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第30話「弾丸の拳《バレットパンチ》!」

 二〇体もの『蠕動者』を跡形もなく殲滅した、圧倒的な砲撃。

 目にした誰もがその威力に息を呑むなか、ベラは自分の快挙に頬を上気させ、打ち震えた。


「すごい……すごいわ! これが、【ノヴァ・アクエリアス】の力……!」


 この機体ならば強大な『知性体』にも抗える。そう彼女は確信した。

『アレクサンドラ財団』の技術の粋を結集して生み出された、攻防一体の高出力機。

 これさえあれば、ベラは一人でも――かなめなんていなくても、『蠕動者』の大群と戦うことができる。


「見てましたか、艦長!」

『うん。見てたよ。けど……』


 ベラの高揚に反して、航は淡々とした口調で言い淀む。

 かなめとのコンビネーションで勝ってほしかったとでも言いたいのだろう。

 だがあんな奴に出番を渡すつもりなど、ベラには毛頭なかった。


「こちらベラ、敵を倒しましたので帰投します!」

『ちょい待って。まだ敵、おるで』


 意気揚々と戻ろうとしたベラをかなめが引き留める。

 モニターの地図上には敵を示す光点が次々とポップアップし始めていた。その数は先程よりも多く、三〇に迫る勢いだ。


『あかんなぁ。今ので寝てた連中、みんな目覚めさせてしもうたみたいやな』

「っ……!」


 それでもまだいけるはずだ。

 背面部のスラスターの出力を上げて加速、三キロ先の遠くにいる敵を有効射程圏内に収めるべく前進する。

『星野号』を牽引する『フリーダム』も速度を落とさずに進行。敵群はベラたちに任せ、艦はそのまま突き進む方針のようだ。

 ハッブル艦長に試されている。そのプレッシャーを背中に感じつつも、ベラは敵が紛れ込む暗黒を睨み据えて再びハドロン砲を撃つ構えを取った。


「薙ぎ払うわ……!」


 敵側も『フリーダム』を標的に定め、猛スピードで直進。

 飢えた怪物たちを前にベラは二枚の盾を合体させ、機体内部のジェネレーターからエネルギーを砲門へ充填しようとするが――。


「エネルギー不足……!?」

『あかん、守ってベラちゃん!』


 素っ頓狂な声を上げるベラに、かなめが鋭く促す。

 迂闊だった。調子に乗ってエネルギー残量を見落とすなんて、初歩も初歩のミスだ。

 顔を赤らめ歯を食いしばったベラは、【ノヴァ・アクエリアス】を防御形態へ移行させる。

 頭部と脚部が収納され、全身が展開した盾に包まれる。亀のように手足と頭を引っ込めたその形態は、まさしく水瓶のようだった。



「あはっ、ぞくぞくする……!」


 かなめの【ノヴァ・キャンサー】が駆け抜けていく。

 赤い光の尾を引いて驀進する【ノヴァ】に、『蠕動者』たちは声なき咆吼で応えた。

 殺気と怨嗟の重奏。

 並のパイロットならば気勢を削がれる圧倒的なプレッシャーも、しかしこの少年に対しては火に油を注ぐだけだった。

 精神を脅かし肉体を震わせる恐怖の感覚。

 それは彼という人間にとって、愉悦にほかならない。


「ぶっ潰したる!」


 あどけないその顔を獰猛なる戦意に染めて、かなめは敵陣へ躊躇なく切り込んだ。

 閉じたままの鋏で殴る、殴る、殴る。

 弾丸のごとき速度で放たれる連撃が敵の急所――頭部の脳天を的確に叩き割り、一撃で沈めていく。


弾丸の拳バレットパンチ! 鋏って切るだけじゃないんやで」


 瞬く間に五体。

 挟み撃ちにしようとする敵を前に飛び上がり、衝突した二体へとすかさずUターンして鋏を振りかぶる。

 飛び散るどす黒い脳漿。臓腑のシャワーを浴び、機体のカメラが汚れて視界が狭まるも、それもお構いなしにかなめは次の獲物へと食らいついた。

 迫る個体を倒したばかりの死体を盾にして往なし、反撃する。


「邪魔する奴はぶっ飛ばす!」


 興奮に頬を染め、唾を飛ばし、目をぎらつかせて彼は己の機体を操った。

 破壊的な狂気に突き動かされるように、少年は『蠕動者』を狩り続ける。

 しかし、一機ではカバーできる範囲に限界がある。

 取り逃した数体が【ノヴァ・アクエリアス】へと迫り、かなめは顔を歪めた。


「ベラちゃん!」


 気を取られた一瞬の隙。

 飢える『蠕動者』がそれをみすみす逃すわけもなく、横から顔を出したそれに【キャンサー】は呑み込まれた。

 視界が暗転する。

 ぬめりを帯びた口内の温度と臭気を感じる。

 喰われる感覚ってどんなふうなんだろう。

 純粋に興味が湧き上がる。けれど今はそんなものに構ってはいられない。

 与えられた役目を果たすため――「柊かなめ」として『星野号』の一員になるために、今は戦って、生き抜かなければ。


「じゃきじゃきっ、とね!」


 突き刺した鋏が『蠕動者』の口蓋上側を貫通する。

 そのまま力任せに開き、肉をぶち破って引き裂く。

 脳みそごと分解して口内からの脱出を果たしたかなめは、腕を振り抜いて左側から突っ込んできた新手の『蠕動者』を上下半分に両断した。


「あはっ、気持ちええ♪」


 にこっと笑って少年は振り返る。

 もはや彼の周囲に『蠕動者』は存在していなかった。

 残るはベラの【ノヴァ・アクエリアス】へ食らいついた七体。

 助けに行くか、任せるか。

 少し考えてかなめは、妖しく目を細めた。


「――ま、ベラちゃん次第やな」



 かなめの攻撃網をすり抜けて、敵がこちらへ押し寄せてくる。

 コックピットの中で身を強ばらせるベラは、深呼吸して前だけを見据えた。

 エネルギー残量はほとんどない。宇宙線から変換する時間もない。こんな状況で【アクエリアス】の絶対防御が本当に通用するのか。

 分からない。なにせ、これが初めての実戦なのだから。


(多分、無理)


 積み込んだ知識がそう告げている。

【アクエリアス】の防御形態は、盾の砲門から攻撃することで防御と攻撃とを両立する。

 その砲が機能不全に陥っている現状、自分は守るだけで何もできない。

『蠕動者』に呑み込まれてもしばらくは耐えられるだろうが、脱出の糸口もなく、ただ時間を浪費するだけだろう。

 ハッブルやエルルカの落胆する顔が目に浮かんだ。何よりも航が悲しげな顔をするのが想像できて、ベラの胸は痛くなった。


(こんな負け、わたしは――)


 認められない。認めたくない。ベラ・アレクサンドラという人間のプライドが、ここで止まれないと告げている。

 攻めなければ。でもどうやって。『防御形態』を解いたところで、エネルギーがなければまともに戦えないのは同じことだ。だったら、使うべきものは――。


「かなめ!!!」


 叫んだ。

 意地も誇りも何もかも脱ぎ捨てて、ベラはかなめを――【ノヴァ・キャンサー】を呼んだ。


『やっと、ボクの名前呼んでくれたな、ベラちゃん』


 迫り来る『蠕動者』の突撃を身体一つで受け止める。

 盾を隔ててコックピットを揺さぶる衝撃に喘ぐ。

 それでも目だけは閉じずに、ベラは戦いに向き合い続けた。


『あとはボクに任せて』


 弾丸拳バレットパンチ、三連撃。

 血飛沫を上げながら【ノヴァ・キャンサー】が一瞬にして三体を葬り去る。

 頭部の口元に施された、笑みの形を浮かべるギザギザの歯のような意匠も相まって、その姿は悪魔のように見えた。

 だが、今のベラにとっては違った。


 ――ヒーローだ。


 壊すことしか考えていない、狂気的な戦い方であっても。

 仲間を助けるために敵を討つ今の彼は、立花と同じ戦士なのだ。

 自分を本気で助けに来てくれた。

 そんな彼との協力を子供じみた反発で拒んだ自分は、とんでもないアホだった。


『ほな、終わらせよか』


【アクエリアス】の残りわずかなエネルギーが生むバリアが、盾の表面をコーティングして敵の突撃を弾き飛ばす。

【キャンサー】は宙空で体勢を崩した『蠕動者』を左手の鋏で切り殺し、その胴体の上を駆け下りて最後の一体へと肉薄した。


『死ね』


 ベラの眼前で大口を開く虚無の怪物へと、かなめは右手の一撃をぶち込む。

 挟まれ切断される『蠕動者』の首。

 胴体と分断されてもなお獲物を吸収しようとする敵に対し、ベラは――


『今や、ベラちゃん!』

「言われなくとも――」


 閉ざしていた盾を開き、その身を露にする。

 腰から抜くのは一本のナイフ。それ自体のエネルギーはカートリッジ式であり、機体ジェネレーターの恩恵を受けられない低出力の代物だが、ほぼすべての力を使い果たした今の【アクエリアス】にとっては唯一無二の切り札となる。


「はああああああああああああッッ!!」


 開口したまま降りかかってきた敵の頭部へと飛び込み、青い電流を纏う刃を口蓋上部へと切りつける。

 その勢いのままに輪切りになった首から脱出を遂げ、敵の上を取った彼女は止めの一撃を脳天へと振り下ろした。


『――――――――!!』


 声なき断末魔を上げて『蠕動者』の身体が維持機能を失い、崩壊していく。

 宇宙の塵となって消えていくその光景を見つめながら、肩で息をするベラは、おずおずとかなめに言った。


「その……ごめん。……ありがと」

『にへへ、気にしなくてええよ。ボクら、これからマブになってけばええ』


 マブ? とベラは聞き返す。

 水色の髪をくしゃくしゃと掻き回し、はにかんだ表情でかなめは答えた。


『マブダチ、ってことや。友達以上の友達……って感じ』

「相棒とかそういうニュアンス?」

『そうそれ』

「……善処するわ」


 少年と言葉を交わしつつ、ベラは小さく笑みを浮かべる。

 戦いを終えた二機は肩を並べ、航たちの待つ『星野号』へと帰投していくのであった。


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