと思っている。

 兎にも角にも、両親からは受け入れらている以上はほぼ決定事項だろう。詩歌がどう考えているのかは知らないが……。


「ところで母さん、静流の部屋はどうするんだよ?」


「部屋? そんなのアンタの部屋に決まっているでしょうに」


「……え?」


「婚約者なんだから、一緒寝ても問題無いでしょ? あ、避妊はしなさいよ」


「一気に下賤な話になったな⁉ って、一緒の部屋ぁ⁉」


 水樹はギョッとして声を上げる。

 一応、「物置になっている部屋を整理すれば使えるなぁ」と水樹は思っていたので、何となく聞いてみたらコレだ。


「お母さん、それは……それはダメ! お兄の童貞は私が貰うんだから!」


「はい、幾ら妹でも言って良い事と悪い事があるからな? そして、俺が幾ら童貞であっても詩歌が貰う事は一生ないからな?」


「な、何でッ!」


「倫理観ってご存じで?」


「そんなものはゴミ箱に捨てちゃったよ」


「……直ぐに拾ってきなさい」


 唯でさえツッコミが追い付かないのに、今日は更にツッコミが追い付かないせいで水樹の精神はボロボロである。普段はツッコミ役を共に担っている父・流二も今日に限っては使い物にならないので、その負担が全て水樹に圧し掛かっている。


「水樹は、一緒の部屋は嫌ですか?」


「別に、嫌じゃないけど……唯なぁ……」


 健全な男子高校生的には一つ屋根の下ですらドギマギするものなのに、一緒の部屋となればドギマギどころの話ではない。

 しかし、そんな水樹の心持など知る筈の無い静流にとっては一緒か否かが大事である。

 水樹は自らの理性が保てるかどうかを考えた。

 想像してみる――そして、結論は出た。


 ――俺は、チキンだ。


 水樹はどちらかと言えば陽の者ではなく陰の者。勇敢でなく臆病。攻め気はなく奥手。

 一緒の部屋で寝た場合のシミュレートの結果――水樹は絶対に手を出さない。


「分かったよ、一緒の部屋だな。で、母さん? 布団どこにあるっけ?」


 水樹の言葉に静流の表情がパァーっと和らぐ。


「布団? 別に一緒で良いでしょ?」


「……なんて?」


「だから一緒で良いでしょって言ってるのよ。そもそも天日干しすらしていないんだから使えないわよ」


 あまりにも真っ当過ぎる理由に水樹はぐうの音も出ない。

 一緒の部屋でも良いと言った手前、今更無理とも言えないので水樹としては腹を括るしかない。


「お兄と私が一緒に寝て、泥棒ね――静流さんが私の部屋で寝ればオールオッケーだよ!」


「アンタと水樹が一緒の布団になるといろいろダメだから却下よ」


「お母さーん……」


 無慈悲に却下され、詩歌が項垂れる。

 水樹としても何が起こるか分からない詩歌より、静流の方が安心できる。


「あとでこれまでの話を聞かせてくださいね?」


 ニッコニコで言う静流を見て、水樹は「ま、良いか」と素直に思った。

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