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第25話「――ほな、死ねや」

 無限に続いている果てしない暗黒。

 その中に浮かび上がっている灰色の小惑星群の上に、【ノヴァ・トーラス】各機はスタンバイしていた。

 緊張が静かに高まっていく。ベラは浅く息を吐き、全天モニターのウィンドウを凝視しながら、ビームライフルのトリガーに機体の指を添わせた。

 一定の間隔を置いて砂の大地に立つ彼ら彼女らは、気配を殺してその時を待っていた。

 凪いだ空気はまさに、嵐の前の静けさだ。

 出遅れれば終わるかもしれない。早く、早く来い――誰もがそう焦燥を感じ始めた頃、機体センサーが不協和音のアラートを打ち鳴らした。


「――来た!」

『よっしゃ行くぜ!』


 二時の方向、二百メートルに五体。

 それを察知した瞬間に一機が飛び出し、盛大にビームライフルを乱射していく。

 反射的に身を乗り出したベラ。だがすぐに踏みとどまる。あれは「罠」だ。人類が【ノヴァ】を釣り餌として『蠕動者』を狩ろうとするのと同じ――。


「行っちゃダメ!」


 彼女が手を伸ばしたときには既に遅い。

 先行した一機が前方の五体と相対したかと思えば、その背後から「休眠状態」だったであろう新手がさらに三体現れ、【トーラス】を同時に囲い込んだ。

 三つの大口が獲物を取り込まんと息を吸い込む。上下からの強烈な引力に抗うことも叶わず、腕や足をみしみしともぎ取られた【トーラス】は、やがて胴体も引き裂かれて爆発した。


「だから言ったのに……!」


 生き残った者に資格が与えられる試験において、競争相手の脱落は喜ばしいことだ。

 だがベラは素直にそうは思えなかった。

 仮想の世界とはいえ、戦いの中で誰かが死んでいくのを見過ごすことなど、したくない。


「みんな聞いて! きっとこのシミュレーションは、『エレス』での戦いを再現したものだわ! 敵は普通の『蠕動者』じゃない、統率されて襲いかかってくる存在よ! 一人で闇雲に前に出たら死ぬだけ!」


 が、ベラの訴えをパイロットの男たちは一笑に付した。


「リーダー気取りかぁ、嬢ちゃん?」

「俺たちは敵同士だぜ?」


 にやりと笑ってライフルを軽く揺らしてみせる男。

 仲間割れなどしている場合ではないのに――そう歯噛みしてベラは身構える。

 一触即発の睨み合い。

 たちまち空気が不穏さを帯びる中、ふと、一人の少女が口を開いた。


「待ってください。彼女の言うことが本当なら、ここで単独行動は不味い。敵に各個撃破されるだけです」


 感情の揺らぎを一切気取らせない、冷静な声。

 試験前にベラと挨拶を交わした、あの前髪の長い少女だ。

 理性的な彼女の言葉は、敵対心に囚われていた男たちを現実に引き戻したようだった。


「死ねば問答無用で不合格だもんな……」

「チッ……仕方ねえか」


 不満げな態度はそのままだったが、彼らは一旦ベラへ向けかけた銃を収めた。

 ベラは通信で少女に礼を言う。


「ありがとう、助かったわ」

「いえ、思ったことを言ったまでです」


 小振りな唇を控えめに笑みの形に曲げる少女。

 彼女の言葉を聞きながら、ベラはレーダーが捉える『蠕動者』の反応に目を遣った。

 未だ敵は沈黙している。だが、最初の脱落者が出たときの状況からして、「休眠状態」の『蠕動者』が地雷のように周囲の宙域に漂っていることは間違いない。


「ベラさん、この場で『エレス』での戦いを経験しているのは貴女だけです。指揮は貴女が執るのがベストだと思いますが」

「分かったわ」


 短く応答する。

 残ったパイロットは八名。出会ったばかりで綿密な連携は期待できない。ならば採るべきフォーメーションは一つだ。


「各機、隊列を輪形陣へ! 中心はわたしと――彼女よ!」


 ベラと前髪の少女を中央に配置し、残る機体で六角形を描くように陣形を組む。

 全方位への迎撃態勢を取れる構え。だが人数が少ないぶん、一機あたりにかかる負担は大きい。


「了解しました、ベラさん。それと、私はカミラ・ベイリーです」

「オーケー。わたしの補佐を頼むわ、カミラ!」


 カミラという少女と背中合わせに立ち、ベラはライフルを構えながら黙考する。

【トーラス】の武器に戦略兵器級の威力のものはない。真っ向から敵の攻撃を受けてしまえば、捌ききれずに確実に全滅する。

 圧倒的な数的不利。これを覆すにはどうするか。


(戦場を俯瞰する目を持つのよ、ベラ!)


 包囲されたままでは潰される。ならば一か八か、突破口を開きに行くしかない。


「敵陣に風穴を開ける! 各機、九時の方向へ弾幕放て!」


 腕を指揮棒のように振るい、ベラは凜然と指示を飛ばした。

 彼女の号令に従って【トーラス】各機がビームライフルや『対蠕動者ミサイル』を一斉に撃ち放つ。

 虚空が揺らぎ、差し込んだ光を喰らわんと怪物がその大口を露にする。

 休眠状態に入っていた『蠕動者』たちが触発されたように目覚め、ビームが過った方角へと寄り集まり始めた。


「今よ、三時の方向へ突撃! 陣形を正八面体へ移行する!」

『『『おうッ!!』』』


 ベラの作戦を正しく理解したパイロットたちは、一糸乱れぬ動きで飛翔しながらフォーメーションを変更していく。

 平面から立体へ。小惑星上から宙空へと出た彼らは、ベラとカミラを中心に据え、自分たちは六つの頂点をそれぞれ担う正八面体の陣形を組んでみせた。


『あらよっと!』


 ちょうど殿を務めることとなった男が、軽薄なかけ声とともにビームバズーカをぶっ放した。

 巨大な尾をのたうたせ、おぞましい大口を開いて迫り来る『蠕動者』。その咽喉へと極太の光線が直撃し、頭部を貫いて蒸散させる。

 吹き飛んだ先頭個体の死骸に、後続の個体の突撃は阻まれ、玉突き事故のように次々と衝突を起こしていった。


「各機、ビームバズーカ一斉掃射!! 相対速度合わせ、隊列維持、突貫する!!」


 描き出された光の道筋へ【トーラス】隊は躊躇なく突っ込んでいく。

 向かう先は『蠕動者』の坩堝るつぼだ。

 だがその数は数秒前に反対方向に撃った弾幕によって敵の注意を誘導したことで、多少は減らせている。エネルギーに反応してそれを取り込もうとする『蠕動者』の習性があってこそ採れた策だ。


「突っ込めぇえええええええッ!!」


 少女の咆吼に呼応して男たちも雄叫びを上げる。

 惜しみなく放出されるビームやミサイルが、肉薄する敵のことごとくを焼き殺し、爆発させた。


『ちッ――!?』


 光の奔流の中、同胞の屍を乗り越えて急襲する『蠕動者』。

 その大顎に半身を食い千切られ、一機の【トーラス】が隊列から弾き飛ばされた。

 流されゆく彼を意識する余裕など、誰にもなかった。

 誰もが持てる装備のすべてを使い、地獄の包囲網を抜けることに必死だった。

 ただ一人、カミラ・ベイリーを除いては。


「――ッ!」


 陣形に穴が空いたとみるや否や、彼女は指示を待たずそのポジションにスライドした。

 生じた隙に食らいついた『蠕動者』の口蓋から脳天を的確に撃ち抜き、隊列を死守。

 頭部のビームバルカン砲まで使用して、徹底的に防戦した。


「――抜けます!」


 そして。

 ついに彼らは敵陣の突破を果たした。

 モニターに表示されるエネルギー残量は五割程度。ベラでそうなのだから、隊列の外側にいたほかの機体は二、三割といったところだろう。

 体勢を立て直しつつ周囲に視線を遣る。機体は先程の一機を含め、三機が欠けていた。


『残りは五機、それに対して敵はまだ大量に残っています。通常の戦いならば撤退一択ですが……どうしますか、ベラさん?』

「どうもこうもないわ。戦うのよ。持久戦をやれってことでしょ、この試験は……!」


 勝利条件は敵の壊滅ではなく、最後の二人になるまで生き残ること。

 限界を迎えるまで戦い続ける究極の耐久戦を演じてみせろと、航は言っているのだ。

 一言でいえば地獄だ。だが乗り切るしかない。クルーを守り抜けるパイロットになるには、一体でも多く敵を倒し、生存できる力を身につけなければならないのだから。


『勘弁してくれ、と言いたいところだが……』

『やるっきゃねえよな、嬢ちゃん!』


 包囲を抜けた【トーラス】隊を『蠕動者』たちが追撃する。

 陣形を修正しつつ背後へミサイルをばら撒いた彼らは、【ノヴァ】のエネルギー変換機能による回復の時間稼ぎのため、少しでも敵との距離を取らんとした。


『ベラさん、推進剤を使いすぎです。慣性を利用して』

「っ、ごめん!」


 カミラの助言にベラは頬を赤らめた。

 この子は自分よりもよっぽど周りを見ることができている。それに比べて自分は――。


(ウジウジ言ってる場合じゃない! 今はただ、生存確率を上げる策を考えて!)


 唇を噛み、周囲に視野を広げる。

 前方に大型の小惑星を確認したベラは、ひとまずそこを目指すことを決めた。


「各機、二〇〇〇メートル先の小惑星へ前進! その陰に隠れてエネルギーを回復する!」


 エンジンを低出力モードにしても【ノヴァ】の宇宙線の電力変換機能は停止せず発揮される。

 視覚のない『蠕動者』は発されたエネルギーに反応して獲物に飛びつくため、動かずに潜んでいれば高確率で隠れきることができる。

 ある意味では、休眠状態で潜伏する敵への意趣返しとでもいえる作戦だ。


『了解!』


 カミラ含め四機の【トーラス】がベラの後に続く。

 ばら撒いておいたミサイルが敵の先頭集団を一網打尽にするのを尻目に、彼女らは目標に向けて全速前進した。

 一気に加速した後、スラスターを切って慣性での飛行に切り換える。

 これで敵の目を多少は誤魔化せるだろう。

 最低限のエネルギーで機体を制御し、方向転換。小惑星の裏に滑り込み、指先のフックを岩盤に引っかけてポジションを固定した。


「いい、みんな? 敵が来たらすぐに動けるように備えて」


 少女の忠告に各機パイロットが応答する。

 額に冷や汗を滲ませ、ベラは操縦桿を軽く握り込んだ。

 敵が知性ある存在だと仮定するならば、このような小細工はすぐに看破されるはずだ。

 長くは持たない。このわずかな時間に少しでも機体を回復させ、次の策を考えなければ――。


 そう、思考した瞬間。


「――――ッ!!?」


 衝撃が背中を殴りつけ、視界が激しく揺れ動いた。

 煙の尾を引きながら幾多もの岩の破片が眼前を過っていく。

 突き飛ばされながらも振り返った彼女が見たのは、自分たちの隠れていた小惑星が真っ二つに割れた光景。

 そして、その狭間に浮かぶ人型のシルエットであった。


「ノ、ヴァ……!?」


 痛みに喘ぎながら呟く。

 間違いない。あの輪郭は【トーラス】そのものだ。だが、何故こんなところに――。

 目を眇めてベラがその機体を見据えた、直後。

 握った円筒の先端に白光を灯したかと思えば、その姿が視界から掻き消えた。


『また会えたなぁ。――ほな、死ねや』


 柔らかさと酷薄さが同居した少年の声。

 それを認識したときには既に、凍てつく殺気が喉元まで迫っていた。


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