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第31話「あんたのせいよ、馬鹿っ!」

「ごめんなさい、艦長。わたし……」

『いいんだ。彼も言っていたでしょ、これから仲間になっていけばいいって』


 戦いの後。

 当初、指示を無視して単独行動をしてしまったベラは、航にそう連絡を入れた。

 かなめがいなければ、自分は何もできず艦を危険に曝していただろう。

 コンビネーションの大切さを痛感するベラに、航は温かく微笑みかけてくれる。


『さ、戻っておいで。ブリーフィングするよ~』


 その優しさはありがたかったが、それに甘んじていてはダメだとベラは思う。

 厳しく指導してくれた立花はもういない。これからは自分で自分を律していかねばならないのだ。



 ――と、思い立ったものの。

 水色髪の少年の自由奔放な振る舞いに、ベラはさっそく目が回りそうになった。

 全裸である。

 突拍子もないことを言っているのは承知のうえだが、事実である。


「ちょっ、ちょっと! なんて格好してんのよ!?」


【ノヴァ】を格納庫へ収容し、更衣室にてパイロットスーツを脱いだ直後。

 そのままアンダーウェアまで全部脱いで、かなめはブリッジへ突入してしまった。

 ベラは自分の着替えも忘れて彼のスーツと出撃前に脱ぎ散らかしていた私服とを拾い上げ、慌ててその後を追ったのである。


「何って……全裸やけど」

「全裸やけど、じゃないのよっ! なんで脱いでるの!?」

「えーっ、だって服なんて窮屈やん。ほんまはいつものゆったりケープも着たくないんよ」

「そんなこと知らないわよ! もう、早くこれ着なさい!」

「ええ~っ。裸族もいいもんやけどなぁ。あ、ベラちゃんも一緒にやってみない? 裸族♪」

「やりませんっ! 艦長も何か言ってやってください!」


 どうにもならず助け船を求めるベラ。

 航は「んー」と考えた後、やたらいい笑顔で言った。


「いいねー裸族。よし、艦長権限で今日からブリッジでは衣服を撤廃する!」

「艦長っ!! ――カミラもぼさっと見てないで止めてよ!」

「……かなめ君の、裸体……」

「意外とむっつり!」


 ツッコミに次ぐツッコミ。

 思わず額を押さえて天を仰ぎ、ため息を吐いた後、ベラはかなめへ言い放つ。


「もう、さっさと着ないと『マブ』、組んでやんないわよ!」


 そこまで言ってようやく、渋々ではあったがかなめは服を着てくれた。

 息を荒げながら色々な意味で顔を真っ赤にさせるベラ。

 そんな彼女にかなめはきょとんと首を傾げ、訊ねる。


「ベラちゃんは何で着替えへんの?」

「あんたのせいよ、馬鹿っ!」


 抱えていた少年の分のパイロットスーツを投げつけて、ベラは更衣室へとんぼ返りする。

 まったくとんでもないやつだ。先が思いやられる。『マブ』を組むだなんて言わなければよかったのだ。

 そう胸中で吐き捨てながら、フラッシュバックした彼の裸体を脳内から追い出す。

 どきどきしてしまったのは決して、彼の白い肌や意外にも引き締まった身体つきが綺麗だったからではない。彼を異性として意識してしまったからでもない。

 彼の非常識な行動に怒ったせいで心拍数が上がっただけだ。

 きっとそうだ。そうに決まっている。



 かなめの一騒動の後。

 ブリッジに集まったベラたち【ノヴァ】パイロットは、航の進行でブリーフィングを始めた。


「今後の戦闘は【ノヴァ・キャンサー】と【ノヴァ・アクエリアス】の二機による、ロッテ戦術を中心とする。カミラちゃんの【トーラス】は支援役だ」


 ロッテ戦術とは、戦闘機の編隊飛行における、二機一組を最小単位とする戦術のことだ。

 タブレット端末に図解を表示させつつ、航は語る。


「ノヴァの対『蠕動者』戦においては、このロッテ戦術を用いるのがセオリーなんだ。最もメジャーな戦い方は、一機が囮となり、もう一機が敵を攻撃するというものだね」


 その二機の関係は、【ノヴァ】と護衛艦にも置き換えることができる。『エレス事変』での戦闘を思い返すベラは、質問です、と挙手した。


「ですが、立花さんとハルトさんの戦い方は、どちらも攻撃役を担っていたように見えました」

「いい質問だね。アタッカー二枚のロッテももちろんある。でも、それはお互いのタイミングを合わせる緻密な連携が必須であり、難度が高いんだ」

「せやから今はボクが攻撃役、ベラちゃんが囮役のコンビを組むってことやな。お互いの機体特性的にも、それがベストやと思うし」


 航が回答し、かなめが話をまとめる。

 立花やハルトのように果敢に敵を討つコンビネーションに憧れがなかったというと嘘になる。だがベラは所詮、初心者だ。あのかなめに合わせられるだけの技量など持ち合わせていない。


「分かりました」


 まずは堅実に、基本の戦い方から学ぶのだ。

 自分の力量を弁えたうえで、ベラはそう決意した。


「そうと決まればさっそくシミュレーションだ。一時間の休憩後、ブリッジに集合。みっちりしごいてあげるから覚悟しといてね~」


 にっこりといい笑顔で言う航。

 この時のベラはまだ気楽だった。

 航のことだからあの立花とは違って、のんびりゆるーく教えてくれるのだろうと高をくくっていた。

 だが、彼女はすぐに思い知ることになる。

 立花とは別の意味で、星野航という男が「鬼教官」だったということを。



「反応が遅い。すぐ前に出て。他の【ノヴァ】や艦に食らい付かれる前に注意を引きつけないと」

「はっ、はいっ!」

「今度は前に出すぎだ。パートナーとの距離を適切に保って」

「っ、了解……!」

「いい距離感だよ。そのまま二十メートル敵に近づいて。【アクエリアス】の防御力なら問題ない」

「い、行きます!」

「オーケー、けれどパワーを出し過ぎだ。あと一七パーセント抑えて。エネルギー残量は常に気にすること」

「はい……!」


 シミュレーションマシンに詰め込まれること、約半日。

 三〇分の戦闘と一〇分のフィードバック、二〇分の休憩を一サイクルとして、それを八サイクル繰り返す。

 航の指導法はどこまでも冷静で理詰めだった。

 欠点を的確に見抜き、すぐに修正の指示を出す。トライアンドエラーの反復。それでもベラたちがやる気を失わずにいられたのは、上手くいけば必ず褒めてもらえるからだ。


「はぁ、はぁ、疲れた……」

「お疲れさん、ベラちゃん♪ ぎょーさん練習したさかい、上手くなったんちゃう?」


 げっそりした顔で筐体から出てくるベラに、後ろからぎゅーっと抱きつくかなめ。

 疲労度が対照的な二人に微笑みかけ、航は本日最後のフィードバックを行った。


「かなめくんの言うとおりだよ。今日一日で初歩的なミスはだいぶ潰せたし、かなめくんとのタイミングも合うようになってきた。課題としてはエネルギーコントロールだね。全力で戦うのはいいことだけど、長期戦となるとそうもいかない。省エネな戦い方を身に着けることが必要だ」

「省エネ、ですか」 

「うん。『エレス事変』でのことを思い出してほしいんだけど、立花さんは補給なしで何体も『蠕動者』を討伐していたよね。どうしてそんなことができると思う?」


 数秒黙考してからベラは言う。


「えっと……敵を倒すときに使うエネルギーを、最小限にしているから?」

「それじゃ及第点だね。かなめくんは分かる?」

「ボクは立花さんを知らへんから想像で答えるけど……急所に一撃で当ててるから、結果的にエネルギーの消費量を抑えられてるんやろ?」

「そ、合格。狙った急所に一撃で当てる『眼』……これを身に着けられれば一流のパイロットといえるね。とはいえこれは応用編だ。基礎を固めてからでも遅くはない。それに、多少粗があってもそれを補うための『支援役』もいるしね」


 カミラに視線を遣り、航はにこりと微笑んだ。

 ぱんぱんと手を叩き、「んじゃ、今日の訓練終わり~」と彼は特注の艦長席にどかっとダイブする。

 かなめやカミラに一緒に食事しないかと誘われたが断り、ベラは仮眠室へ直行した。

 ブリッジのすぐ横、かつて立花と二人で寝泊まりしていた小部屋。

 彼女の私物であった文庫本や替えの制服は未だに置かれたままだ。それを踏んづけないように避け、簡易ベッドに倒れ込む。


「立花さん……わたし、あなたみたいなパイロットになってみせるからね」


 疲れはあるが、一日の訓練を乗り切った達成感もひとしおだ。

 敬愛する彼女に呼びかけつつ、ベラは思い返す。

 あのとき自分を救ってくれた女神様のような純白の機体を。

 白き刃で敵を葬った立花の姿に憧れたからこそ、自分は『星野号』でパイロットになりたいと思ったのだ。

 憧憬を追いかけて、ベラ・アレクサンドラは進んでいく。

 少女の【ノヴァ】パイロットとしての旅路は、まだ始まったばかりだ。


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