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第26話「ボクと遊んでくれへんの?」

 今、何が起こったのか。

 目と鼻の先で味方機が撃墜されてようやく、ベラはそれを正しく理解した。


『クソがッ……!!』


 悪罵の声を吐きながら、己の身を盾にしてビームサーベルの一刀を受ける【ノヴァ・トーラス】。

 灼熱の刃で胴体をじわじわと焼き切られ、切断面から黒煙を上げていくその機体は、ほどなくしてパイロットの断末魔の叫びとともに爆散した。

 腕で身を庇いながら衝撃に突き飛ばされるベラ。

 そんな彼女の首根っこを鷲掴みにして引っ張り、カミラは叫ぶ。


『逃げますよ!』

『つまらんなぁ、アホ。ボクと遊んでくれへんの?』


 いじけた子供のようなあどけない口調で、コックピットの向こうの少年が口を尖らせる。

 ベラはその声に聞き覚えがあった。

 宇宙ステーション『ディアナ』の商業区画で出会った、水色の髪の不思議な男の子。

 あの独特な話し方、間違いない。しかし何故、ここに現れ、自分たちに攻撃を仕掛けてきたのか――。


「あんた、どうして!」

『ボク、道に迷って遅刻しちゃったんやけどな。星野艦長が参加を許可してくれたんよ』

「そうじゃなくてっ……なんで、わたしたちを攻撃するの!?」


 カミラ機と並走してビームライフルの追撃をかわしながらベラは問いかける。

 呑気な口調に反して少年の銃撃は苛烈だった。

 回避しきれず肩に被弾し、バランスを崩したベラ機をカミラ機がフォローする。牽引し転進、遮蔽物の多いデブリ帯の中に突っ込んでいく。


『敵は「蠕動者」だろ!? 俺たちの戦いに水を差すんじゃねえ!』

『こっちだクソガキ、止まりやがれ!!』


 残る二機がベラたちを守るべく、水色髪の少年へビームを射かける。

 鬱陶しそうに舌打ちした少年はライフルの出力を最大まで上げ、連続照射したまま背後へそれを振るった。

 真一文字の薙ぎ払い。

 それを避けきれずに一機の下半身が消滅し、もう一機は回避できたものの、破壊された隕石の破片の雨を浴びて手持ちのライフルが損傷した。


『チッ……!』

『雑魚に興味はないねん』


 一蹴する。

 ライフルの三連撃。一撃目で牽制し、二撃目で回避コースを絞り込み、三撃目で確実に仕留める。

 正確無比な射撃が【トーラス】の左胸を穿ち抜き、爆発させた。


『ボクが興味あるのは、ベラちゃんや』


 倒した機体には目もくれず、デブリの間隙を縫いながら少年は突き進む。

 障害物をするりとすり抜けて、加速、加速、さらに加速。

 背後から猛スピードで迫り来る無邪気な殺気に、ベラの深奥回路は激しく軋んだ。

 恐るべき空間把握能力だ。あのスピードでデブリに激突してしまえばただでは済まないというのに、一切躊躇う様子がない。

 互いの距離がどんどん縮まっていく。


「ッ……!」


 間もなく、デブリ帯を抜けてしまう。そうなれば遮蔽物のない真っ向勝負となる。

 二分にも満たない戦闘で思い知らされた。射撃の技量、機体操縦のセンス、すべてにおいてあの少年はベラを凌駕している。正面からぶつかっては絶対に勝てない。

 ならばどうする。どうすれば、生き残れる――?


『ベラさん! 私が盾になります、それであなたは合格できる!』

「それはダメ!」


 理由を説明できるだけの口数の余裕はもはやなかった。

 合格者は生き残った二人。あと三人となった現状、カミラが自爆すれば試験自体は終わり、ベラと少年がクリアとなる。

 けれど、ベラはそんな形で合格などしたくはなかった。

 カミラと一緒に合格したい。如何なる状況でも冷静な判断を下せる彼女という人材は、『星野号』およびベラ・アレキサンドラにとって必要となるはずだ。

 それに――あの少年のやり方は、いけ好かない。


「あっち! ついてきて、カミラ!」

『待ってください、そっちは――!?』


『蠕動者』たちの蠢くエリアにほかならない。

 だがベラはカミラの制止を振り切って、『蠕動者』の一群に限界まで接近していった。

 威嚇射撃で存在をアピールしつつ、敵が釣れたと思うや否や離脱する。

『蠕動者』を引き連れてUターンしてきたベラを前に、カミラも彼女の考えを察したようだった。


『……随分と、恐ろしいことを考えますね』

『へぇ、やるやん』


 カミラがベラに倣おうとした直後、少年の【トーラス】がデブリ帯を抜けて出現する。

 計算通りのタイミングだ。

 ベラの連れてきた『蠕動者』の一団と、少年の機体がドンピシャで鉢合わせる。


『あはっ……♪』


 少年は無邪気に笑い、ビームサーベルを抜き放った。

 そのまま舞い踊るように回転し、光の軌跡を刻み込む。

 押し寄せたそばから『蠕動者』の肉体が無惨に切り裂かれていく。

 稼げる時間はわずか。『蠕動者』たちの合間から少年を狙撃するのは、針の穴を通すような難易度だ。

 それでも一か八か、賭けるしかない。

 ここで決めなければ、自分かカミラのどちらかは脱落確定だ。


(……見極めろ……!)


 集まった『蠕動者』たちの数が瞬く間に減っていく。

 飛散する黒い肉塊の中に、【トーラス】の姿が垣間見える。

 目を見開き全体を俯瞰。流れ込んでくる情報から「隙」を洗い出し、精査。

 一瞬のうちに行われる情報処理。「過集中ゾーン」に突入したベラ・アレクサンドラに、見えないものは何もない。


「――そこッ!」


「隙」という点が重なり合い、まっすぐな線が生まれたその瞬間、ベラは一撃を叩き込んだ。

 白き熱線が少年へ急迫する。

 振り払って薙いだサーベルの光刃と光線とが激突し、刹那に鍔迫り合いした。


『あっつい♪ ぎゅんぎゅんしちゃう……!』


 高エネルギーの衝突と反発。

 視界が真っ白い閃光で満たされ、そして。

 景色が暗転した後、そこに浮かび上がってきたのは無傷の【ノヴァ・トーラス】であった。


『まだまだっ、そんなもんじゃないやろ?』

「くっ――!?」


 サーベルを中段に構えて上昇し、少年は一気にベラへと肉薄した。

 咄嗟にベラもビームサーベルを抜き、切り結ぶ。


「あなた、何者なの……!?」

『ボクは「かなめ」。ただの「かなめ」。それ以上でも以下でもあらへんよ』


 青い火花を噴き上げて、刃と刃とが激突した。

 飄々と言うかなめという少年に対し、ベラは眉間に皺を寄せ、ビーム刃の出力を最大まで高めていく。

 機体性能は同一。互いに限界出力でぶつかり合えば、その結果は一つ――。


「――ちッ!」

『わお♪』


 力と力が反発し、弾け飛ばされる。

 即座に急制動をかけて体勢を立て直し、ベラはビームライフルの銃撃戦に移行した。

 光条が暗黒の空に飛び交う。かわしかわされての繰り返しの輪舞を、二機は演じていく。


『楽しいなぁ、ベラちゃん!』

「――ッ!」


 笑い声を上げるかなめとは対照的に、ベラには一切余裕がない。

 敵の動きや光線の軌道は見えている。だがそれは、ほんの少しでも気を抜けば転落する綱渡りと同じだ。


『キミはボクと同じやから! どきどきしちゃう……♪』


 それは、どういう――。

 思考にノイズが走った瞬間、ベラは右腕に被弾してライフルを取りこぼしてしまう。

 左手で咄嗟にサーベルを抜くが既に手遅れ。

 火線で逃げ道を制限しながら接敵した少年の機体が、ベラへとビームサーベルを振りかざした。


『もっと、もっと……!』


 光刃同士が再び激突する。

 無理な体勢から構えたことで十分に受けきれず、押し込まれる。

 辛うじて流すことには成功したが機体の膂力と併せた力押しに抗えず、ベラはサーベルをも弾き落とされてしまった。


「――――!」


 返しの一撃で首を狩られて負ける。

 そう思った0.01秒の一瞬のことだった。


『ベラさんッ……!』


 カミラ・ベイリーが『蠕動者』の集団を誘導して、二人の戦闘に乱入した。

 突如としてもたらされるスクランブル。

 幕を開けた混沌にかなめは舌打ちし、ベラは瞠目し、そしてカミラは咆吼した。


「ああああああああああああッッ!!」


 渾身の一撃。

 装甲が『蠕動者』に揉まれて弾け飛ぶのも構わず、一心不乱に少年の機体へと突撃する。

 それはまさに捨て身の特攻であった。

 刺し違えてでもベラを生き残らせる。その覚悟のもとにカミラは全体重をサーベルに込め、推力を上乗せした最大火力の刺突を少年の【トーラス】へお見舞いした。


『っ……!?』


 少女の気迫にかなめが一瞬、怯んだ。

 彼が盾にした『蠕動者』もろとも貫いて、カミラはかなめの眼前まで迫る。

 だが、そのとき、ベラは気づいてしまった。

 二機の真横から大口を開けた『蠕動者』が躍り出る光景を。

 そしてかなめもそれを認識したということを。


「カミラ!!」


 サーベルをめちゃくちゃに振るって周囲の『蠕動者』を蹴散らし、ベラは彼女のもとへ飛んでいった。

 しかし、現実は無情だった。

 その手が届く寸前、カミラの機体は怪物の顎に丸呑みされ、見えなくなった。


「……あ」


 乾いた音が喉から漏れ出る。

 甲高いアラームが鳴り響き、仮想の『蠕動者』が霧散するように消えていった。

 ベラ・アレクサンドラ。そして、かなめ。

 二名の生存者を残し、パイロット選定試験はここに終了した。



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