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第28話「大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」

『星野号』のパイロット選定試験から二週間後。

 航たちは予定通りアステラを出航し、宇宙ステーション『ディアナ』へ立ち寄った。

 そこで彼らが耳にしたのは、正規軍『エレス基地』艦隊の新たなる任務と、その顛末てんまつであった。


「ウッド中佐率いる『エレス基地』第二艦隊が壊滅……!? 第一艦隊は艦一隻を失い、撤退だって……!?」


 無重力エリアの護衛艦ドックにて、ちょうどタイミングを同じくして入港した『フリーダム』の艦長からその情報を聞き、航は瞠目した。

『第三次ジュゼッペ基地奪還作戦』。

 セラ・モンゴメリー大佐の指揮で、『蠕動者』に壊滅させられた旧基地へと先遣隊である第二艦隊が突入し、反撃を受け全艦が撃沈。

 続く第一艦隊も『蠕動者』からの猛攻に押され、撤退を余儀なくされたという。


「情報統制が敷かれていてな、戦闘の詳細は不明だ。だが、そこに『アビス』級の『蠕動者』の存在があることは間違いない。セラの目算は当たっていたが……敵の力が強大すぎたことは誤算だったな」


 艶のある美声でそう語るのは、グレイ・ハッブル艦長である。

 ハーフアップにした灰色の長髪。軍服風の白い制服を着用した立ち姿は筋肉質で、すらりとした長身だ。年齢は二十八歳と若いながらも、一代で『フリーダム』を民間護衛艦で最大規模まで成長させた天才である。


「知性ある『蠕動者』……!」

「どうするのかね、星野くん? 親友を助けにでも行くか?」


 ハッブルに訊かれ、航は逡巡しゅんじゅんした。

 できることなら戦友の危機を救いたい。『知性体』の『蠕動者』がそこにいるならば、今度こそ対話を果たし、無益な争いを止めたい。

 けれど、艦隊一つが完全に壊滅させられるほどの敵に対し、『星野号』だけで対応しきれるとは思えない。


「ハッブル艦長……おれは……」

「いーじゃない、行きたきゃ行けば! 自分のフィーリングに従うのがベストよ!」


 と、そこに乱入してきたのはエルルカ・シーカーであった。

 豊満な胸や身体のラインを強調するぴったりとした赤いパイロットスーツを身に着けた彼女は、ハッブルに後ろからべたっと抱きついて脚を絡める。


「ねっ、星野艦長? 『知性体』の謎、解き明かしたいと思わない? その子に近づければきっと、『蠕動者』のルーツにも辿り着ける気がするのよね……」


 ハッブルの肩越しに呼びかけてくるエルルカに、航は首を横に振ることができなかった。

 自分の中の欲求は、既に出発へと傾いている。それは否定できない。

 問題は『星野号』の面々がそれに同意してくれるかどうかだ。自分たちはハルトを失ったばかり。また誰かがいなくなる――それを恐れる者がいても、無理はない。


「ねえ、みんな。みんなは、どう思う?」


 航は振り返って問うた。

 かなめが躊躇なく頷き、カミラは「お任せします」と艦長に選択を委ねてくる。

 スミスは「止めても聞かないんだろ?」と苦笑し、ノアは「艦長を信じますよ」と言ってくれた。

 そして、ベラは。


「放ってはおけないわ。わたしはあの人を……セラを助けたい。だって彼はわたしの、婚約者だもの」

「だそうだよ、星野くん。後は君が腹をくくるだけだ」


 にやりと笑うハッブルに肩を叩かれ、航は唇を真一文字に引き結んだ。

 進んでしまえば戻れない。後悔の許されない航海。それでも――皆がついてきてくれるというのなら。


「ごめん、みんな。――みんなの命を、おれに預けてくれ」


 一人ひとりを順に見つめて、航はクルーたちに頭を下げた。

 これから自分は仲間たちを死地に連れて行く。すべてが終わったとき、ここに全員が戻って来られる保証などありはしない。いまの自分にできることは、艦長として仲間たちへ真摯に向き合うことだけだ。


「顔を上げてください、艦長。わたしたちも、覚悟は決めていますから」

「ベラちゃん……みんな、ありがとう」


 凜とした眼差しを送ってくるベラを見つめ返し、航は噛み締めるように言った。

『星野号』の方針決定を受け、ハッブル艦長も己の意思を表明する。


「我々も同行しよう。大船に乗ったつもりでいてくれたまえ。『フリーダム』だけにな」


『フリーダム』は正規軍の旗艦『ゼウス』をも超える、一〇〇〇メートル級の巨大護衛艦である。それに絡めたジョークを噛ましてくるハッブルに笑みを返し、航は握手とともに謝意を示した。


「ところで、立花くんはどこだね? 先程から姿が見えないが」

「彼女は一ヶ月の療養を終えて、これから合流する予定なんですけど……」


 一目置いていた実力者の不在にハッブルが眉をひそめる。

 集合時間は連絡したはずだけど、とゲート付近をきょろきょろと見渡す航は、そこに亜麻色のポニーテールを見つけて手を振った。

 傷も目立たない程度にすっかり回復し、包帯も外れた立花は、いつものワイシャツとスキニーパンツ姿で現れた。

 久々の再会だというのに足取りが重いその様子を怪訝に思いつつも、航は晴れやかな笑顔で彼女を迎えた。


「や、立花さん。いまねー、次のミッションの大事な話をしていたんだけど……」


 嫌な予感というのは大抵、当たるものだ。

 だが、良からぬことを言われると身構えていてもなお、航は立花の言葉に、狼狽うろたえずにはいられなかった。


「――すまない。艦長。次の任務には、参加できなくなったんだ」


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